第二話
カイは、ふとこの前のことを思い出す。
どこかで、見たことがあった。
「……ん。あれ、もしかして、同じクラスの……?」
そういえば、こんな人いたかも、と思い、信号待ちをしているマヤに少し見惚れる。
数秒で我に返り、時間が無いことに焦った。
「はぁ……はぁ……あっぶな」
カイはギリギリの所で学校に着いた。
前にはマヤがゆっくりとしたペースで歩いている。
「……あの子、最近休んでたような……」
そう思った矢先、マヤは教室とは違う部屋に入っていった。
「おはようございます」
「おはよう」
「……今日は、少し遅めだね」
「はい。朝、起きれなくて」
「大丈夫、ゆっくりでいいから」
「ありがとうございます」
マヤは、不登校に戻っていた。
しかし、学校に行かない日は一週間ほどで留まった。
先生が、個人学習の場を設けてくれたのだ。
その教室は、三年生の教室がある階の、一番端にある教室だった。
昔から個人学習の為にあったそうだが、もうしばらく使っていなかったらしく、先生と二人で片付けと掃除をしてから使い始めた。
マヤは、受験生という壁に押しつぶされたのだった。
別に、いじめられたわけでもない。勉強が、少しだけ、嫌になったのだ。
昔不登校になったこともあり、みんなよりワンテンポ勉強が遅れていた。
しかし、最後の学年だからと、マヤは無理矢理勉強にしがみついた。
その結果、夏休み中に疲労が溜まり、体力の限界はピークに達したのだった。
夏休みは、あっという間に終わった。
カイは姉に連れられ、私立の名門校の説明会と、学校見学へ行った。
カイは見学をしている間、ずっと思っていた。
驚く程に、つまらない。
私立というだけあって、校舎はとてつもなく綺麗だった。
しかし、勉強も、部活も、イベントも、なにもかも、平凡すぎるほどに平凡だった。
ここは、自分が行きたい所ではない。そう思ったが、姉は、強くここを勧めた。
「だって、この高校に行けば、必ず名門大学に推薦されるのよ! お姉ちゃん、とてもいい学校だと思うんだけど」
カイは姉に逆らえなかった。
いつもいつも、姉がそう言うのであればと、歯を食いしばって姉の意見を受け入れていた。
しかし、今回は違う。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「俺、ここは、違うと思う」
「……どうして?」
「俺は、普通の高校には行きたくない。昔言ったのを覚えてる? いつか、小説家になって、売れたら実家を建てたいって言ったの」
「うん、覚えてるよ」
「だから、小説に関するコースがある学校に行きたい。それが、俺の意見」
ユイは、驚く程に優しい顔でカイを見つめていた。
そして、ゆっくりと頷き、「じゃあ、そうしよう」と告げたのだった。
「……ありがとう」
カイは確信した。
姉は、きっと意見を言って欲しかったのだろう。
いままでずっと、自分の意見を言わないでいた。
そんな自分の為に、姉が意見を代わりに言ってくれていたのだろう、と。
カイは、姉に感謝した。
マヤは、心地よく眠っていた。
広い教室に、一人。
個人学習の教室にいるのは、マヤだけだった。
それぞれの時間に、先生が勉強を教えに来てくれるけれど、休み時間やお昼は一人だった。
他に来てくれる人と言ったら、ナナカぐらいだ。
掃除を終えた後、昼休みになり、窓を開けて秋の風を浴びているうちに、眠ってしまったのだった。
疲れていたのか、机に突っ伏するような形で、少しだけ顔を外側に向けて寝ていた。
マヤが眠っている間、一人の少年が教室の様子を伺っていた。
「おい、何してんだよ」
「えっ、あ、あ……」
「んだよ、カイか……そこ、何? 倉庫部屋だっけ?」
「あ、だめだめ! 覗かないで!」
カイは急いで教室の前に立つ。
ギリギリ隠せたようだった。
「……ま、いっか。次、移動教室だから、早めに行けよ」
「うん、分かった」
カイは、再び教室に視線を戻す。
「やっぱり、綺麗……」
気づけば、そう呟いていた。
「マヤ~」
ナナカが教室に入ってくる。
ナナカは、なぜかすごく嬉しそうに見えた。
その理由は、すぐに分かった。
「マヤ! 修学旅行だよ!!」
修学旅行は、十月にあった。
受験生で、同月には合唱コンクールや文化祭もあるっていうのに、ストイックな学校だなと、マヤは思う。
「それでね、班を決めたんだけど」
「班って、どういう?」
「自由行動のときとか、整列するときとかは、この班」
そう言ってナナカが見せた紙には、班員が書いてあった。
「私と、ナーちゃんと、石川さんと、モカちゃんと、浜代さん……」
「女子が三人で、男子が二人!」
そう言うナナカは、やはり、やけにテンションが高かった。
「……もしやナーちゃん、好きな人出来た?」
図星かのような反応をするナナカを見て、マヤはくすっとイタズラの笑みを浮かべた。
どうやら、好きな人と同じ班だったらしい。
「石川さん……顔わからないや」
「えー、見てみ! ほんとかっこいいから」
ナナカは、独特なタイプを持っていた。
それは、常人には、とても共感できないような……不思議なタイプだった。
「とりあえず、おめでと」
「いや、まだ実ってないから!」
「修学旅行でアタックするんでしょ?」
「そう! 猛アタック!!」
マヤは、楽しそうなナナカを横目に、教室の外からの視線に気がついていた。
ナナカが落ち着いたところで、マヤは聞いた。
「あのさ、浜代さんって、どんな人なの?」
廊下の影がビクッと動いた。
図星だ。マヤは、なんだか今日は運がいいなと思った。
放課後の教室は、ガラッとしていた。
みんな部活は引退し、学校が終わるとそれぞれ塾に向かっていく。
まるで、プログラムされた機械のようだった。
カイと小学校からの付き合いの石川優馬は、夜間制の塾に通っていた。
放課後ぐらい、休ませて欲しい。
しかし、休みなどなかった。
ユウマは、まだ部活を引退していないのだ。
陸上競技部に所属しているユウマは、優秀な人材だった。
本当はやりたくなかったのだが、この前の大会で優勝してしまったため、次の大会にも出なくてはいけなくなったのだ。
ユウマはこの部活が好きだった。
でも、休みが欲しかった。
そんなとき、自分を支えてくれたのは、カイだった。




