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 さすがに4月いっぱいまで寮で過ごすことになったが、土曜日なのをいいことにこれから住むことになる家を確認しにきた。


「おぉ、リビングは僕の家より広い」

「そうね、私の家のリビングと同じくらいだわ」


 でも、一応ひとり暮らし的な感じで選ばれた家にしてはだいぶ大きい。子どもに与えていい大きさではない。


「智香、どうやって親を説得した?」

「美凪さんと虎々ちゃんのですか?」


 首を左右に振る。

 僕がもし同じことを頼んだら「ふざけるなよお前」とあの時みたいに怒られることは確実だ。


「私、ずっとひとり暮らしがしたかったんです。なので初めてわがままを言ってみました」

「えと、智香はお嬢様?」

「いえ、普通の家庭のひとり娘でございます」

「嘘」「嘘つきね」


 ――ところでこちらの話に戻すのだが、


「このリビング、広いけどテーブルもソファもテレビもなにもない」


 ソファや椅子がなくても床に座ればいいが、歩く場所だし食器などは床に置きたくない……。


「大丈夫です、あと1週間ありますからその間にこちらで準備しますので。今日ここを見てもらったのは広さが十分かどうかおふたりに確認してもらいたかったから、ということになります」


 十分もなにも過剰気味だ。寧ろこの人数でこの広さだと掃除をするのが大変になるだけでメリットが薄い気がする。


「智香さん、私たちが文句を言ったらどうするつもりだったの? まあ、仮に狭くても文句を言うつもりはなかったけれど」


 リビングだけではなく客室、洗面所、お風呂場、トイレ、寝室などを見てから美凪が言った。「その場合は変えるつもりでした」と智香もしれっと答えて僕たちふたりは引いた形となる。


「え、でも費用はもう払っているのよね?」

「はい、賃貸ですがもう私が借りている形となっています」

「未成年は借りられないんじゃないかしら……」

「そこは――っとすれば大丈夫ですっ」


 大事なところが聞こえなかった。なにをすればそんな抜け道を見つけだせるんだろうか。

 

「それで大丈夫ですか? 色々と手続きがあるのでここで決めていただけるとこちらとしても楽なのですが」

「はい」


 このままでは駄目だ。仮にこのまま決められることになったとしても少しくらいは謙虚なところも見せておかなければならない。厚かましい女だと思われたくない。


「どうぞ」

「なんか住むの申し訳なくなってきた。だってここの住めて楽しいのは自分たちだけで、僕は智香のためになにもしてあげられない」


 一緒に暮らしてくれれば十分的なことを智香は言ってくれていたがそれだけじゃ絶対不十分だ。なにより引っかかっているのは未だに金額の話が彼女の口から出てきていないこと。


「お金はどうするの」

「そんなこと心配しないでください、気にせずここで生活してくれたらそれでいいんです。私のお小遣いを使用しているだけですから」

「ここの家賃はいくらなの?」

「8万3000円でしょうか、この大きさと立地の良さ的に8万円以上の物件しかありませんでした」


 僕なんてやっとお小遣いが2000円に突入したくらいだ。彼女の言い分を信じるなら月に8万円以上払っていたらお金はあっという間になくなる。けれど僕たちが考えている通りの智香であるならば余裕か、ってなるのだから不思議な話と言えた。


「光熱費とかだってかかるでしょう?」

「おふたりは心配しなくて大丈夫です。私といつまでもお友達でいてくれたらそれでいいんです、これだけ言っても駄目ですか?」

「いえ、私たちは別にいいけれど……」

「それだけだと申し訳ない」

「――分かりました、それなら私も心を鬼にしちゃって言いますね! あなたたちに求めるものを――ことを増やします」


 全然足しにもならないけどお小遣いを全部徴収とか? それでもこんなところに住めるのは正に理想だ。学校がって近いし、寮生じゃなくなるからある程度は夜に自由に出歩くことができるようになる。相手の部屋に行って常識的な範囲で騒いだって消灯時間があるわけでもなし、少しの寂しさが残ったままだった自分の胸からも消えることだろう。


「私のことを毎日よしよしと撫でてください! 場所は問いませんっ」

「え、頭を撫でろってこと?」

「はいっ、おふたりに触れられていると落ち着くんです! これなら私にかなりのメリットがあります!」


 これをメリットと言ってしまう智香は大変可愛い。


「美凪」

「……そうね、智香さんがこう言ってるならいいわよね。それにどうせ4月いっぱいで寮生ではなくなってしまうのだから住めないと困るわ。毎日電車通学は大変だし」

「ん、美凪がそう言うならここで住む」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 そのタイミングでピンポーンとインターホンが鳴った。本当に僕たちが文句を言ったらどうしたんだろうと不安になるくらいだったが、彼女は「はーい」と来客への対応をする。


「へえ、いい家じゃないか」

「そうね、寧ろ私たちがここに住みたいくらいよ。家まで遠いしね」

「こ、こっこちゃんとふたりだけの生活……どうしてそのことに考えつかなかったの私っ!?」


 爽子と麻衣先生が来るのは分かっていたけどどうしてお姉ちゃんがいるのかがまるで分からない。


「丸山、色々見せてもらってもいいか?」

「はい、どうぞどうぞ」

「美凪ちゃん、一緒に見て回ろ!」

「私はもう見たけど別にいいわよ」


 爽子と智香、美凪とお姉ちゃんが消えてリビングには僕と麻衣先生だけ。


「少し羨ましいわよこっこちゃんたちが」


 学校ではないところでは普通に名前で呼んでくれるようになった。大人の人に信用されるというのは地味に嬉しい。


「麻衣先生も爽子と暮せばいい」

「呼び捨てでいいわよ。それと、そんなに簡単な話ではないのよ。で、どうなの? 美凪さんと上手くいってる?」

「普通に仲いいけど」


 僕にもいてほしいと言うくらいだし仲が悪いということはないはずだ。それどころか求めてきたくらいなので仲がいいと言っても過言ではないはず。


「そうじゃなくてっ、こうお互いに想い合ってるとかそういうのよっ」

「少なくとも爽子と麻衣よりは想い合ってない。キスだってしてないし」


 仮にこちらが求めても許可してくれはしないだろう。もし自分の気持ちが大切から特別に変わったとしても美凪は受け入れてくれないと思う。だからこの距離感を守りたかった。


「そ、それはもう忘れなさい……あれからはもうしていないのだから」

「やっぱりしてた」

「あっ! うぅ……あれは爽子が無理やり……」

「でも、麻衣は拒んでなかった、それどころか顔が蕩けてた」

「や、やめてっ……ほ、ほら、抱きしめてあげるから!」


 麻衣は柔らかくて好きだが、爽子もいるのにこんなことを頻繁にしてくる。


「こらっ」

「きゃっ、な、なにするのよ爽子っ」

「こっこを独り占めするなよ!」

「あ、そっち……」


 少しくらいは人を癒やす力が自分にもあるのかもしれない。


「さて、と、あまり生徒の家に長居するのも駄目だし私たちは帰るか。お前ら、あんまりハメ外しすぎないようにな」

「ん、気をつけて帰ってね」

「ああ」

「さようなら」


 リビングに遠慮なく寝転がって動かないでいるお姉ちゃんはどうしよう。


「お姉ちゃんもこっこちゃんと住みたいっ」


 悩んでいたら実にお姉ちゃんっぽいことを言いだした。

 

「それなら時々泊まりにきたらどうですか? お部屋はたくさんありますし、虎々ちゃんのお姉さんならいつでも歓迎ですよ!」

「え、いいのっ? 冗談のつもりだったんだけど……それなら今度泊まりにくるね! あっ、友達とこの後遊ぶ約束しているから行かないと! それじゃあねー」

「ばいばい、気をつけてね」

「気をつけて」

「はーい」


 お姉ちゃんが帰ると静かになるけど凄く寂しさが込み上げてきた。なので代わりに美凪を抱きしめておく。彼女も拒むことなく頭を撫でてくれた。

 ――そのため、この時智香が浮かべた表情を見ることができなかったのだった。

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