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ロミジュリ

 舎人其の二さんってば、語り始めてしまったのですね。

 ぼっちゃんと二条の后、藤原の高子(たかいこ)さまとの禁じられた恋のお話を。


 こんにちはみなさん、舎人一号です。


 ときどき「業平なんて、高子から見れば十七歳も年上のおじさんじゃん?」という意見を聞くのですけど、みなさんちょっと考えてみて下さい。

 あなたの周りにいるごくごく一般的な高校生と、あなたが日本一イケメンセクシーと思う三十代タレント。どちらが魅力的です?

 ぼっちゃんはあの時代、当代きってのプレイボーイだったのですよ? 今で言えば抱かれたい男◯年連続ナンバーワン! というような人だと思って下さい。

 そのうえ細かいことにはこだわらないおおらかなお人柄!

(……こだわる人なら、高子様に手は出さないでしょうけどね。)


 いっぽう、ぼっちゃんの数多い恋のお相手の中でも、もしかしたら特別な場所にいらしたのではないかと思われるお方が、後に二条の后と呼ばれることになる、藤原高子ふじわらのたかいこ様です。あ、こうしさま、と読んでもよいのですよ。

 で、この高子様。絶世の美少女だと有名なお方なのです。

 ステージ上で踊る可愛らしい高子ちゃんを見て、いい年の男どもがバタバタと倒れたという伝説まであるんです。

 そのうえ、ちまたの噂ではですね、高子様は外見よりも、その心根のお優しさこそが最も優れた点だなどといわれていらっしゃるのですよ。

 見た目でなく心まで美しい方なんて、なかなかいらっしゃいませんよね。


 抱かれたい男ナンバーワンと国民的美少女の恋。


 週刊誌が騒がないわけがありましょうか? いや! ない!


 しかしなのです。その美少女は、天皇の后になるべく伯母の順子様(五条の后さま)のもとで、大切に大切に育てられた、藤原家掌中の珠。

 藤原としては、反藤原の輩にちやほやともてはやされているぼっちゃんなんかに、おめおめとかっさらわれるわけにはいきません。(あー。ぼっちゃん、すいません、すいません。僕がそう思ってるわけじゃないんですからね?)

 えー、そ、そうです! 二人は決して許されることのない、平安のロミオとジュリエットだったのです。

 なにしろ高子様は、藤原家が摂関政治を盤石にするための、切り札だったのですから。


 それなのに、ぼっちゃんときたら、三日と空けずに高子ちゃんのもとへ通いつめました。

 もちろん歓迎されるわけなんてありませんからね、正面からお屋敷に入れるわけなどありません。

 ただ、とにかく大きなお屋敷なわけで、土塀の崩れているところなんかもあるわけです……。


「いいところ見つけちゃったな。ここからなら、家の者に見つからないで高子に会いに行くことができるね」


 なんて。

 ぼっちゃん。

 でもね。

 ……。


 いくら隠れて通っているとはいえ、それが頻繁に続くとなれば、気づかれないわけがないじゃありませんか!

 いくらなんでも、やりすぎですぼっちゃん。


 その日も、高子様のもとへこっそり訪れようとして五条へ出向いたぼっちゃんでしたが、いつも使っていた崩れた土塀の前には、なんと見張りが立っているではありませんか。


 はい。気づかれてしまったわけですね。


 ぼっちゃんは、深い溜息をつくと一首。


「人目を忍んで私がこっそりと通う路の関守は、夜毎、少しでもうたた寝してくれたらいいのになあ」

(人知れぬわが通い路の関守は宵々ごとにうちも寝ななむ)


 なんて、ぽろっと歌われました。

 

 なんてことでしょう。ぼっちゃん。すっげーそのまんまじゃん? ほんとにぼっちゃんの詠んだ歌か!? と、思わず疑いたくなるような出来です。歌すらも気が抜けてしまった様子です。

 こんな歌を歌ったなんて知れたら、百年の恋も冷めるのでは? と、心配した僕たちでしたけど、杞憂というものでした。


 そんな事態になっていると知った高子様は、大変なお嘆きようで、ついには心を病んでしまわれたのだそうです。

 誰にも会わない。何も食べない。もぬけの殻のようになってしまったのだとか。

 そんな高子様の様子を見た、館の主でもある順子様は、土塀に見張りをたたせるのをやめさせました。

 つまり、ぼっちゃんが高子様のもとに通うことを、暗に認めたわけですね。




 今日も僕たちは、牛車でぼっちゃんを見送ります。

 誰も見張りのいない土塀の前で、僕はぼっちゃんに言いました。


「今度ばかりは寿命が縮みましたよ。藤原様に突き出されても文句はいえませんでしたよ」って。


 お屋敷の中へと入っていこうとしていたぼっちゃんが、こちらを振り返ります。

 濃紺の空に、ぼっちゃんの横顔がうっすらと浮かびました。

 ぼっちゃんの切れ長の目が、僕をとらえます。


 い、色っぽい……。さすが、ぼっちゃん。男の僕でも、クラクラします。


「その心配はないよ」


 ぼっちゃんは、立てた人差し指をそっと、自分の口にあてました。


「高子はね、今でも藤原良房の大事な手駒なのさ。それが、在原の五男のお手つきになっただなんて、世間に知られるわけにはいかないだろう?」


 坊っちゃんの口元に、笑みが浮かびました。

 そうして僕に背を向けると、壊れた土塀から屋敷の中へと消えていってしまわれました。


 夜の帳が、立ち尽くす僕をすっぽりと包みます。風が吹いたからなのでしょうか。ぞわぞわっと毛が逆立って、僕はぶるりと身を震わせたのでした。


 

伊勢物語第五段「わが通い路」より

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