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清潔都市

作者: 黒川杞閖

 ある都市にて、新しい条例が施行された。

 その名も、都市清浄化条例。住民みんなで協力して、住んでいる都市を清潔に保とうという内容だ。条例を破って街を汚そうものなら、罰金を取られたり投獄されたりするという。何せ、この街の市長は潔癖症なのだ。

 条例が施行されてまもなく、役人たちがネズミの駆除を始めた。住民も駆除の一環として、ゴミのポイ捨て禁止や町内の清掃活動という形で協力を求められた。作業は困難を極めたが、半年もするころにはネズミの数は劇的に減り、どこかの大学教授が調査に訪れるくらいの成果が出た。市長は人々を称えた。

 その次には、より難易度が高いとされる害虫駆除が本格的に開始された。この作業には役人たち、住民たちに加え、活動に興味を示した薬品会社が参画した。新しい殺虫剤が実験的に投入され、今度は四ヶ月ほどで害虫の姿は見えなくなった。薬品による健康被害を訴える作業員が現れたが、市長は成果をあげた薬品会社と組んで公的事業を始めることにした。

 さらにその次には、病原菌を媒介する可能性のあるペット全般が禁止されることになった。施策に反対する人たちは、嘆きながら次々に街を出た。街に残れば、彼らはペットを手放すか、殺してしまわなければならなかったからだ。ちなみにこの取り組みに反対していた市議会議員は、役職を解かれて追放された。市長は彼を追い出すことの正当性を演説で語った。

 あるとき、薬品会社の社員が人間に対する消毒を提案した。大学教授は消毒による衛生状態の向上についてデータを提出した。議会はそれを承認し、住民に対する定期的な消毒が行われることになった。一部では薬品が身体に合わない人たちが体調を崩し、泣く泣く街を出ていったが、大多数の人には問題が起こらなかった。外から街を訪れる人も消毒の対象になっていたが、そんな人は数年前に比べてずいぶん少なくなっていた。

 そのあとしばらくしてから、ある議員がぽろりとこぼした。人間が出歩くと、どうしてもホコリがたってしまうのが気に入らないと。市長は自分自身のことも含めて、それはやむを得ないことだとあきらめていた。しかし、ある議員は『外に出なければ、ホコリは立たない』と言った。かつての三分の一になった議会は、市長の反対を押し切ってそれを承認した。よって街は特殊な装備をまとわない限りは原則外出禁止となった。外を歩きたい人々は、ぞろぞろと街を出ていった。

 それからさらにたったころ、残った議員は言った。人間が活動すると、必ず何かしらの廃棄物が出てしまう。都市の清浄化に邪魔なのは人間だと。青ざめた市長は議会を止めようとしたが、あえなく解任された。街に残ったのは、ごく少数の議員と殺虫剤を作った研究員だけだった。彼らは部屋にこもり、どうしたら清潔に過ごせるかを議論した。

 やがて、研究員はひとつの結論にたどり着いた。

「肉体を 持たなければ いいんです よ!」

 議会はそれを承認した。かくして彼らは、自らの肉体を捨てる算段を話し合うことにした。たとえば、脳だけになる方法。それには医者が必要だ。たとえば、機械の身体を得る方法。やっぱり汚れるからだめだ。

 たとえば、おのれの存在をコンピュータに移す方法。それには専門の技師が必要だ。彼らは様々なコネクションを使って、いずれかのやり方を引き受けてくれる相手を探した。ところが、まっとうな企業や個人で良い返事をするところはなかった。

「私 に心 当たりがあります 技術 者の 良い 腕の ちょっ と変わっていま すが ち ょっとだけ」

 研究員は、特殊な防塵服を着たとある男女を連れてきた。ふたりは夫婦で、表だって仕事は受けていないが、とても優秀な機械技師なのだという。議員たちは彼らと相談して、自分たちの自我をサーバコンピュータに移すことを選んだ。方法が決まってからはトントン拍子に話が進み、十日後、その計画は実行に移された。

 議員たちと研究員はカプセルのような機械に入れられて、変な機械をたくさん取り付けられて、よくわからないガスで眠らされた。夫婦はキーボードを素早く叩き、機械のレバーを操作して、彼らの脳をいじった。意識を失う間際、議員たちと研究員は言った。

「これで汚さなくて済む」

「これで恐れなくて済む」

「汚すことを」

「病気を」

「私は 汚 れる ことは     ない」

「侵されることはない」

「ない」

「な  い」

「ない」

 機械は、サーバコンピュータにつながっていなかった。


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