第九十九話 その背中を追って
春斗のキャラが地面を蹴って、輝明のキャラとの距離を詰める。
迷いなく突っ込んできた春斗のキャラに合わせ、輝明のキャラはあえて下がらず、自身の武器である刀を振る舞った。
「ーーっ!」
刀から放たれた一撃を、上体をそらすことでかわした春斗のキャラは、視界を遮る風圧を前に短剣による反撃の手を止める。
「もらった!」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、カケルのキャラは刀を、春斗のキャラへと振りかざしてきた。
輝明のキャラと対峙していた春斗のキャラは、翻した短剣でその一撃を受け止めるも、予想以上の衝撃によろめく。
「…‥…‥くっ!」
「見るのはそちらか?」
カケルのキャラの刀は凌いだが、代わりに対峙していた輝明のキャラに受け身を取った先を狙われる。
だが、振るわれようとしていた輝明の斬撃は、割って入ってきた優香のキャラによってかろうじて防がれた。
すると、優香のキャラが体力ゲージぎりぎりの春斗のキャラの防戦に回るのを待っていたかのように、今度は、カケルのキャラが優香のキャラに刀を振りかざす。
「ーーっ」
「春斗さん!」
卓越された輝明とカケルのキャラの連携攻撃に、体力ゲージぎりぎりの春斗のキャラをかばって前衛に出た優香のキャラは、次第に体力ゲージを減らしていく。
既に、春斗とカケルのキャラは体力ゲージぎりぎりで、優香のキャラも体力ゲージが一割を切っているのにも関わらず、輝明のキャラはまだ、半分ほどしか減っていない。
しかし、春斗は優香のサポートを得ながら、起死回生の気合を込めて、カケルのキャラに必殺の連携技を発動させる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ!?」
優香のキャラの援護を得て、真正面から一人で挑んできた春斗のキャラに、カケルは目の色を変えた。
春斗とカケル。
互いにかすりさえすれば、それで体力ゲージを散らせる状況で繰り出した技にしては、明らかにオーバーキルの技だ。
それでも、春斗は容赦しなかった。
『ラ・ピュセル』のチームリーダーである春斗が、ここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技。
技そのものどころか、かすりでもすれば終わりの攻撃。
観客達がバトルの終わりを予測したその必殺の連携技を、割って入ってきた元最強チームであるチームリーダーはわずかにダメージを受けながらも正面から弾き、避け、そして相殺して凌ぎきった。
「‥…‥くっ」
ーー凌がれた。
ーーだけど、まだ、チームとしては負けてはいない。
連携技を使うまでもなく、輝明のキャラに再び、必殺の連携技を凌ぎきられながらもーー春斗は何かを見定めるために息を吐く。
元より、春斗のキャラの三度目の必殺の連携技は見せ技。
春斗のーー春斗達の本当の狙いは、別にある。
「優香、今だ!」
直前の動揺を残らず吹き飛ばして、春斗は叫ぶ。
「はい、春斗さん!」
春斗の声に応えるように、優香はとっておきの技をカケルのキャラに合わせる。
『ーーメイス・フレイム!!』
優香のーー春斗達の起死回生の必殺の連携技が放たれる。
「ーー!」
音もなく放たれた一閃が、メイスを押しとどめようとしていた刀ごと、カケルの操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らしたカケルのキャラは、ゆっくりと優香のキャラの足元へと倒れ伏す。
「くっ…‥…‥」
「…‥…‥カケル、心配するな。さっさと済ませる」
悔しげに歯噛みするカケルをよそに、輝明のキャラは静かな声とともに戦闘に加わってくる。
必殺の連携技を発動させた反動で、硬直状態に入ってしまった優香のキャラは、輝明のキャラの連撃によってあっさりと吹き飛ばされてしまう。
輝明のキャラがさらに追撃を入れようと踏み込んだところで、硬直状態が解除されたことに気づいた優香は輝明のキャラに一撃を放とうとする。
だが、苦し紛れに繰り出した優香の反撃は、ぎりぎりのところで、輝明のキャラに回避されてしまう。
「…‥…‥っ」
次の瞬間、優香は息をのんだ。
対峙していたはずの輝明のキャラが、自身のキャラに対して、大上段から刀を振り落とす姿を目の当たりにしたからだ。
カウンターのカウンター。
体勢を立て直し、大上段から振り下ろされた輝明のキャラの一閃が、わずかに残っていた優香のキャラの体力ゲージを根こそぎ刈り取った。
体力ゲージを散らした優香のキャラは、ゆっくりと輝明のキャラの足元へと倒れ伏す。
「後は、春斗だけだなーーっ」
春斗のキャラも同様に打ち払おうと一歩踏み込んだ輝明のキャラは、瞬間の違和感に急制動をかける。
その直後、輝明のキャラの前まで迫ってきていたーー硬直状態が解除された春斗のキャラが斬撃を斬り込んできた。
「優香、後は任せてくれよな!」
間一髪で直撃を避けた輝明は、そこにいた春斗のキャラを見て驚愕する。
「なっーー」
輝明が驚きを口にしようとした瞬間、春斗は輝明のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ」
しかし、必殺の連携技の発動と同時に『短剣』を投げた春斗のキャラの奇襲を前にして、輝明は体力ゲージぎりぎりのダメージを受けながらも正面から弾き、避け、そして相殺して凌ぎきる。
「くっ!」
『竜牙無双斬!!』
誰が見ても完全なタイミングでのカウンター技は、硬直状態の春斗のキャラを貫かんとしてーー刹那、輝明は春斗が目を見開いたまま、頬を緩めたことに気づいた。
そこにいるのは、負けることを目前にしたプレイヤーではない。
どんな状況からでも諦めない『ラ・ピュセル』のチームリーダーだった。
「ーーなっ!?」
そこで、輝明は何故、春斗が必殺の連携技の発動と同時に短剣を投げたのかーーその思惑に気づいた。
いつの間にか、春斗のキャラの投げた短剣が、輝明のキャラへと迫ってきている。
フィールドに点在している曲がりくねった巨木に当てた反動を利用して、春斗は自身の武器を跳ね返したのだ。
必殺の連携技による特大ダメージエフェクトと、硬直状態に生じた短剣のダメージ。
互いに致命的なダメージを受けて体力ゲージを散らした春斗と輝明のキャラは、ゆっくりとその場に倒れ伏す。
『YOU DRAW』
システム音声がそう告げるとともに、引き分けによる判定結果待ちが表示される。
「ーーっ」
またしても想定外の展開に、観客達は残らず静まりかえる。
次いでリザルト画面に移行し、春斗と輝明のキャラ、双方の体力ゲージのどちらが早く削り取られたのかをシステムが調べ始めた。
そして、判定の結果、同時にダメージを受けたと判断されて、『ラ・ピュセル』と『クライン・ラビリンス』の引き分けが宣告させる。
「つ、ついに決着だ!なんと、今回は引き分けという予想外な結果だ!!」
「なっ!?」
場をとりなす実況の声を背景に、コントローラーを落とした春斗は愕然とした表情で前を見据える。
「よって、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦は、『ラ・ピュセル』と『クライン・ラビリンス』のダブル優勝だ!!」
「おおっ、『クライン・ラビリンス』、やっぱり、つええええ!!」
「あの阿南輝明さんを倒すなんて、『ラ・ピュセル』、すごいな!」
興奮さめやらない実況がそう告げると、一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
引き分けーー。
春斗は噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
同時にフル回転していた思考がゆるみ、強ばっていた全身から力がぬけていく。
まさに、熱くなった身体に冷や水をかけられた気分だった。
今回は、輝明さんのもう一つの必殺の連携技を見ることができなかったな。
だけど、準決勝での今生達、『ゼノグラシア』と輝明さん達、『クライン・ラビリンス』の対戦。
今生がフィールドの特性を生かして輝明さんに一矢報いたあのバトルシーンを見て、今回の戦法を思い付いたんだよなーー。
モニター画面を睨みつけながら、春斗は不意に不思議な感慨に襲われているのを感じていた。
春斗達、『ラ・ピュセル』と輝明達、『クライン・ラビリンス』の四度目の対戦。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の決勝戦を舞台にしたその勝敗は、春斗達の予想を越えた結果に決した。
やっぱり、阿南輝明さん達はーー『クライン・ラビリンス』は強い。
ーーだけど、その強さは、あの布施尚之さん、そして、玄とは違う強さだ。
玄達、『ラグナロック』に二度も負けていながら、『クライン・ラビリンス』がなお、『最強のチーム』だと言われている。
その答えがこれだ。
あの最強クラスの必殺の連携技を一度だけとはいえ、使用することが出来る上、一対一の戦いにも、複数のチームと同時に戦う乱戦状態の中でも、輝明は遺憾なくその強さを発揮した。
まさに、オールラウンドの強さに、春斗は驚愕の眼差しを送る。
そして、かって優香が告げたとおり、『クライン・ラビリンス』は可もなく、不可もなく、確実に勝利していくチームだ。
不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、まじまじと輝明達を見つめていた春斗をよそに、輝明は不満そうにつぶやいた。
「春斗、そして『ラ・ピュセル』。僕達にここまでダメージを与えたこと、その気迫だけは認める」
「気迫?」
「どんな状況からでも諦めないのが、おまえ達、『ラ・ピュセル』の強さだろう」
刺すような輝明の指摘に、春斗は思わず唖然とした。
「輝明、『ラ・ピュセル』に、かなり手酷くやられている」
「うるさい!」
苛立ちの混じった輝明の声にも、花菜は淡々と表情一つ変えずに言う。
そこで、花菜は小首を傾げると、ふっとあかりに視線を向けた。
「あかり、次は負けない」
「ああ」
不意に話を振られたあかりは、きっぱりとそう告げる。
そんなあかりのリアクションに、カケルの隣に立っていた当夜はため息をつくと、不服そうにこう言った。
「…‥…‥りこ。次に戦う時は、余計な真似はさせない。今度こそ、徹底的に叩き潰す」
「今度、戦う時は引き分けじゃなくて、りこ達、『ラ・ピュセル』が勝つからね!」
察しろと言わんばかりの眼差しを突き刺してきた当夜に、りこは真剣な表情で告げる。
りこがいつものように片手を掲げて、嬉々とした表情で話すのを見て、優香は思わず、苦笑してしまう。
「次は負けません!」
「いや、次は俺達、『クライン・ラビリンス』が勝ってみせる!」
優香の決意に応えるように、カケルは両手を握りしめ、一息に言い切る。
春斗はそんな三人に苦笑すると、ため息とともにこう切り出した。
「今度は、俺達がーーいや、『ラ・ピュセル』が優勝してみせる!」
「…‥…‥なら、全てを覆すだけだ」
いつもの言葉を残して、輝明は踵を返すと、チームメイト達とともにその場から立ち去っていったのだった。




