Noël sacré
そこは見渡す限りの闇の世界。
自分の存在さえ消されてしまう闇の世界。
少しでも体を動かすと、ジャラリと鈍い音が闇に波紋のように広がりこだました。
目は光を見失い、蒼色はくすんでいた。白く濁るといってもいいだろう。
長い金色の波をうつ髪はすでにボロ雑巾のようだった。
陶器のような白い肌は、紅く赤い蛇がのた打ち回る。
もうじき扉は開かれる。
今日もいつも通りだった。
雪の積もった自分の家の敷地にある山は、銀色の世界。
その木々の間を走って一人で泣いていた。
涙が凍るかと思った。それくらい寒い日だった。
その日は学園で、クリスマスの話で持ちきりだった。
赤い服を着た、白髭の彼を年に一度迎える話をしていた。
しかし、周りは言った。サンディー・クローズなどいないと。
確かに、彼は実在する人物か分からない。年に1度にしか働かない彼を信じろというのが間違っている。
私は信じたかった。たった一人、年に1度でも良い。自分に夢と希望を与えてくれる優しい彼を。
それを否定されるのは勿論つらかった。
まるで自分の価値までもが否定されている気分だった。
それで泣いて走ったのだ。
学園の制服は私の涙で色を変えていた。
小枝が私を捕まえる。
その無力な細い腕を全力ではらった。
目の前の腐りかけた大きな樹木は私をさえぎった。
彼は死んでいるので意味はない。
樹木に空いた小さな穴は、私の部屋であり安息の場所であった。
その部屋に入り声もなく涙を流した。
口からでる小さな息は白かった。
小さな嗚咽も白かった。
顔を上げると、白には不似合いで一番似合紅色のコートを着た人が立っていた。
髪は漆黒のショート、首から脚の先まで真っ赤だった。
心地のいい女性らしいテノールな声で口は言った。
私は、サンディー・クローズだ。君を迎えに来たのだよ?と言った、私はひどく混乱した。
サンディーは男だと思っていたから。疑問を問いかけた。
男性ではないのですか?と。
彼女は醜く綺麗に華麗に笑った。
すべて彼が一人で行うのは無理だよ。と。
納得した。
確かに彼一人で世界各国の子供たちに夢を与えるのは無理だと。
彼女は私に手を伸ばしていた。
その手は液体で赤かった。
その赤からはかすかに湯気が出ていたと思う。美しい手だ。
口はいう。さぁ、おいで。こちらへおいで。
その言葉は呪文のように体に染み込み、脚が勝手に歩き出す。
彼女と手を繋ぐ、ぬるりとした手の感触はどこか温かみを感じた。
背後で自分の家が赤で染まっていることをまだ私は気づけなかった。
サンディーは私を箱に入れて馬車の荷台に乗せた。
ガタゴトとゆれる荷台は快適とはかけ離れていた。
しばらく経って箱は開けられた、いくつかの男が私を覗いていた。
サンディーは赤く薄い唇を三日月の形にしていた。
その三日月は知らない言葉を話している。
私は抱き上げられ、首輪と足枷手械鎖で美しく仕上げられた。
サンディーの手は白かった。
そして、綺麗だ。と目を細めてうれしそうに言っている。
また、箱にいれられた。
小さな冷たい鉄の箱。時折ぶつかる鎖が煩かった。
大きな荷台に詰まれたようだった。
隣り合わせの壁からも鈍い音が聞こえた。
目を開けると、自分は深紅のドレスに鎖をあしらっていた。
大きな鳥かごにいる自分と、それを見る仮面をつけた大人たち。
サンディーの姿は見えなかった。
不思議な言葉をしゃべり続ける大人たちは金貨を数枚渡すと、わたしは篭ごと運ばれた。
そこからはこうだ。
薄暗く妙に広く裁断のある部屋に連れて行かれ。
赤くろうそくを灯すと、痛みが待っていた。
叩かれ、裂かれ、嬲られ。
響く自分の叫び声と醜悪に笑う赤い人々。
血も肉も涙も舞った。
残酷でひどく美しい、赤はよく白い肌に映えると。口々に言っていた。
鞭は白い肌に蛇を描いた。
鈍色の刃物は背中に文様を抱かせた。
薬物は髪を汚した。
赤の人々は腐った果実をもぎ取るように私を扱った。
サンディー、サンディー。
これはあなたを信じ、願った私への罪と罰なのでしょうか?
あなたは、夢や希望。そして優しさ。
私への価値を表す人ではなかったのですか?
サンディー、サンディー。
私は頭を垂れ、膝を突き、涙を流し願います。
この行為で私の罪と罰が洗われるというなら、私は耐え抜きます。
サンディー、サンディー。
私にもう一度チャンスをください。
私に価値、優しさ、夢を与えてくさい。
闇の世界の扉が開いた。
光で白く濁った目は
赤く暖かい手を見つけた。
無意識に自分の手が、その手がそれを求めている。
最初にサンディーにあったときと同じあの心地よい感触が襲う。
引き上げられた体。
寝かせられた寝台。
あぁ、サンディー。サンディー。
私の罪と罰はここで洗われたのですね。
少女の体に
大きく、血液で錆付いた鎌が振り上げられた。
end 20081224