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ピーターパン・ジュブナイル

作者: 海凪 静

荒れ果てた廃屋、「いつもの場所」で少年たちは語る。

「大人って、ならなきゃいけないのかな」

「今の大人を肯定できるなら、大人になるがいいさ」

「でも、否定の仕方がわからない」

「いつになく保守的だな。ビビってるのか、奈賀」

「三神は、どうなんだよ」

「変えてみせるさ。そのための力が必要だ」

「力で抑えるだけじゃ、大人達と同じだよ」

「暴力に限った話じゃない。無駄な争いは避けるつもりだ」

「それは良いね。それで、どうするの?」

「わからない。どんな異彩が手に入るかにもよるしな」

「異彩、かぁ‥‥」

「怖いのか?」

「まあ、うん」

「なんてことはない、地下で三日間過ごすだけだ」

「でも、毎年ストレスで精神を病む人がいたり、争いが始まって大怪我することもある」

「そんなので潰れるようじゃ、この街では生きていけない」

「それは大人の言い分でしょ?」

「本当に嫌いだよ、反吐が出る。ただ利用してやるだけさ」

「そこまでして、大人にならなきゃいけないのかな」

「あんな儀式でもしないと、大人になれないんだ」

「大人になって、それでどうなるの」

「その方が、奴等に都合がいいんだろう」

「結局は、強者の都合だよね」

「だから、壊すんだ。弱者が救われないこの世界を」

「そうだね、いつか壊してしまおう」

彼等は三日間を地下で過ごし、出てきた時には異彩と呼ばれる不思議な力を手に入れていた。儀式において彼等は死者に、地下室は棺に見立てられる。一度死を経験し復活することで、人を超えた存在になるという宗教的な意味があるのだ。三神は決して、奈賀に異彩を明かさなかった。自分一人で事を成せる力を得たのだろうか。それは祝うべきことであったのだろうが、奈賀はどこか寂しくも思っていた。二人はやがて疎遠になっていった。誰が悪いわけでもなく、自然な流れだったのだろう。奈賀は人並みに生きて、守るものが幾つかできて、世界に少しだけ愛着が湧いた。三神は行方をくらました。

奈賀は思考する。15歳で成人の儀式を行い、18で多くが社会に出るまでの3年間、高等学校という教育機関で大人になる練習をする。それはモラトリアムといってもいいし、ダサい言い方をすればプレ成人ともいえよう。壁の外では18歳で成人し、同時に高校を卒業して社会に出るらしい。そちらの方が合理的に思えるが、大人に言わせれば伝統だから変えられないのだと。異彩に慣れる期間をとる目的もあるというが、その方がまだ理解できる。異彩に慣れたところで、何が得られる訳でもないが。街の周りに壁を築くのも、異彩を覚えさせるのも、自分の世界を守るため。それは強者の理屈で、弱者は守る対象に含まれず、そのくせ保守的で進歩がない。肯定する気はさらさらないが、否定するほどの体力もない。ただ無関心に目の前の今日を生きる自分を、三神は笑うだろうか。三神はどこに行ってしまったのか。生きていてほしいとは思うが、どこかで野垂れ死んでいてもおかしくない。思考は着地点を失い、眠りに落ちていくのを遮ったのは終業の鐘だった。

「帰ろうぜ」

「あぁ、うん」

「どうしたんだ」

「ちょっと、考え事」

「どんなことだ?」

「つまらないこと」

「はぐらかすな」

「世界について。それと、少しの感傷だけ」

「そうか」

「訊かないの?」

「そこまで興味をそそられなかった」

「そう言わずに聞いてよ。吐き出さないと、耐えられそうにない」

「‥‥わかったよ」

「昔、友達がいた。そして、彼は消えた」

「‥‥亡くなった、とかか?」

「わからない。きっとどこかで生きてるって、そう言いきってしまえたら」

「どうして、今なんだ」

「さあ」

「まあ、わかる気はするが。意味もなく現れて、意味もなく消えてゆく追憶」

「引きずってるつもりは、なかったんだけどね」

「そう簡単に、癒えるものではないんだろう」

「そう、だね」

「‥‥知りたいか?」

「何が?」

「そいつの行方」

「異彩?」

「まあ、そんなもん」

「正直言うと、知らなくていいかなって」

「何故だ?」

「知らないままの方が、夢があっていいんじゃないかって思ったんだ」

「それなら、それがいい」

「でも、知りたい気持ちもある」

「どっちだよ」

「両方なのかもしれないし、あるいはどっちでもないのかもしれない」

「何だそれ、面倒くさいな」

「仕方ないだろ、自分でもわからないんだ。心は、理解しがたい」

「そうか。‥‥まあ、近いうちに会うだろうがな」

「なんで、そんなこと」

「俺だって儀式をパスしたんだ、異彩があってもおかしくないだろ」

「いや、まあ、そうなんだけど」

「まあ、俺に異彩がなくても簡単にわかることだとは思うが」

「どういうこと?」

「チェーホフは言った。舞台上に銃があるなら、それは必ず発砲されなければならない」

「フラグが立った、とでも言いたいの?この世界は現実だ、物語のように都合よく動かない」

「この世界が、フィクションだったら?」

「‥‥まあ、確実にショックだね。これまで生きてきたことを、全て否定されたみたいで」

「ショックを受けて、どうするんだ」

「どう、するだろうね。そうなってみないとわからない」

「まあ、頑張ってくれよ。今回の主役はお前なんだ」

「え?」

「とにかく、帰ろうぜ」

「うん、そのことなんだけど、生徒会室寄らなきゃだから先に行ってて」

「ああ、わかった」

生徒会に知り合いがいないわけではないが、特に行かねばならない用事はなかった。彼を撒こうとしたのは、行かねばならない場所があったから。とはいえ直接向かうのも不自然なので、一度顔を出すことにした。

「どうしたの、朔哉」

「どうしてるかな、と思って」

「私が恋しくて仕方なかったと」

「そんなんじゃないけど、ほら、忙しそうだったから手伝おうかと」

「おおかた、伏見を撒こうとしたってとこでしょ」

「まあ、そうなんだけどさ。なんかごめん、帰るね」

「帰んなくていいよ。ちょうど退屈してたとこだし」

「それじゃ、お言葉に甘えて。‥‥そうだ、あれやってよ」

「手伝ってくれるんじゃなかったの?」

「やめとくよ、足を引っ張るだけだろうから」

「それもそうね」

そう言った彼女は、書類の山をさばく、さばく、さばく。

「いやぁ、いつ見てもすごいね。便利だよね、『反復』」

「見世物みたいに言われるのは、少し不愉快だけど」

「ごめんって。‥‥あのさ、もしこの世界が偽物だったとして、そしたらどう思う?」

「急に、どうしたの」

「伏見が、そんなこと言っててさ。もしそうなら、ショックだなって思ったんだ」

「私に言って、どうしようっていうの?」

「どうにも、ならないけどさ。ただ、このモヤモヤを分かってほしかっただけ」

「どうにもならないなら、考えるだけ無駄だよ。偽物だろうが本物だろうが、今見てるものが私たちにとっての真実なんだから」

「‥‥違いないね」

「進路とか、考えてる?」

「まあ、一応は」

「どうするの?」

「大学行く」

「え、意外」

「そりゃ僕は、宮咲と違って落ちこぼれだ」

「そんなつもりで言ったんじゃないよ。ただ、なんでかなって」

「‥‥言霊って、知ってる?」

「コトダマ?何それ」

「言葉の力、とでも言うのかな。外の世界の言い伝えなんだけど」

「外の世界って、あんたまさか」

「僕が大人しく掟を守るように見える?」

「いや、全然」

「といっても、実際に行ったわけじゃないんだけどね。苦労したよ、外の文献は別の言葉で書かれてたからね」

「それ、外で絶対言わないでね」

「わかってるよ。‥‥この街の特異性は、言葉にあるんだと思う」

「特異性って、異彩のこと?」

「そうともいえるかな。 僕らは地下という特殊な環境で、多くの言葉を交わし異彩を手にする」

「へえ。世界の仕組みをちゃんと知ろうとする、えらいよ」

「知ることは目的じゃない。異彩の仕組みを解き明かし、全ての異彩を消し去ること」

「そんなことして、何になるの」

「世界をあるべき姿に戻すだけだよ。きっと三神なら、回りくどいって笑うだろうけど」

「三神?」

「あいつは、そういう奴なんだ。宮咲は?」

「まあ適当に、進めそうな道に進むよ」

「出たよ、本当に向上心がないよね」

「現状維持できれば、それで十分だから」

「そう思うなら、否定はしないけどさ。そろそろ行くね、それじゃ」

奈賀が寄り道をしたくなったのは、思うところがあったからだろう。かつて通いつめていた、今では来ることもなくなった廃ビル。鍵の壊れた勝手口から、中に入ってゆく。そこに三神はいた。昔のままの面影で。

「待ってたよ」

「何を?」

「お前だよ、奈賀」

「待ってたって、なんで」

「悪いな、遅くなった。準備をしてたんだ」

「準備?」

「ああ、世界を壊す準備だ」

「‥‥」

「どうした?忘れたのかい、昔よく話したのに」

「‥‥ごめん、そのことなんだけど、僕にはできないんだ」

「お前も、この世界を肯定するのか」

「そりゃあ、全部は肯定できないよ。だけど、壊すには惜しいって思ったんだ」

「冗談だろ?」

「悪いけど、本気だよ」

「担がないでくれよ、遅くなったのは謝るからさ」

「違う、違うんだ」

「じゃあ、なんだってんだよ」

「もう、いいんだ。このままで」

「いい加減にしろ」

「こっちの台詞だよ。いつまで餓鬼みたいなこと言ってんだ」

「大人になっちまった、なんてつまんないこと言わないでくれよ」

「笑いたきゃ笑えよ、もう子供じゃないんだ」

「そうかそうか、お前も結局は有象無象の一人ってことか」

「僕は君を止めなきゃいけない」

「そう。止められるなら、止めるがいいよ」

「君が引き下がってくれないなら、僕は殴ってでも君を止める」

そう言うと三神は奈賀を殴った。

「あれ‥‥?」

「今のお前じゃ、俺に指一本触れられない」

確かに奈賀は、三神を殴ったはずだった。しかし事実は逆。殴られた身体より、拳に乗せた思いが拒絶されて痛む。響く痛みに邪魔されて、それ以上追うことができなかった。


テレビが騒ぎたてている。いくらチャンネルを回してみてもどこも似たり寄ったりの内容で、元老院で起きたテロのことを伝えている。ここは力を手にしやすい環境だ。かつては革命なんかもあったようだが、現政権はあまりに強い。きっと三神もこれまで挑んだ幾人かと同じように、負けて然るべき罰を受けるのだろう。友人として三神を止められなかった長は、せめて彼のしたことの顛末を見届けるべきだと考えていた。元老院は警官隊に囲まれていた。三神は不敵にも、議会の前で叫んでいる。

「言っただろう、ここは今から俺の国だ。一国を相手に、その人数で足りるのかい」

狙撃手が狙いを定める。

「俺の国では、銃があなたを撃つ」

三神の放った弾丸は、警官に命中した。信じられないが現実だ。彼は恐らく、主客を『倒置』している。だが、重要なのはそこじゃない。彼は、もう戻れない。人を殺めてしまったのだ。彼がもし全てを破壊し尽くしたとして、その先に何もないと奈賀は知っていた。彼の目的は、ただ壊すことなのだから。テレビは映し出している。阿鼻叫喚の舞台上、彼に向かっていくひとつの影を。

「あれ‥‥?」

自宅にいたはずの奈賀は、いつのまにか劇場にいた。観客席の中ほどから辺りを見渡すと、そこにいる誰もが同じ状況のようだった。舞台上には死体の山とその中心に立つ三神、それから目つきの悪い男。困惑した様子の三神を睨みつけ、男は言った。

「何故、こんなことをした」

「ここはどこだ?あんたは誰だ?一体何をした?」

「おいおい、質問に質問で返すのはマナー違反ってもんだろ」

「答えろこれは命令だ!」

「ここは、君という残酷劇の舞台上。丁度いいだろ、ここなら被害も出ないしな」

「異彩か?」

「ああ、『暗喩』しているんだ」

「お前は誰だ、何が目的だ。答えろ」

「正義の味方、ってとこか」

「そうか、それなら良かったじゃないか。正義のために死ねるんだから」

「死なねぇし、死なせねぇよ。大人なめんな」

「大人なんかに、俺は倒せやしないさ」

「ずっとそう思ってられたら、幸せだったろうな」

いつのまにか、舞台に立っているのは三人になっていた。三神を挟み込むように、寸分違わぬ姿の二人が佇んでいる。そのうちの一人が、背後から三神を取り押さえた。

「沢山の人が目の前で死んだ。何も出来なかったよ。悔しくて、情けなくて、身を裂かれた」

「分身して不意打ちすれば異彩も使えない、と」

「ああ、お前の負けだ」

「おめでたい頭だね」

三神が、男を取り押さえている。そのまま、彼は男の両腕を折った。

「あぁ、痛ぇ、痛ぇよ、てめぇよくも、許さねぇ」

もう一人の男が、逆上して突っ込んでいく。結果は見えていた。三神の異彩は、起きた結果さえ変えてしまう。それをどうにかすることは、きっと誰にもできないのだろう。彼はつまらなそうに劇場を去ろうとする。

「待て、三神」

奈賀は思わず立ち上がり、叫んだ。これが恐らく最後のチャンス。そしてそれは自分にしかできないことだと、奈賀は確信していた。

「言っただろう、奈賀。お前に俺は止められない」

「‥‥あの後、お前の母親に会ったよ」

「それが、何だ」

「聞いたよ。革命で父を失ったんだってね」

「何が言いたい」

「復讐、なんでしょ。自分の父がされたことを、世界にやり返している」

「もしそうだとして、何になる」

「やり返すことが目的なら、自分から何かをすることはない。こちらから危害を加えない限り、お前に勝ち目はないんだよ、三神」

「‥‥バレちゃったか」

「もう気は済んだろ、帰ろう」

もう彼に敵意はないと、奈賀はそう考えていた。あるいは、油断していた。奈賀が手を差し出す。

「なんてね、まだ隠していた刃があるんだ」

三神が笑う。ナイフを持った奈賀の手を、三神が掴んだ。

おかしい。何かがおかしい。僕が手をとった筈だ。僕はナイフを持っていなかった筈だ。何故だ。彼が『倒置』した?何のために?まさか、まさか。今、もう一度『倒置』したら——奈賀の思考が纏まり、ナイフを離そうとするより一瞬早く、三神が奈賀の手を強く引きつける。

「鬱陶しいんだよ、死んでくれ」

三神の手に握られたナイフが、奈賀の首筋に突き立てられる。そのはずだった。

「と思ったけど、やっぱりお前は殺せないわ」

三神の頸にナイフが刺さる。奈賀がナイフを引くが、三神の頸にはあまりに大きな傷ができていた。これでは、助からない。たとえ奈賀が異彩を使っても。彼には過去も未来も変えられない。今まさに起きる出来事を少しだけ先延ばしにする、『冗語』の力を持っていた。

彼は死んでゆく。それを彼はどう思うのか、それは彼にしか分からないし、死んでしまえばもう分かる者はいない。地獄を恐れるのだろうか、それとも生からの解放を喜ぶのだろうか。あるいはそこまで頭が回らず、眠りに落ちるように死んでいくのか。案外、冷静に捉えているのかもしれない。いつか来るはずだった死に、たまたま今巡り合っただけだと。こんなに事実を迂回させても、引き延ばせるのはほんの数時間だった。

「もうすぐ死ぬって時に、あいつは言ったんだ。ありがとうって。本当に馬鹿だよ、ふざけてる」ついに彼は、大人になることはなかった。それはまるで、大人になろうと苦悩する人々を嘲笑うように。彼が否定した世界で、生きてゆくほかないのだ。身の丈を知って、大人になって。

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