12
こみち宅(虎々、美凪、智香からきている)で住むようになってから早1週間が経過した。
GWはただゆっくりしているだけで終わりを迎えた形となる。
が、それは別に気にしていない。なぜなら毎年虎々と過ごすだけで似たようなものだったからだ。
いま私が気にしている問題――それは智香さんのことである。
「虎々ちゃん、もっと撫でてください」
「ん」
それは虎々にだけ頭を撫でさせるし、私がお風呂に入っている間どこかに行ったりするし、ふたりだけ帰りが遅くなったりすることだ。
住ませてもらっているからなのか単純に智香さんのことが好きなのか、虎々は彼女を甘やかすばかり。拒むどころか自分からやるくらいだった。
「お風呂、出たわよ」
「それなら虎々ちゃんと一緒に行ってきます」
「ん、智香と行ってくる」
短い付き合いで裸を見せるのは勇気がいるというのにこれ……。
「どうしたの?」
「……虎々が智香さんとばかり仲良くするの」
「あちゃぁ……まあちょっと怪しいと思っていたけどね」
蛍ちゃんに連絡。
虎々は自分がおまけみたいな言い方をしていたが本当のおまけは私だ。いや、慣れたら出ていけとまで言われる可能性があることを考えたら微妙な気分になった。
「ちょっとビデオ通話しよっか」
「大丈夫なの?」
「うんっ、さっきお仕事から帰ってきたところだから!」
ボタンひとつで通話ができて、ボタンひとつで遠くにいる相手の顔を見ながら話せるんだから凄い話だ。
「やっほー」
「ふふ、蛍ちゃんは虎々にあまり似ていないわね」
「だからこそこっこちゃんの可愛さに惹かれるのです! それにどうせなら虎々ちゃんには美凪ちゃんと幸せになってほしいなって」
でも、いまはそれすらも危うくなっているところだ。ある意味寮より自由にやりにくい、部屋に入ってしまえばふたりきりだった最初とは違う。ひとり部屋を与えてくれたというのは素直にありがたいが。
「美凪ちゃんは虎々ちゃんのこと好き?」
「ええ」
「でも、勇気がでないのかな?」
「そうね……」
そこまでを求めてしまったら関係が壊れてしまうのではないのかと危惧している。
「いい方法があるよっ、それはね――」
「お風呂から出てきた」
咄嗟にスピーカーを押さえたことで聞かれるようなことにはならなかった。
「ノックくらいしてちょうだい」
「ごめん。だけど美凪が複雑そうな顔をしていたのが気になったから」
「ほらタオル貸して、拭いてあげるから」
「ん――あれ、お姉ちゃんと電話してた?」
「ええ。まだ通話は繋がっているし話でもしていなさい」
彼女は本当にお姉ちゃん大好きっ子だ。話している際、明らかにトーンが上がるし口数が増える。けれど最近は智香さん相手でも同じようになっていて不安になってどうしようもない。
「いま美凪に拭いてもらってる」
「見えるよー、私も美凪ちゃんに拭いてもらいたいなぁ」
「駄目、これは僕の特権」
「おぉ、ということは大切な存在だということだね?」
「当たり前」
「智香ちゃんより?」
あ……蛍ちゃんは基本的にいい人なのにこういうところが残念ではあった。どうしてそこで聞いてしまうのだろうか。
「最近は智香も大切」
ついタオルを掴んでいる手に力をこめてしまった。画面の向こうの蛍ちゃんはごめんとジャスチャーをしてくる。こういう誰かの行動によって悪い答えを知ってしまうのは1番避けたかったことだ。どうせ知るなら直接自分が聞いた時に答えてもらいたかったのに。
「美凪さん、この後少しお話しがしたいのですが大丈夫ですか?」
「ええ」
「僕は?」
「虎々ちゃんはお部屋でゆっくりしていてください」
拭き忘れがないか確認してから「ゆっくりしていなさい」と残し部屋をあとにした。スマホは渡しっぱなしではあるので途中で来たりすることはないだろう。
「それで話って?」
「虎々ちゃんがすぐに見つけづらい地下に行きましょう」
智香だけに? なんてくだらないことを考えて付いていく。というか地下があるなんて初耳なんだけど自分。
「そこに座ってください」
「ええ」
そこはお洒落な空間だった。大きい本棚にたくさんの本、ローテーブルと革張りのソファ、静かな空間で時間を過ごしたければうってつけの場所。
「隣、失礼します」
律儀な人ねと内心で苦笑する。
「それで? 出ていけとでも言うために連れてきたの? 虎々の邪魔が入らないようにこんな場所で?」
「そんなことを言うつもりはありません。ただ、誤解をしないでいただけると幸いです」
「あんなあからさまに虎々を贔屓しておいて変な感情はないと?」
「ふふ、本当に美凪さんは虎々ちゃんがお好きなんですね」
どういう種類の笑みだこれは。しかも対面にではなく真横に座った理由は?
「――ただ、虎々ちゃんは私のことを気に入ってくれています」
「へえ、大した自信ね」
「一緒にいるだけで分かりました。それに先程だって私のことを大切だと言ってくれた、それが凄く嬉しいのです」
「なにが言いたいの? というかそれをわざわざ私に言った理由は?」
「私も虎々ちゃんのこと気に入っています、好きです」
そうだ、別に彼女は虎々への好意がないなんて言ってない。誤解をしてほしくないというのは別に私を邪魔扱いしているわけではないということに対してなのだろう。
「ちなみになんで? 出会ってから全然期間が経っていないじゃない」
「優しいからです」
「それだったらあなただってそうでしょう?」
「もしそうなら好いてもらえる可能性が上がるかもしれません」
そうよね、最初なんて私と同室じゃなくなった瞬間に逃げ出したくらいなのにいまじゃ気に入って彼女と積極的にいるくらいだ。
「智香ー、美凪ー」
「ふふ、虎々ちゃん来てしまいそうですね」
「で、なにが言いたいの?」
ここで情報を出し惜しみされてはかなわない。
「私は虎々のことが好きよ、もちろん特別な意味でね」
「私、ライバルになってもいいですか?」
「私は自分が狙っているからやめろ、なんて言うつもりはないわよ」
随分惚れ症なお嬢様もいたものね。その子のためにこんな家まで準備してしまうんだもの。
「あ、ここにいた……どうしてふたりきりでこそこそする?」
こそこそしているのはあなたたちじゃない、なんて言ったらまた嫌われてしまうから「案内してもらっていたのよ」と答えておいた。
それにしても自分はやるのに私がしたら文句を言うって自己中心的な女の子だ虎々は。
「美凪、こそこそしていた罰として抱きしめて」
「別にいいわよ」
見せつけようとしているわけではない。あくまで本人に求められたから仕方なく――堂々としているだけ。
「むぅ」
「智香の頭はさっき散々撫でた、これは僕が満足するために必要な行為」
「み、美凪さんの方がいいということですか? 私では駄目なんですかそれは……」
「虎々、智香さん――智香を抱きしめてあげなさい」
「――余裕、ですね」
余裕なんかあるわけない。ついつい好きな子のお姉さんに相談に乗ってもらおうとしてもらうくらいだ。中学の時からずっと慌てっぱなし。
「智香にとっては初めての体験でしょう? なのに微塵も振り向いてもらえなかったら悲しい――」
「ふんっ、余計なお世話です!」
ぷいと智香が横を向く。
一応ライバルとかそういうのをまるで意識しないで一女として言っているだけにすぎない。自分だったら悲しいな、そう考えているだけだった。
「け、喧嘩しないで……」
「「ごめんなさい……」」
「ん、ふたりが仲良くしてると僕も嬉しい。みんなで仲良くやりたい」
「そう……ですね」
「ええ、虎々の言う通りだわ」
嫌われない範囲で真っ直ぐにやっていこう。
このちょっと鈍感な女の子を振り向かせるんだ。