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01

読むのは自己責任で。

会話のみ。

「――っ!?」


 おなかを押さえて後ずさる。

 じんじんと触れられた場所が痛んでいた。


「ふっ、大袈裟ね」

「…………」


 なにかを言えばまたヤられる。

 でも、どうやってこの場を乗り切ればいいのかが分からない。


「もうやめましょう、触れられたらという条件だったでしょう?」

「…………今日も勝てなかった」

「そもそも勝負でもないけれどね、はい、今日もあなたが掃除当番ね」

「うぅ……」


 彼女から箒を受け取って床を奇麗にしていく。

 彼女はベッドに腰掛け本を読み始めていた。


「あと、お腹に触れられただけで大袈裟に反応しすぎよ」

「くすぐったかった、そしてちょっと痛かった」

「そこまで勢いを強くはしていないわ。あ、掃き終わったら床を拭いてね」


 負けたのは自分だ、抵抗する気は一切ない。

 ――勝負内容は実に様々だ。

 ごはんを多く食べられるか、テストでいい点数を取れるか、相手のおなかに早く触れられるか――残念ながら全てで負けているのが現状である。


「さて、そろそろ食堂に行きましょうか」

「うん」


 私たちは寮生活を送っている。

 理由は単純に実家が他県にあるからで、この高校を選んだのは彼女がここに進学すると分かったからだ。ちなみにそれは本人にも言っていない。

 ところで、食堂に行けばご飯を提供してくれるというのは実にありがたい話だ。

 食堂に入るといい匂いに包まれており、いち早く反応したおなかがきゅぅと鳴る。

 それを誤魔化すようにきょろきょろしていたら「お腹が鳴っていたわね」と彼女に笑われてしまって恥ずかしかった。


「いただきます」


 言葉には出さないが自分も手を合わせてからスプーンで食べていく。


「明日、どうなるのかしらね」

「分からない。でも、考えたところで意味のないこと」

「そうだけれど……あなたがひとりになったらと思うと心配で」

「流石にそこまで子どもじゃない。――先に部屋に帰ってる」

「早いわね……もっとゆっくり食べなさい」


 食器を片付け食堂をあとにする。

 考えたくないことを言われてしまい複雑だったのだ。

 明日から高校生活が始まる。

 寮にて既に生活をしていたのは春休みの早くから訪れていたというだけ。

 いまさっきだって本当は上級生の人たちが食堂にいたからいづらくて早く退散したということでしかない。

 勝負を仕掛けていたのだって緊張を紛らわせるためだった。

 きっと彼女は分かっていないんだろうけど。




「……芦岡虎々《よしおかここ》です……よろしくお願いします」


 縮こまるようにして席に座った。

 周りの子は「声ちっさ」とか「変な名前」とか言ってくすくすと笑っている。

 あの子のせいと言うつもりはないけど、案の定、別のクラスとなってしまった。

 とどのつまり、憧れだった自分の高校生活はもう終わったようなものである。

 初日からこんな感じじゃ話にならない。

 とはいえ今日はもう解散だ、さっさと寮に帰って寝よう。


「芦岡ー」


 担任の新垣あらがき先生に着いて行く。

「お前は高校生として相応しくないっ、だからもう家に帰れ!」とか言われる?


「もう少しくらい大きな声を出せないか? 食堂では普通に話をしていただろ?」


 どうして私なんかを知っているのか分からない。

 しかもそれはあの子、浜野美凪(みなぎ)――美凪がいてくれるからだ。


「芦岡は他県から来たんだろ?」


 こくりと頷く。

 別にやりたいことなんて一切ない。

 美凪が進学したから付いてきた、ただそれだけのことで。

 だから熱量が違うのは仕方のないことなんだ。

 そして早くも絶望感に包まれているんだけど、どうしたらいいのか。


「浜野は残念ながら別のクラスだしな」


 策略の気配を感じる。

 そういう寮生活を観察してクラスを別にしたんじゃないのか、みたいな。


「ま、私が無理やり引き剥がしたんだけどな。だって浜野と同じクラスだったら絶対に他の人間と関わろうとしないだろうし」


 随分とはっきり言う人だ。

 隠しておくのが普通ではないだろうか。


「別に贔屓をするわけではないができる限りフォローはしてやる、だから堂々と高校生活を謳歌しろ。それではな」


 一見優しいように見えて残酷な人だ。

 あの子は心の拠り所、離れた時点で堂々となんてできない。

 まあ寮に帰れば一緒の部屋なんだからいいんだけ……ど?


「あ、芦岡虎々ちゃんですよね? 今日から私と浜野さんがお部屋交換になったのでよろしくお願いしますね!」


 ドバンと扉を閉めた。

 最後の安地すらなくなってしまったことを意味している。

 こんなことなら美凪と一緒に通うことを諦めて地元の公立高校に入学すれば良かったと後悔した。お母さんが言ってた、「そんな理由で高校を選ぶと後悔するよ」と。正にその通りだ、ちゃんと聞かなかった自分が馬鹿だった。

 部屋にも帰れない、食堂にひとりで行くのも緊張する・というわけで寮の入り口横のベンチには座らず、身を隠すようにして体操座りをしていた。お昼で終わったのがまだ幸いだろうか。


「なにやってるの?」


 美凪に抱きつこうとしてやめた。

 もうどうせ支えてはもらえない。

 いまここで甘えたところでこの瞬間が終われば現実は戻ってくるのだから。


「丸山さんが困惑していたわよ、『私がなにかしちゃいましたか!?』って」

「……なんで交換」

「あなたの担任である新垣先生に言われたからよ」


 とことん私をひとりにしようとしている。

 嫌いだ、こちらの気持ちなど一切考えず決断してしまう人が。

 この高校を選んだことを後悔しても仕方ないからもう無理やり割り切るが、そういう第三者の力によって環境を無理やり変えられるのなら話は別。


「美凪はどうだった?」

「私? もう友達ができたわよ」

「僕も大丈夫、だから心配しないで」

「じゃあなんでそんな隠れるようにしているの?」


 美凪がベンチに座ったことによりいい匂いが鼻腔をくすぐる。


「お昼ご飯を食べに行かないの?」

「ちょっと休憩しようと思ってね。どうせ13時まで開いてるし」


 せっかく友達ができたんだからそちらを優先してほしい。


「ふんふーんふふーん」

「ご機嫌?」

「だって虎々はひとりでも大丈夫なんでしょう? 私はずっと落ち着かなかったから助かったわ」


 どうせ助けを求めてもこれからは意味がないのだから遠慮をしたにすぎない。


「あ、美凪さん!」

「あら、丸山さん」


 あれは確か同じ部屋の人、美凪の友達とはこの人のことだろうか。


「芦岡さんを見ませんでしたか?」

「虎々ならここにいるわよ」

「あっ、小さくて分かりませんでした!」


 小ささもそうだけど、どうして女なのに虎々なんだろう。

 せめてひらがなにしてくれれば可愛気があるような気がする。


「芦岡さんも食堂に行きませんか?」

「お、おなか減ってないのでいいです……」

「そうですか……それは残念ですね」


 残念なのは僕の方だ。

 これでもうお昼に食堂を利用することができない。

 もしこの後に利用なんてしたら、「この嘘つきやろう!」と罵られてしまう。


「虎々はひとりでも大丈夫よね、丸山さん行きましょう」

「え、い、いいんですかっ?」

「心配ないわ、だって虎々はひとりでも大丈夫だもの」


 美凪たちはこうして去っていった。

 何回も強調しているのは恐らく頑張れということだ。

 大丈夫、周りは敵ばかりだけど、もう詰みみたいなものだけど、美凪といられない時間だってこれまでたくさんあったのだから。

 いまのうちに部屋に戻って掃除を開始。

 負けることしかなくてこれがもう習慣となってしまっていた。


「ただいまです!」

「――っ!?」


 自分もあれだけど食べ終えるのが早すぎる。


「あれ、お掃除をしてくれていたんですか? ありがとうございますっ」

「い、いえ……」


 だ、駄目だ、今度はもう部屋から逃げることができない。

 これからこの人と1年間生活を送らなければならないなんて、逃げ出すようなことにならないだろうか。

 

「丸山智香(ちか)です、よろしくお願いします!」

「あ……芦岡虎々です」


 初日から憂鬱だ。

 絶対上手くいかないのは決定している。

 全部は新垣先生のせい、明日、文句を言うと決めたのだった。

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