木冬 土火先生の今日のエッセイ
今日は少々面白い出来事があった。
私は一日のルーティーンとして夕方にとある小さな喫茶店でコーヒーを飲んでゆっくりしている。
その喫茶店はあまり人が来ないのだが、その分静かで値段も安く、しかも此処のマスターが流しているジャズの選曲が私の好みと同じだった。その為私は一日の終わりにこの喫茶店でコーヒーを一杯飲み、私好みのジャズを聞きながら一日をゆっくりと振り返っていた。
今日は何時もと少し違った。
と言っても私が通う時間は私と同じ常連の若い男一人の筈が、彼の後ろに女子高生が二人座っていたのだ。此処等辺では女子高生がいると言う事は大変珍しく、しかもその二人と言うのがギャルと呼ばれる少々派手な感じの少女達だった。こんな小さな何の名物もない喫茶店にいるイメージがなかったのでこの時私は何とも物珍しい事があるもんだと思った。
静かで小さな喫茶店のせいなのか、それとも女子高生達の声が大きいのか。彼女達の声が良く響いていた。ジャズの曲が聴けないのは少々不満だったが、そんな些細な問題が吹き飛ぶ様な話題が彼女達から出たのだ。
「はあ!? 別れた?! アンタのお姉ちゃんが!!??」
コレはただ事ではない。
丁度私がいる席は少女達がいる席が見える席だったので、はしたないと思ったがチラリと少女達の方を見た。少女達の隣の席に座っている若い男も耳を立てて聞いている様だ。
片方の少女の方が深刻そうな顔をしている為、彼女の姉が別れただろう。もう一人の少女は心配そうな顔している。此処ではお姉さんがいる方をA、もう一人の方Bと書く。
「何で? アンタのお姉さん結婚秒読みだった筈でしょう?」
「うん、そうだったんだけどさ……」
「何が原因? 浮気?」
「違う。…………フラッシュモブが原因」
「フラッシュモブ?!」
フラッシュモブも私も聞テレビで見た事がある。
確か結婚式やプロポーズの時にサプライズとしてダンスを踊ったりパフォーマンスをしたりして相手を喜ばせると言うものだ。
どうしてソレが別れの理由になったのだろうか……? そう思い私は少女達の話に耳を傾けた。
「確かAのお姉ちゃんって人に注目されるのが嫌な性格だったけ?」
「そう。お姉ちゃん恥ずかしがり屋で裏方業が好きな人だったの。主役みたいな目立つ事が嫌いな人なの。しかもフラッシュモブって観衆がいる前でやるでしょ? 『何だかYES以外認めない感じがして脅迫されていると感じて私には無理』てさ」
コレは手厳しい。
確かにフラッシュモブは日本人にはあまり合わないと言う人が多いが、特にAのお姉さんは人見知りの性格も相まってフラッシュモブが嫌いな様だ。確かに見ようによっては脅迫と捉えられても可笑しくない。男としては彼女に喜んで欲しいと思ってのサプライズだったのだが、コレは悲しい。
「一応彼氏さんもテレビとかで話題になった時に嫌だって言ったけどさ……」
コレは彼氏さんが悪い。
お姉さんが嫌だって説明しているのに実行するのはありえない。若い男の方も私と同じ感想だったのか眉を顰めている。
「フラッシュモブを強行したから別れたの? それはちょっと……」
「ううん。確かにフラッシュモブを実行したのは許せなかったけど、それでも好きだったしちゃんとした内容だったらお姉ちゃんもプロポーズを受けたって言ってたけど……私も話を聞いただけ何だけど、本当に酷いの!!」
「そんなに酷かったの?」
Aは怒りのあまり机を叩いた。聞いただけで此処まで怒るのは身内贔屓なだけではないみたいだ。
「どんな内容だったの? そのフラッシュモブ?」
「……その日お姉ちゃん達は二人が行き付けの居酒屋に行ったの」
「居酒屋? まさかだと思うけど居酒屋の中で踊ったの!?」
「…………うん」
「はあ!? その居酒屋広い場所だよね? もしくはお客さんもダンスする人も少なめでやったの?」
「一般的な居酒屋の広さでお客さんもダンスを踊った人もそこそこいた。しかも碌に練習もリハーサルもしてなかったみたいで、もうグダグダ。何の関係もないお客さんにぶつかるわ、料理を運んでいる店員さんにぶつかるわでもう針の筵状態。そんな状態でプロポーズされたお姉ちゃんの気持ち分かる!?」
「ないわーまじでないわー」
コレはAがキレるのも無理もない。Bもあまりの無い様に口元を引きつって頭を振り続けている。一生一度のプロポーズをそんな形で受けるなんてお姉さんを侮辱していると言っても可笑しくない。彼氏さんは周りの目が分からなかったのか?
「でも、日本でもフラッシュモブの専門の業者があるんでしょ?」
「頼んだみたいだけど、激安の業者に頼んだみたい。だから振付もクオリティーも何もかもが最低レベル。おまけに『常連だから』と言う理由で、居酒屋の店長さんに許可を貰ってないのにやらかして店長さんカンカンに怒って……お姉ちゃん彼氏を殴って泣きながら帰って来た」
「………………それは別れて良い」
Bは項垂れるAを慰めながら話題を映画の話に移った。
少女達の話を黙って聞いた若い男が神妙な顔をして席を離れ、会計を済まして喫茶店から出て行った。
その姿を女子高生達は黙って見送ると、Bが何やらスマホを操作したと思った若い男と入れ替わりにまた誰かが入って来た。
入って来たのは女子高生達と同い年の彼女達と比べれば少し地味な感じの少女が入って来た。少女はまるで文学少女のイメージ其の物な黒髪、三つ編み、セーラー服、眼鏡だった。少女はA達の方へ近づき座った。
「あっっっりがとう!!」
それはそれは大きな声で御礼をしたと思ったらガッン! と机に叩きつける様に頭を下げた。
コレはどう言う事だろうと目を丸くして少女達の成り行きを見守った。
「二人のお陰でお兄ちゃんフラッシュモブでプロポーズをするのを諦めてくれた! 本当にありがとう!!」
「いや、私等は特に大したことはしてないわよ。ただネットでフラッシュモブの失敗例をの奴を合わせて色々盛って話しただけだから」
「正直アレで諦めるかな~? と思ったけど……諦めてくれたんだアンタのお兄さん」
「うん! 失敗した話を聞いて色々考え直したみたい。お義姉さんの性格を良く良く考えて『やっぱりプロポーズでフラッシュモブは止める』てさっき連絡来たの!」
「ソレは良かったわねー。しっかしアンタも大変だね。アンタのお兄さんとその彼女さんと結婚させる為に色々裏工作するなんて」
「だってお義姉さんが駄目だったらお兄ちゃんと結婚する人一生いないし、孫の顔を見せると言う両親の期待が私に一心に掛かっちゃう! 計画性がないのがお兄ちゃんの特徴なのに『結婚式の資金の為に節約したいからプロに頼らない』ってとんだ自殺行為じゃない!!!!!!」
「ありゃー」
ありゃーである。
どうやらA達の話は全くの嘘で、全てはあの若い男の彼女へのフラッシュモブでのプロポーズを諦めさせる為の計画だった。
そして文学少女は若い男の妹で、恐らくフラッシュモブの計画に参加して欲しいと兄から頼まれたのだろう。ただ、その彼女さんは目立つのが嫌いな性格な人だった事と、あの若い男があまり計画性がない事と、フラッシュモブの専門業者に頼らないと言う事で、間違いなくプロポーズは失敗すると文学少女は思ったのだろう。だから一計を案じ友人達の協力を得て、今回の計画を実行したと言う事だ。
……あの青年についてあまり知らないが、妹さんは相当彼に苦労を掛けられているだろう。
此処で私は思ったのだが。
フラッシュモブは綿密な計画、時間を掛けて練習、何度もリハーサルで確認をすれば、それこそテレビで見た事がある様なとても素晴らしいパフォーマンスとなる。
しかし、どれか一つでもケチってしまえばドミノ倒しの様に何もかもか台無しになる。しかも相手がサプライズが苦手だったらもっと最悪だ。
そもそもテレビでフラッシュモブでプロポーズをする男性は真に相手の事を愛している。だからこそ彼女を喜ばせる為ならお金も時間も幾らだって捨てられる。
だからこそ最高のプロポーズになるし、女性もそんなプロポーズされたら大変喜んでくれる。
だが、極端な例ではあるがAが話していた様な事をすれば?
そんな事をされて彼女は喜ぶのであろうか? 時間もお金も碌に掛けていない様なプロポーズをされて『自分は本当に愛されているのだろうか?』と思ってしまうのではないか。そもそも一生に一度のプロポーズは一生の思い出だ。出来る限り素晴らしいサプライズで受けたい筈だ。
それと彼女の性格を良く考えなければいけない。
彼女がフラッシュモブを受けて喜ぶかどうかキチンと調べなければならない。もし彼女にフラッシュモブでプロポーズをしたいと思っている男性は、さり気無く彼女にこの話題を振ってみたら如何だろうか?
それで彼女の反応を良く見てフラッシュモブを実行するか否かを判断した方が良い。
でなければそう言ったサプライズが大っ嫌いな新婦に新郎側が新婦に黙って披露宴でフラッシュモブを決行して離婚したケースがある様に、最終的に破局する可能性が高い。
件の少女の彼女は『プロポーズは無理だけど披露宴なら別にやっても良い』と言うので、もし兄がプロポーズに成功すれば兄と義姉と専門の業者と相談してやってみたいと文学少女が言った。
「まあフラッシュモブって、私だけの特別な舞台を見たいだから私は好きだな」
「私は目立つ行為は嫌いだけど、最高の出来栄えなら嬉しいなー」
「私も」
キャッキャッと華を咲かせる少女達を私は微笑ましく思い、青年のプロポーズが成功出来ますようにと心の中で願った。