灰色の館の独白
何が切欠でこの館を訪れる事になったのか、今はもう、思い出せない。
仲間と共に、肝試しをしてか、或いは、配達のバイトをしてか。
そのどちらかだった気はする。
僕は、あの極限状態の中で、その仲間達の名前すら忘れてしまった。
メンバーは、僕と、大柄なお調子者と、大人しい文学少女と、ツインテール。
変わったところもない、ごく普通の学生集団だった筈だ。
学生、だったよな…?
駄目だ、記憶が混濁している。
取り敢えず、今の状態に至るまでを振り返ろう。
聞いてくれるか?
何の理由があってかはともかく、僕達四人はこの建物にやって来た。
建物の外観は、少し古めの地区会館みたいな感じだった。
内装は、学校と温泉旅館を足したような感じだ。変だろ?
それで、僕達は、学校の昇降口のような所から建物に入って…
多分、それが昼頃の事かな。
何故かそこから少し、記憶が飛んで…うん、憶えていないんだ。何も。
夕方の話。
ええと確か、僕達はロッカーに隠れていた。
灰色の、学校にあるようなの。そうそう、生徒一人に一つ割り当てられるやつね。
そのロッカー鍵付きだったんだけど、その時鍵は掛かってなくて、頑張れば人一人入れる位の広さがあった。
僕らは突然、目の血走った、訳わからない男に追いかけられたんだ。
長い廊下を逃げ続けて、ゼェゼェ言いながら廊下の角を曲がって、丁度ロッカーが四つあったから、身体を丸めて、ガタガタいわせながら隠れた。
もう、とにかく必死で、心臓はバクバクいってた。
お調子者は扉が閉まらなかったな。ガタイいいから。
そんなんだから、すぐに見つかった。
ロッカーの右上に開いている斜線状の穴から、真っ赤に充血した男の目が見えた時は、文字通り背筋が凍ったよ。
それで、四人揃って捕まった。
僕達を追いかけてきたのは、その男一人だけだったんだけど、何故だか勝てる気も逃げれる気もしなかった。
顔が凄い真っ赤で、悪鬼みたいな表情でさー。
ホラーゲームとかで見る化け物じみてて、ヤバイ、殺される!って、本気で思った。
え?男はどんな奴だったかって?
あいつは確か、黒いスーツ着てたな。着崩したりはしてなかった。
それで、眼鏡かけて、髪は七三?に分けて、ワックスか何かでガッチリ固めてた。
何処にでも居るお堅いリーマン風なんだけどね、あー、本当もう、とにかく顔が異常なんだ。
それで、話を戻すと。
捕まった僕達は、一本の白い縄?みたいなので手を縛られて、男に連れて歩かされた。
学校っぽい廊下の窓から、夕日が差し込んでいた。
その中を、真っ青になりながら僕らと男で歩いていって、廊下の突き当たり左だったかな、そこに体育館があったんだ。
んで、中から怒号が聞こえるし、うわぁ、入りたくないなぁ…なんて思ってたんだけど、案の定中に連れてかれてね。
体育館の中では、スーツの男に似た顔をした奴らが、訓練らしき事をしてたんだ。
そいつらは大抵、カーキ色の軍服?を着てて…あぁ、黒いのを着てる奴もいたな。
多分、偉い奴だと思うんだけど。
で、黒い服着てるのは大概、紺の革張りのパイプ椅子に座ってた。
まぁ、カーキも黒服も、人殺しそうな目してるとこは変わらなかったね。
僕達を捕まえた男は、黒服の所に行って何かを話してた。
その間僕ら四人は体育館の端っこに正座させられて、訓練?を見てた。
何か、赤い旗持った奴らと、薄ピンクのシリコン製の棍?を持った奴らが何人かずついて、それぞれ三角形状に並んでるの。
赤旗集団が体育館の後ろから、薄ピンク棍集団が前から、三人ずつ行進してって、それぞれすれ違う瞬間にピタッと止まるんだ。
六人で平行四辺形を作る感じ。
伝わるかな?
で、一瞬止まったら行進を再開して、次の三人とすれ違う時にまたピタッ。
これで体育館の端から端まで行く。
室内はそんなに広くないんだけどね。
この繰り返し。
その横では、上半身だけ半袖シャツに着替えた別の奴らが、教官?みたいのに怒鳴られながら汗だくで叫んだり筋トレしたりしてた。
でも、こっちはよく見てないな。まあ、一昔前の体育会系を想像して貰えれば、大体合ってると思うよ。
で、暫く、ボーッとしながら訓練見てたんだけど、スーツ男…うん、僕達を捕まえた奴ね、が、話が終わったらしくて、また僕らの方に来たんだ。
「来て下さい」って、こっちを睨みつけてきてさ、また僕達を繋いでる縄を引っ張って、どっかに連れてったんだ。
もう、四人とも無言で、ヒヤヒヤしながらついて行った。どうか神様、まともな場所でありますように、ってね。
体育館の、僕らが入ってきた入り口の奥に、もう一個出入り口があって、僕達はそこから出た。
そしたら、驚く事に、建物の雰囲気がガラッと変わってね。
…温泉旅館みたいになってたんだ。
照明も薄暗く抑えられて、衝立とかも置かれててさ。
紫っぽい光に照らされて、柱は黒檀でも使ってたのかな。
かなり高級感があったと思う。
まあ、こっちはそれどころじゃなかったんだけど。
でも、旅館棟?に入った途端、いやーな臭いがしてね。
何となく予想はつくでしょ?ホラーで悪臭、っていったら、一つお決まりのパターンがあるもんね?
けど全く、その通りなんだ。
えーっと、だ。
旅館棟に入ってすぐの所に、大部屋があった。
僕達から見て、右側だ。
大部屋の襖はでかでかと開けられていて、そっから臭ってきた。
はっきり言うと、腐臭だ。
しかも、かなりきつい。
もう、全員顔真っ青。何が腐っているんだ?ああどうか、魚か何かでありますように。
…まともな神経の人間なら当たり前だよね?
まあ、スーツ男はまともじゃなかったみたいだけど。
彼は、「入って下さい」って、さも当然のように言ってのけた。
言った後で、スッ、て開いた襖の奥を指してね。
僕らは、本当に、ほんっとに嫌だったんだけど、入らざるを得なかった。
ゲームとかで言うところのフラグが、ビンビンに立ってたからねー。
何でそんなに平気そうなのかって?…あは、これでもね、全然平気じゃないんだよ。
で、入ってすぐ、右側の足元に布団が敷いてあった。
それで、布団には半ば白骨化した死体が寝てた。
叫びたかったけど、声にならなかった。
鮮明に覚えてるよ。
まだ、頭蓋骨の上にまばらに髪の毛がくっついててさ。んー、髪は、結構長かったな。
それで、檜皮色の浴衣着てた。
胸から下は掛け布団、かなりの煎餅布団ーーで、隠されてて、見えなかった。
勿論、わざわざ捲くって見ようとは思わなかったけどね。
腕は、布団からはみ出て、投げ出されてて。
薄茶色の肉が所々残ってた。
何というか、怨嗟のオーラが凄かったね。こう、「生かして帰さない」っていう意志が立ち上ってきてるというか。
そこまで来ると、皆、真っ青を通り越して真っ白になってた。
…僕も含めてね。
ツインテールなんかは、今にも倒れそうだった。
まあ、グロテスクな死体ばっかじゃなかったし、意外な事に、生身の人間も何人か居た。
例外なく眠ってたけれど。結局、僕らがいる間は誰一人として起きなかったし。
で、だ。
男に連れられて、僕らは大部屋の真ん中らへんまで来た。
修学旅行とかで、見た事あるだろ。
大部屋同士を仕切る襖。あれがあるらへん。
僕達が行った時、襖は取っ払われてて、柱とか桟しかなかったけども。
その柱の手前に、女の人が寝ててね。
長めの黒髪で、正面から見て左側の口元に黒子があったな。うん、中々色っぽい女だった。
それからええと…青と白の、縦縞の浴衣着てた。
スーツ男は、僕らの縄を一旦解いてから、その女性を指差して、文学少女を呼んだ。
確か「この女性を、解体して下さい」って、言ってたな。
で、文学少女に手斧を渡してた。
うん、手斧。刃の部分が石っぽい材質で、持ち手に滑り止めのゴムが巻いてあった。多分、手製じゃない?ぱっと見だけど…
多分、上手く解体出来たら見逃してやる、とか、仲間に加えてやる、って事だと思うんだけどね。
手斧渡された文学少女は、首を横にブンブン振って拒否してた。
そりゃそうだよね。普通の人は、人なんて殺せないよ。スーツ男は違ったみたいだけど。
僕だって最初拒否した。
…え?あれ、そうだっけ?
あー…ま、いっか。それじゃ、続けるよ。
えーと、でも、解体しなければお前を殺す、とでも言われたのか、彼女は少し経ってから、覚悟を決めたように、女性の傍にしゃがみ込んだ。
だけど、そのまま一向に動く気配はなくてね。
手斧の刃を女性の左肩に当てたまま、座り込んでしまった。
手元はブルブル震えてて、顔色も青白くって。
弱々しく首を振っては、やっぱり無理、なんて小声で呟いてた。
え?僕はどうしてたかって?
…情けない事に、腰が抜けちゃってね。
ツインテールと二人、間仕切りの柱に背中をくっつけて、ズルズルへたり込んでたのさ。
お調子者だけは、正座して、文学少女の側にいた。
彼女を勇気づけようと、頑張ってるのだけは雰囲気で伝わってきた。
何というか、気迫?が凄かったもん。きっと彼女の事が好きだったんだね。
そのままの状態で、何分か経った頃かな。
スーツ男が、おもむろに文学少女に近寄ってった。
皆、あっ、と思った。
文学少女が殺されてしまうんじゃ…ってね。
けど、意外にも男が彼女に攻撃する素振りはなかった。
それどころか、文学少女の震える手に自分の手を添えて、手伝いましょうか、なんて言ってた。口調は至極真面目で、紳士的な感じだったから、尚の事気味が悪い。
文学少女は嫌そーな伏し目で男の事をちらっと見た。
僕も大きなお世話だとは思う。
でもまあ、自分の命と引き換えには出来ないよね。
文学少女は、死にそうな声で「お願いします…」って言った。
そう言うしかないでしょ。
断ったら何されるかわかんないし…
えっと、それで。
文学少女と、スーツ男の手で、手斧はガッチリ支えられて。
で、女性の左腕の切断を開始した。
何か、鋸を使うみたいに、押したり引いたりしてた。
現実じゃなけりゃ、滑稽な光景だったろうさ。ほら、ゲームの中でもだもだしてる、雑魚ゾンビを見てるような感じだよ。
最初の方は、全然切れなくてね。
女性は、穏やかな顔でスヤスヤ寝てたのさ。
その頃になると、僕とツインテもほんの少しだけど落ち着いてきて、せめて文学少女を見守ろう、ってなった。
見守るって、何か変だね。まー、そうとしか言いようがないんだけどさ。
でも、徐々に、文学少女の腕に力が篭っていって。
段々、何かが潰れる音がし始めた。
グチュグチュって感じの、嫌な音。
どろどろって、血も出てきた。
良い意味でも、悪い意味でも、一度コツを掴むとあっという間でね。
青白の着物に滲む、血の赤はどんどん広がっていった。
音も段々、ゴキゴキ、ゴリゴリって、すり潰す感じに変わった。聞いてられなかったよ。当然だよね?人体切断演奏会なんて、悪趣味な。
それなのに、女性は時折うぅん、って呻いて、身体を捩るだけでね。明らかにおかしい。
きっと、昏睡させられてたんじゃないかな。
残酷だけど、その方が幸せだったかもね。
激痛で目を覚ましたら、片腕なくなってたなんて、余りに酷い話だろうから。
それが数分続いて。
ブチン、っと左腕が千切れた。
辺りはもう、血の海。血溜まり。血の池地獄。
文学少女は、少し泣いてた。もういいでしょ、って。顔も血の気が引いててさ、まるで蝋人形みたいだった。
本当、気の毒に。
でも、スーツ男は許してくれなくてね。
まだまだ、バラバラにするまでは駄目ですよ、なんて言うんだ。鬼畜かよ。
文学少女はもう、限界みたいだったけど、結局、解体を続ける羽目になった。
次は、左足。
途中から、彼女、泣き出しちゃってね。
僕らと男以外、皆死体か昏睡状態だから誰にも咎められなかったけれど。
うわぁぁあん、って声が、大部屋中に響いて、でも誰も助けられない。
何て言うか、こう、くるものがあるよね。
僕も、ツインテも、すっかり感化されちゃってさ。
見守ろうって決めてたけど、左足から血が噴き出た辺りで、また見続けるのが辛くなってきた。
それで、顔を覆い隠して、後ずさった。僕達は文学少女と違って、目を逸らす事が許された立場だったからね。………?
一歩退がる毎に視界が滲んで、やがて桟に足引っ掛けて尻餅をついた。
ほんとに、惨たらしい…今も目の前にあるみたいだ!あぁ、思い出したくもない地獄絵図だったよ。
ひとまとまりで覚えているのはここまで。
そこからは、意識が途切れたりして、あやふやなんだ。ごめん。
えっと、それで…
次に思い出せるのは、文学少女が女性の目玉を抉っているところ。
女性は、最早原型を留めていなくって。
彼女の手は血塗れで、とても正気とは思えない顔をしていた。目の焦点が合ってないっていうのかな?そう、正にスーツ男みたいな顔さ。
お調子者は…どうしてたっけなぁ…
今はもういない事しか、分からない。
あと、大部屋の外、廊下の端の方から、宅配業者らしき声がしたな…
多分、奴らに捕まっている、と、思う。あれはもしかして、僕達だったのかな?
ちょっと、何時の事だかは思い出せないけれど…
それから、それから…
一瞬、意識が飛んで、そして…
あぁ、そうだ!スーツ男が、何か言ってたな。ちょっと思い出してみるね……
「…し……!」
…駄目だ、ノイズが酷い。
それで、そうだ。
僕は、ツインテールに。
ツインテールは、僕に。
飛びかかって…そして。
僕は、彼女の顔をひきさいた。
めをえぐりだして、それから…◆◇◆
また、意識が混ざる…
あぁあ、駄目だ!頭の中ぐっちゃぐちゃ!あは、赤い、赤いなぁ!!…待って、待って。
コホン。
ええと…嗚呼、そうだ。
次に意識が浮上した時、僕の目の前にあったのは…
大部屋の入り口の、白骨遺体のような姿になった、スーツ男の姿だった。
土下座するように蹲った男の、ボロ切れみたいになったスーツ。顔の肉は、綺麗に半分消し飛んで、皮膚が残った半分も、火傷みたいに爛れていた。
何故だ?何故、そんな事に。分からない。
ただ、その時はまだ、スーツ男は生きていた。血塗れの喉元から食道?をプラプラさせて…
生きて、ヒュウヒュウと、掠れた声で、何かを言っていた。
「…を…べ…た……、…は………ない」
何と、言っていたんだ?それも、分からない。
その直後、スーツ男だったものは、旅館棟の畳の上に倒れこんで…
二度と動かなかった。
辺りは、来た時よりも暗く。
もう、夜になっていた。
他の三人は何処に行ったのだろう、だとか。
不可解な事ばかりを残して…
ぁあ、う。
あア、身体が、とても熱い。
それで、僕は、僕ハ…
キがついたら。
あのたてもののやつらとどうるいになっテいたんだ。
…………。
へっ?何か変?
あー、ごめんごめん。何でもないよ…
うん、何でも…
大丈夫、本当、大丈夫だから。
それで、この話の結末は、って?
えっと、ね。
意識が戻った後、僕は、あの恐ろしい建物から、ようやく脱出出来たんだ。
端的に言うと、それだけ。
あの後、恐る恐る体育館に行ってみたら、誰も居なくてさ。
訓練中のカーキ服も、教官ぽい黒服も。
で、僕の正面に、体育館の反対側の壁だね、小さい、裏口らしき扉が見えたんだ。
スーツ男に連れられてた時は、黒服の体で見えなかったんだよ。
その扉を開けてみたら、幸運にも外に繋がっていたんだ!
そこから逃げて、今に至るって訳。
大した話じゃなくてごめんね?