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美凪の雰囲気が変わった――と、言うよりも中学生時代に戻ったように感じる。特に顕著に感じるのは智香といる時だ。
話していると間に入ってくる、約束した行為である頭を撫でたりをしていると「もういいでしょう?」と、なぜか智香にだけ厳しいのが現状となっていた。
「美凪、ちょっといい?」
「ええ、大丈夫よ」
ちょうど昼休みで長い時間を利用しひとりひとりと話をしていくことに。こういうのはふたり一遍にやってはいけない。そうなるといつまで経っても平行線のままだからだ。
「智香と仲良くない?」
「どうしてそう思うの?」
「だって智香といる時、必ず美凪が間に入ってくるから」
いま1番引っかかっているのは完全にふたりきりの時は普通だということ。寧ろ僕の存在が邪魔になっているのではないかと不安になっている。
「もしかして僕が邪魔?」
「え?」
「智香といてほしくないってこと?」
抱きしめてくる回数が増したことで僕をライバル視している可能性が。
「最近は智香とよく仲良くしている。でも、それが美凪にとって複雑だったということでしょ?」
「そうね、それはその通りよ」
「だったら辞める、けど」
「別にいいのよ、変に気を遣わなくても」
これはそもそも相手にもならないと片付けている形だろうか。
「美凪、智香のことが好きならはっきり素直に言った方がいい」
「普通に好きよ? あ、友達としてはだけれどね。これをきちんと言っておかないとあなたすぐに誤解するから困るのよ」
長年一緒にいるから分かる、これは嘘ではないと。
ならどうして邪魔をする? 僕だって同じように友達として智香と仲良くやらせてもらっているだけだというのに。
「それより初めてのテストは大丈夫そう? 困ったら教えるから素直に頼りなさい私たちを」
「え、智香に教えてもらってもいいの?」
「当たり前じゃない。私たちは同居人よ? 片方だけに頼るのはなにか違うでしょう?」
でも、そうして頼ったらまた美凪は割り込んでくるわけで。
素直になった方がいいのは彼女も同じ。
「あ、それより智香は?」
「他の友達とごはんを食べているわ」
「それなら僕たちも食べよ」
「ええ」
寮生活をやめてから食堂で食べることはなくなり、かわりに美凪か智香が作ってくれたお弁当を食べるようになった。
ふたりが作るお弁当はお母さんやお姉ちゃんが作ってくれるものと同じくらい美味しくて、ついつい喋ることもせずそちらにばかり集中してしまう。
「ほら、ごはん粒がついているわよ」
「ん、ありがと」
だから僕は僕なりに少しでも役立てるようお風呂掃除とかできることはやろうと努力しているのだ。
「友達はできた?」
「ううん、美凪と智香だけで十分」
「けれど同じクラスに誰もいないというのは……」
「だって美凪が嫉妬する。中学生時代の時みたいにはもうなりたくない」
自分で言っておきながら結果的に自分が驚いた。絶交の二文字から始まったものがあそこまで長引くとは思わなかった。
「あなたは言ってくれたけれどね」
「……どちらも大して考えてなかった」
「現在進行系で似たようなことをしているの、分かってる?」
彼女はこちらの袖を掴む。ほぼ空になりかけている容器からそちらへ目線をやると、涙目の彼女が見えた。ちょっと泣き虫なところは変わっていない。
「本当は……智香と仲良くしてほしくない」
「……そういうつもりじゃ」
「あなたにはそうでしょうね、けれどこちらからしたらそのように見えてしまうのよ」
どうしたら笑ってくれるのかを考えて固まったままだった彼女の手を握る。
「僕は側にいる」
「嘘つき」
「嘘つきじゃない」
気持ちだけはずっとそのつもりだ。
「美凪はどうしてそこまで僕を気に入ってくれたの?」
「それはちょっと自意識過剰な発言じゃない?」
「そんなに顔を赤くしているのに?」
「自信過剰と言うべきかしら」
片手でお弁当を片付ける。一旦でも離さなかったのは少しでも伝わってほしいからだ。いつでもこうして触れていたいと彼女に。
「ちょっと屋上に行こ」
「まだ食べ終わってないわよ」
「珍しい、いつもは僕が美凪を待たせる側なのに」
ちょっと拗ねた感じで頬を膨らませているのも可愛い。
昔は全く口にしなかった。それは単純に彼女が嫌がっていたというのもあるが、他人にそこまで興味がなかったのだ。
美凪が同じ委員会に入ってくれたのだって正直どうでも良かった。だから自分を変えてくれる存在だと全然気づいてなかった。
恐らく彼女が考えている以上に僕はあの時同じ委員会になってくれたことを感謝している。その後も面倒見よく付き合ってくれたのも感謝している。喧嘩別れみたいな形のまま同じ高校に入学しても怒らなかったのを感謝している。
叩かれた時はマイナスな考えになったけど、それ以降も一緒にいてくれるのを感謝しているのだ。
「……まあいいわ、これは私が作ったものだし帰ってから食べるということにして……行きましょうか」
「ん、行こ」
それならきっとこの感情だって受け入れてくれるのではないかと期待している自分がいた。彼女が中学生時代のような態度をとればとるほど、そうかもしれないから確信に変わっていく。
「ここに来たのは初めてよ」
「僕も同じ。説明会で聞いただけだった」
広くて他には誰もいない――と思いきや智香たちがごはんを食べていた。
「あら、智香がいるわね」
ここでぶつけようとしていた身としては残念で仕方がなかった。
けれどなんだろうか、友達に二三なにごとかを話し急に片付け始めた彼女たち。
「虎々ちゃんファイトですっ」
それからそう残しみんなで屋上から去っていった。
「ん? どういうこと?」と事情が分からない美凪は困惑顔。
ああいう空気の読まれ方をすると逆にモヤモヤするけど、せっかくしてくれたのだから無駄にしては申し訳ないと美凪を抱きしめた。
好きな匂いに包まれる、一瞬これだけで十分かななんて思ってしまった自分を内心で激励して、
「好き」
飾るのは似合わないからとにかくシンプルにぶつけた。
「それって匂いが? 感触が? 友達として? それとも、特別な意味として?」
「全部」
「少し欲張りじゃない?」
「美凪の全部を欲しい」
それにこれは一応彼女のためにもなるのだ。
これ以上嫉妬しなくて済む、酷いことを言って結果的に傷つかずに済むのだ。
「それって行動の自由とかも?」
「別に束縛することはしない」
それでもあくまで自分が1番であってほしいと思う。
「智香のことはいいの?」
「智香は美凪に惚れてた」
「そんなことはないわよ」
「まあそれはいい。それでどうなの、受け入れてくれる?」
抱きしめるのはやめて距離を作る。
本当ならもうこのまま教室へと戻りたい。
友達がいない分、ある意味あそこは安地だ。
ひとりで考え事をするには十分なところから。
「んー、どうしようかしらね」
「無理ならはっきり言ってくれればいい」
「そうじゃなくて、それなら虎々の全てをくれるのよね?」
「ん、約束する。効力は僕が美凪を1番の扱いをしなくなるまで」
「へえ、それまでは自由にしていいのよね?」
「ん」
美凪はガバっと抱きしめてきて僕の首筋に顔を埋める。
今日はステーキ屋さんに行ったわけではないからあまり不安ではないが、それでもなんか気恥ずかしい。
「私は虎々の匂いが好きよ」
「変態ちっく」
「あなたの自由は私のもの、こういうことをしてもいいのでしょう?」
「でも、限度が――」
いままで我慢していたのを一気に解放するような勢いだった。
「はぁ、なんか抱きしめていただけなのに疲れたわ」
「そんなに急がなくても僕は逃げない」
「そうね、だって私のものだものね」
付き合う=自分の物という思考がナチュラルに危ないけど、こうして僕たちの関係は一歩前進したのだった。
読んでくれてありがとう。