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2017年/短編まとめ

酷く甘ったれな微温湯に浸かる関係

作者: 文崎 美生

基本的に、どんなに疲れていても眠くても、お風呂にだけは入ってから眠る。

例え、ご飯を食べなくてもお風呂には入る。

お湯で温めたタオルを瞼に乗せて、浴槽の縁に後頭部を乗せながら船を漕ぐ。


熱過ぎなくて、冷た過ぎない、微温湯とも言えるお湯に浸かりながら、微睡むのは気持ちが良い。

船を漕ぐ、とは言ったが、入浴中に起きるこのような現象は睡眠ではなく、失神、気絶と言う。

温かいお湯で血管が拡張し、血圧が下がる。

当然、脳への血流も下がり、立ちくらみのような状況に陥り、気を失う、というメカニズムだ。


メカニズムが分かったところで、眠いものは眠くて、瞼が重いものは重い。

細く長い息を吐き出しながら、指を組んでお腹の辺に置いた。

年間でも、優に一万を超える人が入浴中に亡くなるらしい。

その原因がこれかと思うと、何とも言えない気分になるのだが、自分がそれで死ぬと情けない気分になるだろう。


しかし、そんなことは、それこそ死んだって起きないのだと、自信を持って言える。

うつらうつら、既に微睡みの沼へと足を突っ込み、天井を見上げる形のせいで口まで半開きになった所で、ノックも声掛けもなしに、浴室と脱衣所を繋ぐ扉が開かれた。


「湯船の中で寝るなって何回言えば分かんだ!!」


ガチャリという扉が開く音を掻き消すような怒鳴り声が、浴室に響き渡る。

本当に良く響き、鼓膜が揺れて、キーンッとした。

痛い、煩い、ほんの少し眠気が飛んだ。

しかし、これがあるからこそ、入浴中に溺れ死ぬことがないのだと思う。


瞼の上に乗せてあったタオルを、自分の手で取り除き、重い瞼をこじ開ける。

首を起こして、扉の方を見れば顔を歪めた幼馴染みがいて、今日はちょっと来るのが早い。


「寝てないよ」


「寝てただろ、目が半開きだ」


フルフルと首を横に振ってみたが、当然納得してくれるはずもない。

常習犯だろ、と言わんばかりに目を眇めている。

靴下を脱ぎ、浴室まで入ってくる当たり、酷く過保護に思えるのだが、世の幼馴染みは皆こんなもののんだろうか。


瞼に乗せていたタオルを奪われながら考える。

濡れた前髪を掻き上げるように撫で付ける幼馴染みの手は、骨張っていて大きい。

つい頭を擦り寄せてしまう心地良さだ。


先日にも、こうして撫でられた気がするのは気のせいではない。

別の、女の子の幼馴染みが、そうして撫でてくれたのだが、あの日は、お風呂に入っていたと言うよりは、お風呂に沈んでいたのだが。

その話は割愛だ。


「兎に角、上がっとけ。と言うか、眠い時には湯船に入るなって何回言わせんだ」


タオルを浴室から脱衣カゴへと投げ入れながら言われて、うーん、と生返事を返す。

お風呂に入ることは、湯船に浸かることなので、なかなかシャワーのみで済ませられない。

一応、湯船には入ったので、今日は早めに上がることにして、浴槽の縁に手を掛ける。

よっこいしょ、と呟きながら立ったところで、ぎょっと目を剥いた幼馴染みが視界の端に映った。


「……これもいつも言ってるけど、俺がいるのに上がろうとするの止めろ」


中腰状態のままそんな言葉を聞くが、問答無用で立ち上がる。

溜息を吐き、更には頭を抱えた幼馴染みは「この前は、ちゃんと出た後に上がったんだろうが……」と呟いているが、まぁ、そうだ。

この前とは、先日の湯船に沈んでいた日を指すのだと思う。

寧ろ、それしか思い当たるものがない。


女の子の幼馴染みだったが、彼女が浴室から出て行った後に、のんびりと上がり、のんびりと髪を乾かしたりしたものだ。

しかし、今は、男の子の幼馴染みの目の前で、湯船から立ち上がっている。

「痴女かよ」なんて突っ込みが聞こえるが、非常に心外であるし、風評被害もいいところだ。


「別に、オミくんに見られるくらい平気」


ぺったりと背中に張り付く髪の毛を手に取り、ぎゅうっと絞ってみる。

バタタタッと音を立てて湯船の中に沈んでいく。

男の子の幼馴染み――オミくんは、心底嫌そうな顔をして、こちらを見ようともしない。

そのくせ口を開き「逆だろ、普通」と言う。


「いやいや。(アヤ)ちゃんみたいな、ナイスバディーにこんな貧相な体は見せられませんって」


ケタケタと笑い声を上げながら言ってみるが、返答は溜息一つである。

気持ちは分かるが、理解はしてやらない。

実際、冗談抜きでそう思っているのだから、訂正なんて絶対にしてやらないのだ。


先日は女の子の幼馴染み――文ちゃんで、同い年の幼馴染みなのに、これまた酷く発育が良い。

身長も高めで、細くて、それなのに程良く筋肉を身にまとっており、メリハリの付いた体付き。

同性でも、あの胸は魅力的である。

過去に「夢が詰まってるね!」とハンズアップで言ったら、今年稀に見る本気の力で殴られたのを忘れていない。


「それに、オミくんってボクの全裸見て、興奮とかするの?欲情とかしちゃうの?勃つ?」


再度、よっこいしょ、と呟きながら、浴槽から出て、濡れた手のままオミくんの背中を押す。

早く出て行ってくれ、と言う意味で、オミくんが動き出せば、それに合わせてこちらも動く。


「……罪悪感だな」


「罪悪感」


二人揃って浴室から出れば、先にオミくんが用意してあったバスタオルで足を拭う。

それ、ボクのバスタオル、なんて思っても言わない。

オミくんが足を拭ったバスタオルは、そのまま脱衣カゴに投げ入れられ、新しくタオルが用意されるのだが、大して濡れてないだろう、勿体無い。


「あれだな。成長した妹の体を偶然見たっていう、ラブコメっぽい罪悪感」


「ラブコメっぽいは要らないんじゃない?罪悪感が薄れてるよ」


新しいタオルで体を包まれて、もう一枚のタオルは頭に引っ掛けられた。

因みに、本当に罪悪感があるのかないのか、ボクの顔から視線を外さない。

体を見られることよりも、顔を見られることの方が恥ずかしいのだが。


仕方なく、タオルを手繰り寄せて体に巻き付けると、わしわしと髪の毛の水気を吸い取られる。

その間にも、顔をじっと見詰めて、穴が開くんじゃないかと言うくらい見詰めて「後、肋骨浮いてるから」と言う。

肋骨、罪悪感の時と同じようにオウム返しをして、眉を僅かに動かす。

眉間にシワが出来ない程度の、ほんの数ミリの動きだ。


「罪悪感とか言って、見てる。えっち」


真っ直ぐにオミくんを見れば、嫌そうに、それこそ、浴室に突入して来た時と同じように顔を歪めて見せる。

わしわしと動いていた手に力が込められて、頭皮が削られる勢いで動く。


「巫山戯なこと言ってるなよ、痴女」


「痴女じゃないよ」


「……前は肋骨浮いてなかったろ」


ボクの言葉はガン無視された。

軽く肩を竦めて、タオルの下の自分の体に触れてみれば、胸のサイドの下、肋骨のある部分がボコボコと存在感を示している。

確かに、浮いている、貧相な体だ。


一日に必ず一回はお風呂に入るが、食事は摂らないこともあった。

別に食べたくないわけでもなく、単純に部屋に引き篭もっていると食べるのを忘れるのだ。

作業に没頭した結果に忘れる、なんて良くある話だろう。

そのせいで、肋骨が浮き始めたことは、自分の体なので良く良く理解はしているが、食べるのを忘れてしまうのだから、仕方がない。


「オミくん、今度一緒にお風呂入ろっか」


「マジで痴女か」


髪を吹き終わったらしいオミくんは、ボクの頭の上からタオルを取り除き、やはり脱衣カゴに投げ入れる。

ジト目で見られるので、肩を竦めてみるが効果は全くと言って良い程になかった。

「沈める」なんて物騒な言葉が聞こえてきたが、それも先日聞いたような、聞いていないような。

いや、沈められそうになったんだ、確か。


「じゃあ、着替えたらご飯食べよう」


ね、とタオルから手を伸ばして、オミくんの手首を掴む。

思いの外しっかりとしており、指が周り切らなかったが、ゆるゆると上下に振る。

睡魔はすっかり消え失せているが、湯船から出ればそんなもの、あってないものなのかも知れない。

へらり、ぎこちなく笑って見せれば、オミくんも眉を下げて、同じような笑顔を作る。


「早く着替えろ、痴女」


キッチンへ向かうために背を向けたオミくんが、最後に余計な一言を付け足すので「痴女じゃないよ」とボクが言う。

それから、体を拭いて、着替えて、ドライヤーで更に髪を乾かして、ぐぅぐぅ鳴るお腹を引き連れてダイニングへ向かおうと思う。

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