第九十六話 最強のチームを目指して④
「何だ、あのチーム!!」
「すげえー!!元プロゲーマーのチームに勝つなんて!!」
「う、嘘だろう!?一介のチームに、俺達があっさり負けるなんて…‥…‥」
一拍遅れて爆発する観客のリアクションを尻目に、元プロゲーマー達が愕然とした表情で膝をついた。
「すごいな…‥…‥」
まさに、熱くなった身体に冷や水をかけられた気分だった。
モニター画面を睨みつけながら、当夜は不意に不思議な感慨に襲われているのを感じていた。
ーーやっぱり、輝明は強いな。
ーーだけど、その強さは、あの布施尚之や黒峯玄とは違う強さだ。
布施尚之が一対一の戦いで実力を発揮するのなら、黒峯玄は複数の相手と同時に戦うチーム戦に特化していると言えるかもしれない。
なら、輝明はどうなのか?
その答えがこれだ。
一対一の戦いにも、複数のチームと同時に戦う乱戦状態の中でも、輝明は遺憾なくその強さを発揮した。
まさに、オールラウンドの強さに、当夜は驚嘆の眼差しを送る。
「当夜」
驚愕する当夜と元プロゲーマー達をよそに、淡々と言葉を紡ぐ花菜は、髪をかきあげて決定的な事実を口にした。
「輝明、帰ろうとしている」
「なっ!」
鋭く声を飛ばした当夜に、花菜は冷静に目を細めて続ける。
「追いかけるのなら、今のうち」
それとなく視線を逸らした花菜は、まるで照れているかのように俯いた。
花菜に指摘されたことによって、当夜はようやく輝明がゲームセンターから出ていこうとしていることに気づいた。
「よし、姉さん、優希。急いで追いかけるぞ!」
「当夜。輝明が私達のチームに入ったら、もっと仲良くなれる?」
そんな当夜の決意を嘲笑うように、優希の乗った車椅子を押していた花菜はゆっくりと告げる。
「な、なれる!仲良くなれるから、今すぐ追いかけるぞ!」
「うん」
敗北感にまみれた当夜の言葉に、花菜はいつものように淡々と頷いたのだった。
当夜の予想していたとおり、輝明を個人戦からチーム戦に移行させることはかなりの困難を極めた。
当たり前だ。
これは、自分達のチームに入ってほしいという当夜達のわがままにすぎない。
それでも、当夜達は退くわけにはいかなかった。
『クライン・ラビリンス』のチームリーダーは、この人しかいない。
そう思えるほど、当夜達はどこまでも輝明のバトルに魅せられてしまったのだからーー。
「今度こそ、『クライン・ラビリンス』が優勝してみせる」
沈みかけた思考から顔を上げ、現実につぶやいた当夜は、改めて盛り上がる周囲の様子を見渡す。
公式大会に集まった少なくはない観客達がみな、当夜達のいる決勝ステージへと注目している。
見れば、もうまもなく決勝戦の準備が終わろうとしていた。
「オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝。そのために、俺達はここまで来たんだ」
「ーーっ」
当夜の意気込みを前にして、春斗はたじろぐように眉をひそめる。
「春斗、絶対に優勝しような!」
「春斗さん、頑張りましょう」
「春斗くん、頑張ろうね」
「ああ」
あかり達の励ましに気を取り直した春斗はステージ上のモニター画面に視線を戻して、コントローラーを手に取った。
遅れて、輝明達もコントローラーを手に取って正面を見据える。
「では、レギュレーションは一本先取。最後まで残っていたチームが優勝となります」
「いずれにしても、やるしかないか」
決意のこもった春斗の言葉が、場を仕切り直した実況の言葉と重なった。
「ああ」
「はい」
「うん」
春斗の言葉にあかりと優香とりこが頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
「…‥…‥くっ」
対戦開始とともに、輝明のキャラに一気に距離を詰められた春斗は後退する間もなく無防備なまま、一撃を浴びせられる。
「春斗!」
「春斗くん!」
さらに輝明のキャラは、後方から戦闘に加わってきたあかりとりこのキャラも軽々と吹き飛ばすと、目の前の春斗のキャラが立て直す前を見計らって一振り、二振りと追撃を入れてから離れた。
しかし、春斗も負けじと勢いもそのままに半回転し、自身のキャラの武器である短剣を叩き込んだ。
しかし、電光石火の一突きは、輝明のキャラの刀にあっさりと弾かれてしまう。
「春斗くん!」
りこはそう叫ぶと、春斗のキャラの下へ再び、駆けつけようとして、こちらの行く手を阻むように大鎌を構えた花菜のキャラに眉をひそめる。
「今生りこ、私はチームのためにーー輝明のために動く。だから、対戦チームの中で、もっとも厄介な固有スキルの使い手は私の相手」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、花菜のキャラは巨大な鎌をりこのキャラに振りかざした。
「もらった!」
「ちょっーー」
「今生!」
花菜の大鎌の斬撃をアクロバットな身体さばきでどうにかいなしたりこは、背後からの当夜のキャラの連撃を、あかりの絶妙なフォローによって何とか凌ぎきる。
しかし、花菜のキャラと当夜のキャラの二人と対峙することになったあかりのキャラとりこのキャラは、手にした武器で再撃を受け止めるも、予想以上の衝撃によろめく。
「…‥…‥くっ!みやーーいや、あかり、今生!」
「見るのはそちらか?」
言葉とともに、輝明のキャラの連携技が間隙を穿つ。
瞬間の隙を突いた輝明の連携技に、ターゲットとなった春斗のキャラはダメージエフェクトを散らしながらも、ここぞとばかりに必殺の連携技を発動させる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ!」
『短剣』から持ち替えた『刀』という予想外の武器での一撃に、輝明は一瞬、目の色を変えた。
春斗の固有スキル、武器セレクト。
それは、自身の武器を一度だけ、自由に変えることができる。
『ラ・ピュセル』のチームリーダーである春斗が、ここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技。
それを、元最強チームであるチームリーダーはわずかにダメージを受けながらも正面から弾き、避け、そして相殺して凌ぎきった。
「なっーー」
春斗が驚きを口にしようとした瞬間、輝明は超反応で硬直状態に入った春斗のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放とうとした。
「春斗さん!」
「なっ!」
だが、それは春斗のキャラがその場から消えたことによって事なきを得る。
先程の違和感がある固定キャラの固有スキルであることに勘づいた輝明は、咄嗟に優香のキャラがいる方向へと振り向く。
そこには、優香のキャラが自身の武器であるメイスを構えて立っていた。
優香の固有スキル、テレポーターー。
一瞬で自身、または仲間キャラを移動させる固有スキルだ。
そのおかげで、春斗は輝明の猛攻から逃れることができたのだった。
「優香、ありがーー」
「輝明、遅くなってごめんな」
優香に感謝を述べようとした春斗は次の瞬間、息を呑む。
淡々とした声とともに、カケルのキャラが戦闘に加わってきたからだ。
「カケル、さっさと済まそう」
「春斗さん、絶対に優勝しましょう」
輝明が態度で勝ちを報告してくると、優香は真剣な眼差しで春斗を見た。
彼女らしい反応に、戸惑っていた春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべるとさらに言葉を続ける。
「ああ。今度は、俺達がーーいや、『ラ・ピュセル』が勝ってみせる!」
「…‥…‥なら、全てを覆すだけだ」
輝明の言葉に、ぐっとコントローラーを握りしめた春斗と優香は、決意したようにゲームのモニター画面をまっすぐ見つめたのだった。




