最後の一手
この世界は余りにも歪だ。
始まりは「天界、魔界に続き、今居る世界を含め第4の世界があるのではないか」という仮定を立証する為の実験からだ。
実験は成功した。いや、今となっては成功してしまったと言うべきか。
ここでは、喚ばれた者の事を“転移者”と呼ぶことにする。
その転移者は総じて特殊な能力を持っていた。
それに目を付けた権力者達は次第に自分の下にいかに優秀な能力者を集めるかを競い合うようになっていった。
それも良くなかった。転移者達の能力を見誤っていたのだ。魔法により制限していた筈がいつの間にか解除されていたのだ。
そこからは酷いものだ。10000人に1人は転移者になり。権力者は全て転移者が占めるようになり。元々住んでいた者達は負け犬でしかない。
だから嫌なんだ。だから嫌いなんだ
きっと努力は転移者には笑われる。
いや、笑わなくとも理解はできないだろう。
自分の不甲斐なさを、周りの嘲笑の声を
だからこそ。だからこそ。
俺は努力を止めようと思う。
ーーー
「イカサマっていう訳じゃないけど、分の悪い賭けだよな……」
家の地下室に一人で、間違えないように時間をかけて魔法陣を描く。
魔力の必要量に自分の体内の魔力では足りなかったので、1年間自分の身体の魔力を抽出して保存しておき、一気に霧散させ高濃度になった空気中魔力を使う。
瓶の中の魔力液を魔法陣に垂らす。垂らした液体はすぐに気化し始める。
今から召喚魔法を使う。俺の一番嫌いな魔法だ。嫌いな魔法に頼るしかもう方法がなかった。ただ今回呼ぶのは異世界人じゃない。
魔界から魔族を喚ぶ。魔界に住んでる奴は大体が一騎当千というのは大袈裟かもしれないがまず、1対1で戦うような奴じゃない。それは異世界人だって同じではあるが……
蛇がでるか鬼がでるか。
話が出来る種族であって欲しいものだが、会話も出来なければ死ぬのは多分間違いないだろう。もし俺が死んだ後は俺からの魔力供給が切れ勝手に帰るだろう。
魔法陣が眩い光を放つ。想定以上に眩い光にとっさに目を覆う。
「あなたが……私を喚んだのですか?」
その声の持ち主の姿を見るため覆った手をどける。
髪は短く切りそろえられ整えられた前髪の下に大きな一つの目玉が見える。
単眼族……モノアイと言うべきか。あまり見るタイプの魔族ではないからどういった魔族かは詳しくない。が、ただ思ったのは本当に魔族を呼べたんだなという達成感に似た驚きだった。
「ああ。そうだよ」
魔族召喚の儀式は禁忌とされることが多い。
そもそも一人一人が対軍兵器みたいなものだ。ポンポン喚ばれたら国としては迷惑きわまりないからだ。
そして何より召喚した魔族を完全に制御出来るわけではないということだ。
(第一召喚した者を完全に言うことを聞かせられるなら、転移者に支配された世になっていないしな。)
やはり、旨い話のどこかに穴はあるものだ。
「望みは?」
「魔族契約を、俺を魔族にしてくれ」
魔族契約、代償を払い人間を魔族にする文字通り悪魔の契約。
「その程度の望みじゃああなたは所詮転移者には勝てない」
「……心まで読めるのか」
「当然。でもまぁ、魔族なら誰もが人の心を読めるって訳じゃないですけどね?」
「……魔族契約しても届かないのか?」
「さぁ、どうでしょう?ま、ゼロじゃ無いですけど。第一、その魔族契約なんて旧式契約で出来上がるのは所詮私の劣化版ですしね」
「劣化版、か……」
結局、俺は誰かの劣化版として生きていくしかないのか。
「勘違いしないで下さい。他に勝つ方法なんて幾らでもあります」
「……今なんて?」
「第一、才能持ちと渡り合うのにこっちも最低限、裏技くらい持ってないと話にすらならないのは当然でしょう。」
「……勝てるのか?俺が」
どうやって?いやこの際方法なんてどうでもいい。ただ単純に、ただ明快に答えを期待した。
「勝たせてあげましょう。育ててあげましょう。音を上げないというならば。どこまでも強くなる方法を、誰よりも優れる方法を」
目を細めどこまでも見透かしたような表情で嗤う。きっとまともな方法じゃないのだろう。でもまぁ、
「構わない。勝てるというなら何でもいい。音なんて上げないし、死んでもあきらめない」
「じゃあ、死ぬ気で死んでください」
目にも留まらぬ速さで接近、そして首もとに太い針のような物を刺される。一瞬痛いという感覚の後燃えるような感覚いや実際にやけどするかのような体温になっていく。
「ぐっ、あっ、いっつ」
喉元が焦げたのか一切声を上げることが出来ない。「何をしやがる」と問いただすように目線で主張する事しか出来ない。
(心読めんだろ!説明しやがれクソアマ!)
「大丈夫。安心して死んで下さい。必要な死ですから」
何が必要だ……死んでたらおしまいだろうが……
意識が……消え……る
ーー意識が消えたと思ったら体に痛みなど元から無かったかのように痛くもかゆくもない。むしろ調子のいいくらいだ。
「いや、あれはほんとに死んだはずだが……幻覚……いやないな。実際俺に打った注射器がそこに転がっているものな」
死んだはず。いや実際どうなのか確信は持てはしないが、死ぬ感覚を体が覚えている。
大事な物を落としてしまった感覚にも似てはいる。しかし、
肝が冷えるどころの感覚ではなく体が凍りついた。
熱を持っていたはずの体はガチガチの氷のように固く冷たくなった。
ただただ深い奈落の底に落ちていくような恐怖を感じた。
それをただ瞬間的に体験したような気もするし、悠久的に体験した気もする。
「ええ、ではもう一本」
「ま、待て。何が起きているのか説明だけでも」
言葉虚しく2本目の注射を刺されるのだった。
ーーー
10本以上は注射を打たれたであろう。そのたび熱に焦がされ、死の感覚を味わう。
「……もういいでしょう」
その声すらも男には遠く聞こえる。
声を出すのも目を開けるのも出来ない。身体が痛い訳ではない。ただ動けないのだ。ただ呼吸をするだけで動かし方を忘れ去られた玩具のように横に伏せる。
「……壊したら、直さないといけませんね」
一歩近づき顔を眺めるように眺める。
「もうズタボロの魂。自己治癒能力がどの程度あるのか実験してみてもいいですが、そんな時間的猶予はなさそうですし、さっさと不要な部分は捨ててしまいましょう」
ポッケの中から取り出したナイフを使い男の背中部分の服を切り裂いていく。背中に円を描き、そこに文字を書き込んでいく。
「本当に汚い魂、天才ではないと知りながら天才に届こうと努力し身をすり減らし、ズタボロになった魂。悪霊だって食いはしない」
書き込みながら文句を垂れるようにつぶやく姿は憐れむようで嘲笑うようでそして最後に
「仕方がないから私が食べてあげましょう。代わりに私の魂を分けましょう」
慈しむようで満面の笑みを浮かべるのだった。ーーそれが人の目には不気味にも見えるものではあったが
ーーー
痛くはない。ただ辛い。呼吸は出来る。ただ苦しい。
何をされているのか、わからない。でも、もう嫌だとは死んでも言わない。
音を上げないと言ったから。声に出そうになるのを奥歯を噛み締めて堪える。
「それはそうでしょう。こんなクソ不味い魂食べさせておいてそれで逃げ出すなんて許すわけがない」
その声とともに辛くなくなり苦しくも無くなった。
「……結局、何をしたんだ?」
「聞いてもどうせわからないでしょう?」
「わかるように教えれないのは、お前の力不足だろ?」
「今、すごくイラっとさせられましたが、いいでしょう。三文で教えましょう。
殺して
死んで
治した
以上」
「……それ意味あるのか」
「まぁ、そこは自分で感じるといいでしょう。ちょうど誰か来たっぽいですし」
ドアが蹴破られる音が響き渡る。
「この家には悪魔召喚の容疑がかけられている」
(……早すぎるだろ。どんだけ悪魔召喚警戒してんだよ。まだ2時間も経ってないぞ)
部屋の時計を見ながらイラつく。あぁ、もう嫌になるなぁ。本当に嫌になる。すごくイライラする。
「落ち着いてください」
首にまた注射を刺される。
「……もうちょっと優しくできないか?今『ドスッ』って音したぞ」
「落ち着いたでしょ?気分を落ち着ける薬です」
「いいけど。どうするんだ?もうすぐしたら入り口も見つかるぞ?」
「まぁ、殺してもいいんじゃないですか?魂はおいしくいただきますから私は嬉しいのですが」
「……殺すのは悪手じゃないか?それをしたらもっと人が来るぞ?」
「殺さないと捕まるでしょ?殺したら時間が稼げますし逃げれるのでは?そもそも貴方重罪人でしょ?今更罪の意識があるんですか?それとも、人間は殺したくないんですか?」
「……俺は、いや、心読めるんだったな」
「そうですね。心の動きが滑稽でとても笑いを堪えるのが」
「イラっとした。多分薬が無かったら殴ってた」
「まぁ、怖いでも……いつまで人間気分のつもりですか」
「……っ!」
いままでの雰囲気とはうって変わって冷たい雰囲気に切り替わる。
「あなたは魔族に片足突っ込んだんです。他人は利用する物なんです。利用価値がない邪魔する物は排除が基本です。
もう一度だけ言います。いつまで人間気分でいるつもりですか?」
やはり魔族なんだな。いや、わかってたけど理解はしてなかった。
「そう、だよな。俺が間違ってたな」
「自己紹介はまだだったな俺の名は」
「ボレマオ・イタそう名乗って下さい。人間の時の名など捨ててしまいなさい魔族は名を重んじる。いまだ敗者の貴方にはその名前がちょうどいい」
「じゃあお前はなんて名前なんだよそりゃあ立派な名前なんだろ」
「エナです。それ以下でもそれ以上でもなくただのエナです」
「似たようなもんじゃねぇか。まぁいい、イタだな。これからよろしく頼む」
「ええこちらこそ」
エナは口を大きく歪め
「魔界の薬剤師エナこれから実験もとい貴方の身体・精神・技術その他諸々最大限強化いたしましょう」