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「――という話があったけど、そういうのって可能?」


 昨日は結局美凪も帰ってきてあくまで普通だった。

 怒ったような雰囲気も伝わってこなかったし、案外自分の想像はなにも間違いではなかったのかもしれない。そのため、特に自分から触れるようなことはしないようにした。


「ま、各々の両親ときちんと話し合いをして、許可されていたら可能なんじゃないのか? この学校の寮は完全任意だし」

「仮に僕ひとりになったらどうなる?」

「その場合は誰かをこっこの部屋に入れるだけだ。流石にふたり部屋をひとりで自由にーなんてことはできないぞ」


 それならせめて怖くない人であってほしい。――まあでも大抵の人は怖くないのであまり構える必要もなさそうだ。


「というかこっこは誘われてないのか?」

「ん」

「――ふぅん、そういうものなんだな」


 爽子は顎に手を当て少しだけ黙る。その間に美凪と智香がやって来た。


「こんにちは」

「ん、智香が来てくれて良かった」

「さすがに休んでばかりではいられないですからね」


 おかしい、美凪の雰囲気がおかしい。

 あくまで普通といった感じで席に座った彼女ではあったが、彼女はずっと翡翠色の瞳でこちらだけを捉えている。今回は別に爽子といちゃいちゃしていたというわけでもないのだから他になにかがある、と。


「丸山、本当に浜野だけを誘ったのか?」

「え、なんのことですか?」

「家」

「あぁ……」


 あれ、もしかして言ってはいけなかったのだろうか。彼女までこちらをじっと見てくる。美凪は相変わらず無言を貫いているのでひとり慌てる羽目になった。


「――そういう形になりますね」


 いや、そうでもないみたいだ。それとも嘘をついた僕に愛想が尽きてそういう話だということに変えただけ? どちらにしても美凪にはなにか喋ってほしいところ。


「そうなのか、意外だな」

「意外、ですか?」

「ああ。どちらかと言うと対浜野よりも対芦岡の方が楽しそうだったからな」


 そもそも先に友達だったのは美凪だ。それからどうしてこちらにも友達になってほしいと言ってきたのかは分からないが、純粋に嬉しかったことではある。やっぱり誰かが側にいてくれるというのは精神的支えになるんだ、2日の時に仲良くしていればあんなことにはならなかったのにと常に後悔する日々。


「爽子はどう? 虹乃先生と」

「こっちはなんら問題ないぞ。普通に喋っているだけでも好感度がぐんぐん上がっていくからな」

「違う、爽子が不意打ちのキスをするから」


 リードできるのは格好いいと思う。爽子のことを大好きな虹乃先生からすればグイグイきてくれるのは迷惑どころか嬉しいはず。


「んー……べ、別にしてないがな」

「見た、直接この目で」

「校長先生に言うのはやめていただきたい!」

「いや、別に邪魔をするつもりはない。それどころか応援だってしているくらい」

「そ、そうか、ありがとなこっこよ」


 智香は上手くやれるだろうか。というのも、美凪は結構ガードが堅いところがある。それどころか遠慮なく冷たい視線を向けることもあることから、これから仲良くしようとする人は大変だと思うのだ。


「新垣先生、少しいいですか?」


 爽子といればいつだって虹乃先生は現れる。恐らく好きな人が他の人と話しているのが気になるんだろう。自分の仕事をきっちりとこなしながら愛しい人と一緒にいたい、そういう思いがひしひしと伝わってくるのだ。


「ああ。それじゃ行ってくるからお前らも早く帰れよ」

「ん、ラブラブしてきて」

「芦岡さんはあまり大人をからかわないように」

「ん」


 爽子たちが去り僕たち3人だけになる。


「虎々」

「ん」


 別に冷たい声音とかそういうのではなかった。いつも通りの美凪という感じ。


「智香さんと一緒に暮らす話だけど、あなたはどうするの?」

「どうするって誘われていないんだから僕は引き続き寮生活」

「なんで嘘をつくのよ」


 まあ美凪の方でも話すと言っていたしバレていてもおかしくはないか。


「細かく言うとお母さんたちに反対された。人様の家にお金を払ってもらうなんて駄目だ、だって」

「それもどうせ嘘よね」


 嘘だけど多分こう言うはずだ。そもそも智香は折半のつもりで話をしていたのかもしれないけれど。


「虎々ちゃん、迷惑だったのなら素直にそう言ってくれれば良かったんですよ?」

「え? 別に迷惑じゃないけど。誘ってくれたのは素直に嬉しいし、智香とも仲良くしたかったから」

「それならどうして……」

「どうしてって、智香が美凪を好きだって言ったから。さすがに僕でも空気くらい読める」


 美凪もみんなで仲良くしたいと言っていた。今回のそれは正にそれに繋がるものだけど邪魔をするような人間ではない。智香が大切な存在である美凪を好きになっただけ、あくまで友達としてはいられるのだから気にならない、嫉妬なんかしない。


「あの……好きってそういう意味じゃないですよ? 普通にお友達として、そして美凪さんの性格や振る舞い方が好きだというだけで……」

「え、そうなの? 即答したからそういうつもりなのかと思ってた。最初はふたりきりだと緊張するから僕も誘ったのかと考えていたんだけど」

「ち、違いますっ、それに虎々ちゃんのことも好きですから!」


 これはまた短絡的な思考をしてしまったということになるのか。


「ごめん、早とちりしてた」

「いえ、友達としては好きだときちんと言わなかった自分が悪いですから」

「美凪も」

「ふぅん」


 今度こそ冷たい声音と冷たい顔になった。


「智香さんには嘘をつかないのに私には嘘をつくのね」

「結局智香にも嘘をついたようなもの、だから謝った」

「さっきだって新垣先生と仲良くしてたし」

「優しくしてくれてるから気に入ってる」


 なんでもかんでもそういう風に捉えられるのは困る。

 休み時間だって美凪としかいないというのになにが不満なんだろう。


「それで改めてどうですか? 一緒に暮らしませんか?」

「邪魔じゃない?」

「当たり前ですよ」

「家事とか全然できないけど」

「そこは任せてください、一緒に暮らしてくれるだけでいいんです」

「お金とかは?」

「そこも任せてください!」


 ただほど怖いことはないと言うし、ここは美凪にも聞いておきたい。


「美凪はどうするの?」

「いつの間にか智香さんが両親に許可を取っていたわ。だから今週末に移動するつもりよ」

「あ、虎々ちゃんも一緒に暮らしてくれるということなら私がお電話しますのでお任せください」


 美凪を連れて一旦廊下に移動。


「僕は美凪といたい」

「嘘つき」


 自分が決めた行動によって彼女がまた同じような状態になってしまった。

 確かに一貫していない行動をしている自覚はある。その度に態度をコロコロと変えていたら信用度が下がって当然だ。


「だって邪魔したくなかった」

「はぁ……余計なことを考えなくていいのよ。私といたいなら素直にそうやって行動しなさいよ」


 大胆な発言をしている自覚はあるのだろうか。逆に美凪の方が素直になった方がいい気がするが。


「ん、約束する」

「だ、だからあなたも……」

「だけどお父さんたちが許すかな? お金だって安いわけじゃない」


 後に利子をつけられ請求されても家族に迷惑がかかる。

 そこら辺のことをきっちりしてくれなければ決断はできない。


「それは大丈夫です! 一切心配は必要ありませんよ!」

「それなら一緒に住みたい。智香や美凪ともっと仲良くなりたい」


 ――と思っていたのにあっさりと目先の幸福を求めてしまった。

 詐欺師に騙される人とはこういう人の柔らかい笑顔に弱いのかもしれないと実体験で学ぶ。詐欺と決まったわけではないけど。 


「はいっ、それでは早速お電話をかけさせてもらいます!」


 電話番号を教える前に当然のようにかけはじめた智香。

 僕は困惑して彼女を指差すが、美凪は複雑そうな顔で「気にしたら負けよ」と言った。


「はいっ、虎々ちゃんは私に任せてください! 失礼しますっ――よし、これで大丈夫ですよっ、3人で一緒に暮らしましょう!」


 その場にはやたらハイテンションな少女ひとりと微妙な状態の僕たちが残される形となったのだった。

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