13
美凪さんのことを邪魔だと思ったことは1度もない。
この家に誘ったのはふたりのため、そして私のため。
「ふふ、可愛い寝顔」
布団をしっかりかけて虎々ちゃんの部屋から退出。
部屋は完全に別々で、プライベートな時間を確保できるそんな場所。
「いま虎々の部屋にいたわよね?」
「きゃっ――はい、寝顔を見させていただきました」
お部屋から出た瞬間に話しかけられたら誰でも驚く。
ちょっと悪いことをしてしまったことも拍車をかけていた。
「早速アピール開始、ということかしら?」
美凪さんは誤解をしている。
確かに虎々ちゃんのことは好き。
けれど美凪さんみたいに特別視しているわけではない。
ならなんで誘ったのか――それはふたりを見ていて応援したくなったから。
「ふふ、私に負けないよう頑張らないといけませんよ?」
敢えて自分も狙っている感を出していく。
初恋は小学生の頃に経験済みだ。
当然のように上手くいかなかったけれど、その時に分かった。
こんな苦しい思いをするくらいなら見ていた方がマシだということを。
「私、あなたにも負けるつもりはないわ」
内心でくすりと笑う。
でも、表には出さないで「そうだといいですね」と態度を変えない。
「……ん、あれ、ふたりでなにしてるの?」
「おはようございます。早く起きたのでお喋りをしていただけですよ」
「そっか、ふたりが仲良しで良かった」
「そこは大丈夫です、今日は一緒にお風呂に入ると約束したくらいですから」
同級生の方に裸を見られるのは普通に恥ずかしい。
それでも昨日は虎々ちゃんからたくさんのことを聞けた。
そして今日は美凪さんの番、虎々ちゃんへの想いを聞かせてもらう。
「美凪、智香のおっぱいは大きい」
「あ……そ、そんなこと言わないでください……」
「でも、美凪も負けてない、だから勝負してきて」
「ふふ、ふたりで仲良く入ってくるわ」
これは察してくれたというよりも虎々ちゃんを不安にさせないため、か。
小学生の時に知り合ったということだったし、できることならその時から側で見ていたかったと心から思う。
「ん、顔を洗ってくる」
「私は朝食でも作るわ」
「それなら私もお手伝いします」
「ええ、ありがとう」
美凪さんは手際がいい。
それに本当のお姉さんみたいに虎々ちゃんに接している。
一応、自分もこういう時のために練習してきてはいるけれど、朝食作りやお弁当作りで大して役に立てず毎日が終わってしまっていた。
「ごめんなさい、ほとんど任せてしまって」
「気にしなくていいわよ。あなたにはこんないい場所に住ませてもらっているんだもの、寧ろ完全に家事などは任せてくれてもいいのよ?」
「そ、そういうわけには……」
だって私が近くで見たくてここにほぼ無理やり招いたのだ。
美凪さんには虎々ちゃんに、虎々ちゃんには美凪さんに集中してほしかった。
「私、両親には世話になっているけれど、あの家から出たかったのよ。もっとも、これも結局他人――あなたありきだけれどね」
美凪さんはどこか憂いを帯びた笑みを浮かべる。
「帰ってもおかえりの声すらないあの場所……部屋にいても息苦しさしか感じなくて……だから寮があるこの高校を探した、形になるのかしらね」
「その他にもなにかあるのですか?」
「ふぅ……中学生時代は虎々と仲良くなかったのよ」
手に持っていた菜箸を落としそうになった。
美凪さんと虎々ちゃんが仲良くない?
「いえ、他の友達といる虎々が嫌だった。私との時間がどんどんと減って、嫉妬して、他の子といないでって叫んだ……しつこく絡んだこともあってあの子にとってうざかったのでしょうね、『絶交』って言われたのよ」
「そんなことが……」
友達の入れ知恵だろうか?
虎々ちゃんが自分の意思でそんなことを言うようには思えない。
美凪さんと同じように虎々ちゃんを狙っている方がいた?
「そういうもあって、どうせ関われないなら他県の高校に入学しようと決めてこっちに来たの」
「けれど虎々ちゃんは来てしまった、ということですね?」
「ふふ、いまとなっては嬉しいけれどね」
罪悪感や美凪さんへの想い――頑張って追ったことはいい結果に繋がった。
「でも、2日目にしてあれでしょう? しかも虎々は追ってくるべきではなかったとまで思ったと言っていたし、私と同じような感情を抱えているとは思えないわね」
私が言うことではない。
でも、凄く言ってしまいたくて仕方がない。
「お風呂掃除やってきた」
「お疲れ様、すぐに帰ってこなかったのはそういうことだったのね」
「僕はここに住ませてもらっている身、自分だってなにかをしてあげたい。ふたりと対等な存在でいたいから」
「ええ、いつもありがとう」
やっぱりそうだ、美凪さんと話している時しか見せない虎々ちゃんの姿というものがある。
おふたりは長く一緒にいるから、その絶妙な変化に気づきにくい、のかもしれない。
「朝ご飯を食べましょうか」
「ん、運ぶ」
「よろしく」
――食べている最中も虎々ちゃんをよく見ている。
頬が汚れていたら拭いてあげているし、食べ物をこぼしたら指摘している。
いや、彼女はこちらも見ていてくれていて、「ぼうっとしていると遅刻するわよ?」なんて微笑を浮かべながら言ってくれた。
「ほら、あなたも早く食べないと」
「はい」
長いまつげ、綺麗な翡翠色の瞳、細いけど出るところが出ている素晴らしい体つき、身長、白い肌、同性でも惚れ惚れするくらい総じて綺麗な女の子。
「虎々ちゃん」
「ん?」
「美凪さんはとても綺麗な方ですね」
「ん。だけど可愛いところもある、だから好き」
おぉ、これは絶対に効果的だと思って美凪さんを見たら、「いいから早く食べなさい」とあくまで普通だった。
耳が赤いとか頬に赤みを差しているとかそういうのは一切ない。
……虎々ちゃんに言われたのにどうしてなのか分からないまま食べ終えてしまい、とりあえず食べ終えたので食器を洗っていると彼女が言った。
「可愛いと言われるのは過去のことを思い出して微妙な気分になるのよ」
と。
それは言われたことのない側からすれば贅沢な悩みだ。
「けれどあの子は1回もそんなことは言わなかった、だから気に入ってるの」
「いまはいいんですか?」
「ええ、もう割り切ることができたもの」
「それならどうして先程は……」
ちらりとまだ食している虎々ちゃんを眺めて、それから横の彼女に視線を戻したらまるで茹でタコさんのように真っ赤になった美凪さんの姿が。
「ちょっと頭を冷やしてくるわ」
「ふふ」
「や、やめてちょうだい、そんな見ないで……」
「ごめんなさい、なんか可愛くて」
「やめなさい、また顔を洗ってくるわ」
……良かった、彼女が目の前から移動してくれて。
魔法にかかったかのようにその彼女から目を逸らせなかった。
ドキドキとしたあの感じ、それはまるであの初恋の時みたいな良くない気持ち。
この家に連れてきたのはおふたりのため、横から無理やり割り込むわけにはいかない、なにより虎々ちゃんに申し訳ない。
「ごちそうさま、美味しかった」
「は、はい、お粗末さまでした。ほとんど美凪さんが作ってくれたんですけどね」
「ううん、いつも智香にはお世話になってるから。それに智香も可愛いし好き」
虎々ちゃんは本当に同性キラーを持っていると思う。
先程まで抱えていた良くない気持ちが吹き飛んで、今度は彼女にきゅんきゅんとしていた。
優しいから好きだと言ったのはなにも口先だけの言葉ではない。
こんな大して知らない私にもこうして接してくれるから好きになったのだ。
「あの、抱きしめてもいいですか?」
「いいよ、智香にならいつでも」
「ありがとうございます」
美凪さんとお付き合いをはじめたらできなくなる行為。
だからできる間にたくさんしておこうと私は決めたのだった。