最終話
マヤは、舞台を前に、緊張感が高まっていた。
もう何度も出ているはずなのに、未だに慣れないでいる。
会場の拍手が沸き起こると同時に、マヤは舞台の中心にある、グランドピアノへと歩みを進めた。
心を込めて、礼をする。
そして、いつも通りに、全ての演奏をこなしたのだった。
「なんで慣れないのか……親が見てるから?」
今回のコンサートには、アコとヨウスケも観に来ていた。
舞台を終えた後、マヤはアコとヨウスケの元へ行く。
「お疲れ様、マヤ」
「観に来てくれて、ありがとう。なんか余計、緊張したけど」
「……大学の時、諦めなくて良かったね」
「うん。調子良いのも、それのお陰かな」
「残りの分も頑張って。カイくん達にも、宣伝しておくから」
「宣伝って……忙しそうだし、仕方ない」
「マサヒコさんがね、カイくんの小説、売れてるって言ってた」
「ほんと? 私も早く買わねば」
マヤ達は、時が経っていくうちに、それぞれの道を歩み始め、あっという間に、二十代も後半を迎えていた。
マヤは、ピアニストになるという夢を叶え、毎日、人々に素晴らしい音色を届けていた。
きっと、この一音一音に込められた想いは、サキにも届いているのだろうと、マヤは思った。
ナナカは、ユウマとの同棲を始めていた。
同棲期間は、もうすぐで三年になる。
お互いの職が安定して来たら、結婚をしようと、約束していたのだった。
「ミホちゃん家から、どっちか連れてこようかな」
「え、そんな急に別れさせて平気なの」
「……確かに。平気なわけない」
既に、親への挨拶は済ませていたため、籍を入れようと思えば、すぐにでも、入れられる状況だった。
「やばいな。もうアラサー? ミホちゃんも、おばさん度増してた」
「親が老けていくの見てると、いつか自分もこうなるのかな……ってなる。ナナカのお母さんは、綺麗だから」
「ユウマってさ……鈍感なの、なおらないよね」
「そう? 俺は元から鈍感だと思ってないけど」
どの口が言っているのだと、ナナカは思う。
けれど、ユウマのその鈍感さも、ナナカは大好きだった。
「なんか……そろそろ、結婚しようか」
「そうだね。今が丁度良い」
「……もっと、プロポーズっぽくした方がよかった?」
「いや別に……一緒に住んでるし、結婚してるようなもんだし」
「……役所、いつ行く?」
「明日」
「明日!?」
「え、今日がいい?」
「意外と、乗り気なの……嬉しい」
「ほんっとに……鈍感人め」
そうしてめでたく、ナナカとユウマは、籍を入れた。
「仕事、行ってくる」
「あ、俺も行く。一緒に出よ」
「帰りに、ミホちゃんとこ寄っていい?」
「いいよ。俺も実家、行こうかな」
「……大人になっても、変わらないって、いいもんだね」
「ありがとうございます」
カイは、授賞式に参加していた。
短い年数で、辛い時も、粘り強く小説を描き続けた成果が、やっと現れたのだ。
カイは、いち早く、ユミコ達に賞を見せたいと思った。
側で支え続けてくれた家族に、カイはお礼がしたかった。
「家、建てるわ」
「……なんぼ?」
「常識の範囲内で、任せる。これは、お礼やから。日頃のお礼」
「息子に家建ててもらうて……どんな家庭や」
「カイ、ほんとにええの? 自分のために、家建てればいいのに」
「いや……俺は賃貸とかでええし、実家建てるの、夢やったから。」
「そうか……ありがとうな」
「そりゃ、こっちの台詞」
カイは、立派に、昔の面影を残したまま、成長を遂げていた。
ユミコは、そんな息子が見れた事が嬉しくて、夢なのではと、何度も思った。
「お姉ちゃんにも、言わなあかんな」
ユイは、東京で一人暮らしをしていた。
前に付き合っていた彼氏とは上手くいかず、結局そのまま三十路を迎え、フリーになっていた。
けれど、ユイにとっては、今が幸せであると、言い切る事が出来た。
家族が誰も苦しむ事なく、幸せに過ごせている事は、奇跡なのだと、ユイは思った。
「ほんまに、立派やで」
「ありがとう。みんなが、支えてくれてたからや。ハタチの頃の俺なんか、もう二度と見たくないで……」
「サバの煮付け、よう食べとったなぁ」
「あれ、食べたい。母親の味が一番ってのは、こういう事やな」
カイは、改めて、両親や姉の存在の凄さを知った。
この人達がいなければ、一人暮らしどころか、小説家にさえ、なっていなかった。
それを考えると、家族の存在は不可欠なのだと、カイは思ったのだった。
「みんな、老けたね」
「ナーちゃんは……幸せそうな顔してる」
「あ、結婚しました」
「は!?」
マヤ、カイ、ナナカ、ユウマの四人は、仕事が落ち着いた頃合いに、集結していた。
「いや、なんか……おめでとう」
「ユウマ、なんで報告くれなかったん……ナナカも」
「単純に、サプライズしたかったから?」
「ぜんっぜん、サプライズ感ないけど」
「まぁね」
四人は、中学生の頃と変わっていないと言えるくらいに、いつも通りの雰囲気でいた。
一人ひとりの個性があり、全員が輝いて見えていた。
マヤは、それが嬉しくて、この歳まで生きている事は、本当に奇跡なのだと思った。
そして、サキにも、この四人の姿を見せたい。そう、思ったのだった。
「カイとマヤは、結婚しないの?」
「私はコンサート重なってて、カイはイベントと締め切りだらけって感じ。籍入れに行く時間が、ない」
「今」
「え? ……ナナカさん?」
「今、行けるじゃん」
「今は無理やけど……結婚はする」
「さすが、カイはブレない」
この人達は本気で言っているのかと、マヤは思う。
けれど、そう言ってくれた事が、マヤは嬉しかった。
「四人で、お酒でも飲みますか」
「会場は石川夫妻の住処だから、飲み過ぎても、問題ない」
「問題あるわ……楽しけりゃいいけど」
念願の、四人で飲み会が開催される。
そのひと時は、四人にとって、毎日の忙しさを癒す、最上級のもてなしとなった。
「カイが結構飲むの、意外すぎる」
「まぁ……みんな元気そうで、ほんと良かった」
「マヤは? 順調?」
「なんでか分かんないけど、すごい調子良い。コンサートの時も、ペダルミスしないし……」
「奇跡、ってやつ?」
「そう。奇跡って、やつ」
「……安心した。マヤが、希望見つけてて」
「うん。サキとね、約束したの」
「何を?」
「絶対に、生きる事を諦めない。サキはすぐそこにいてくれるし、今までの努力を無駄にしたくないから。どんな治療だって、副作用だって……耐えてやる、って」
「……かっこいい」
「サキは、私が長く生きる事を、望んでくれてるんだと思う。今が順調なのも、サキのお陰……かな」
「それが、答えだよ。私、マヤがこれからずっと、罪悪感抱えて生きていくのかって、すごい不安だった」
「でも、ちゃんと……答え、出せたじゃん」
「……良かったなぁ。この四人で」
「俺も……もう、寝たいけど」
「カイはね、もう寝てるんだよね」
「これも、奇跡って、やつ?」
「うん。最高の、奇跡」
生きる事を、諦めないという、マヤの目標は。
心の中で、サキは生き続けるという、マヤの意思でもあった。
全ての想いを叶え、実現させる事が無理だとしても。
マヤは、夢に向かって、行動し続ける事を、決めていた。
「はぁー、ほんとに……」
「みんな……大好き」
そう言って、マヤは心からの笑顔を咲かせたのだった。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。




