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めちゃくちゃとんがってるんだよね、うちのぼっちゃん

  読者のみなさん、はじめまして。

 僕は、とある平安貴族のぼっちゃんの舎人(とねり)を務めております『舎人一号(とねりいちごう)』ということでよろしくお願いいたします。


 舎人一号……ふむ。なんだかカッコイイですね。気に入りましたよ。


 舎人という言葉を、みなさんはご存知でしょうか?

 ええっとですね。舎人という言葉にはかなり広い意味があるんですけど、僕の場合は貴族の召使いです。そうですね、未来で流行っているらしい「執事」みたいなものとでも思ってもらえると、想像がつきやすいかと思います。


 そして、今読んでいただいているこのお話は、僕たち舎人が未来のみなさんへ向けて書き残した日誌の一部なのです。

 僕たちの書いた文章を、未来のみなさんに読んでもらえるなんて光栄です。少しでも、僕たちの生きた平安初期の雰囲気がお伝えできるように、頑張って日誌を付けますね。




 さて、本日は僕が仕えているぼっちゃんが元服して間もないころのお話を書き残そうと思います。

 元服というのは、昔の成人式のようなものでしょうか。ただ、元服する年齢はだいたい十五歳頃なのですけど。

 私たちのいた平安時代では元服を済ませれば、大人として認められました。未来でも、立志式、などという名前でお祝いをしたりすることもあるようですね。僕たちの時代とは意味合いが随分違うようですけれどね。


「十五なんてまだまだお子様ね」


 などと思っているのではありませんか?

 いえいえみなさん、十五歳とはいえ、ウチのぼっちゃんを侮ってはいけませんよ。

 僕も、初めてお会いしたときなんか、びっくりしたんですから。

 なににですって? えっとですね……お美しいのです。ウチのぼっちゃん。男の僕でも見惚れちゃうほどのイケメンなんですよ。目なんか切れ長で、とても十五歳のお子様の目つきとは思えないのです。見つめられたらころっといきそうです。それに、とても歌がお上手で、頭の回転も早いと感じました。もう、ぼっちゃんになら、抱かれてもいいかな? なあぁんちゃって!?

 ……こほん。ああ、失礼いたしました。


 さて、僕たちが生きた平安という世は「雅」であるということがとってもとっても大切だったんですけど、ぼっちゃんの「雅」という感覚は、なかなかにクレイジーなものでした。

 あ! これ、いい意味ですよ。ちょっと紙一重であったのは確かなんですけどね。でも確かにウチのぼっちゃんは、最先端な「雅」の感覚を持っていらっしゃったのです。普通の人がやったら、もしかしたら残念になってしまうかもしれないような風流なる振る舞いを、さらりとこなすことができるお方。ウチのぼっちゃんは、そんなお方でした。


 ここに書き残しますお話もにも、ぼっちゃんの「いちはやきみやび(普通の雅の概念をぶち壊すようなとんがった雅)」っぷりが、いかんなく発揮されてます。


 あれは、ぼっちゃんが元服して、すぐのことでした。

 奈良の春日の里に所領がございまして、狩りに出かけたときのことです。

 奈良って言うと、みなさんは大仏などを思い起こされるかもしれませんね。

 では、僕らの時代での奈良のイメージとはどのようなものだったのかというと「鄙びた、かつての古い都」といった感じです。

 なんですって? わかりづらい?

 ええい、はっきり言ってしまいましょう。

 い・な・か! です。

 京に住む者にとって奈良というところは、かつては都があったんだろうけど「今じゃあすっかり田舎だよね。そんなところ」って感じです。

 そんな場所、狩りをするくらいが関の山。イカしたお姉さんなんて、いるわけない! と思っていたんです。

 ところがぼっちゃん、美人を見つけ出すセンサーがついているとしか思えない。

 見つけちゃったんですよこれが! めちゃめちゃキレイなお姉さん。しかも姉妹です。


「ふ……こういう古びた(みやこ)に美しい姉妹。このアンバランスさが雅じゃないか」


 ぼっちゃんの切れ長の双眸がきらんと光りました。

 僕たちの目的は狩りだったので、着ている服は動きやすい狩衣です。形状はかなり違いますが、未来のみなさんの服で考えるなら、ジャージみたいなもんですよ。そんな服でも様になるんですけどね、ウチのぼっちゃんは。

 ぼっちゃんってば、すっかりこの美人ムッチリーニ姉妹に夢中になってしまいまして、着ていた狩衣の裾をひきちぎり、それに歌をお書きになりました。

 平安時代は、歌こそが感情の発露! 歌にこそ本当の心、真の心が込められるわけですね。

 ちなみにその時ぼっちゃんが着ていた狩衣の生地は「しのぶずり」でした。しのぶずりというのは、陸奥の信夫郡の名産でしてね、布に草木を叩いて色を付けた生地のことです。乱れ模様が特徴なんですよ。

 その生地にぼっちゃんはこう書きました。


「春日野の若紫のようなあなた方姉妹。お二人をお見かけしてからというもの、私の心はこのしのぶずりの模様のように、千々に乱れ続けているのですよ……」

(春日野の若紫のすりごろも しのぶの乱れかぎりしられず )


 と、こんな具合です。しかもぼっちゃんときたら、どちらか一人ではなく、お二人宛に送ったのです!

 男の僕ですら見惚れるイケメン(しかもかなり位の高い貴族です)に、こんな文をもらった姉妹は、いちころでございましたよ。


 まあ僕たち舎人は、ぼっちゃんがこの姉妹のお宅から帰ってらっしゃるまでその場で待機でしたけどね。

 動物を狩りに来たはずが、仕留めなさったのは大きな乳の美人姉妹という、これから先のぼっちゃんが思いやられるような、尖った一夜でございました。


伊勢物語第一段「初冠」より。


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