第九十三話 最強のチームを目指して①
『クライン・ラビリンス』というチームがまだ無名だった頃、当夜は後のリーダーになる輝明と出会った。
ゲームセンターで繰り広げられるバトルに、コントローラーを握りしめた当夜は途方もなく心が沸き立つのを感じていた。
「元プロゲーマーは、僕一人で倒す。当夜、花菜、おまえ達は他のチームメンバーがバトルに参戦してこないように徹底的に叩き潰してこい」
「わ、分かった」
「…‥…‥うん。後のことは、輝明に任せる」
静かな言葉に込められた有無を言わせぬ強い意思。
輝明の凛とした声に、当夜と花菜はたじろぐように退く。
「当夜、花菜、後の二人は任せた。そしてーー」
輝明の真剣な表情が、一瞬でみなぎる闘志に変わる。
「元プロゲーマー。おまえ達のチームに、僕がーー僕達が勝ってみせる!」
「くっ!」
赤い焔と紫紺の炎が、西洋風の雰囲気を全面に醸し出した巨大な宮殿の中央でぶつかる。
同時に、当夜と花菜も仕掛け、遅れて参戦してきた他のチームメンバー達のキャラと対峙した。
輝明の立ち回りに、元プロゲーマーは次第に追い詰められていく。
そこにいるのは、ただのプレイヤーではない。
どんな状況からでも決して負けない最強の剣豪。
当夜達が羨望の眼差しで見た『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で二位のプレイヤーだった。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の決勝戦。
準決勝Bブロックの観戦を終え、本選会場に戻った春斗は、優香と一緒にあかりの乗った車椅子を押しながら、足早に人込みの中を歩いていく。
やがて、会場の電子時計の時刻に目をやった。
思ったよりも、混雑していて時間がかかったなーー。
春斗は困ったような表情を浮かべると、りことの待ち合わせ場所である休憩スペースに行った。
休憩スペースに行くと、春斗達が前もって呼びよせていた人物は、すでにそこで待っていた。
「優香、春斗くん、あかりさん!」
「今生」
「今生、待たせてごめんな」
「りこさん、お待たせしてしまってすみません」
春斗達の姿を見るなり、楽しげに軽く敬礼するような仕草を見せたりこに、春斗とあかり、そして優香は顔を見合わせると、ひそかに口元を緩めてみせる。
春斗達が席に座ると、連戦で疲れていたのか背伸びをした後、りこは春斗達にだけ聞こえる声で囁いた。
「ねえねえ、春斗くん。りこ達、どうだった?」
「どうって?」
りこの意外な言葉に、春斗は思わず、不思議そうに首を傾げる。
だが、あっさりと告げられた春斗の言葉に対して、りこは立ち上がると不満そうにむっと眉をひそめた。
「むうー。だから、りこ達、『ゼノグラシア』は、阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』に一矢報いた感じ?」
「はい。最後のりこさんの攻撃は、輝明さん達も驚いていました」
その場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草に、優香はくすりと笑みを浮かべた。
「今生達の連携はすごかったな」
「ああ。今生達、すごいな」
「優香、春斗くん、あかりさん、ありがとう」
春斗とあかりがそれぞれの言葉で賞賛すると、りこはどこか照れくさそうな笑みを浮かべる。
「負けたのは正直、悔しいけれど、春斗くん達と対戦することにならなくて良かった」
「今生、ありがとうな」
りこらしいまっすぐな言葉に、春斗はことさらもなく苦笑する。
「…‥…‥それにしても、ついに決勝戦だな。『クライン・ラビリンス』はかなり手強そうだ」
春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったようにあかり達に視線を向けた。
「恐らく、今生の固有スキル、『ヴァリアブルストライク』は『ラグナロック』戦を観戦、そして『ゼノグラシア』と対戦したことで、しっかりとした対策を練っているだろうな」
「そうですね。それに、阿南輝明さんの固有スキルの対策も立てなくてはいけませんね」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
「はあ…‥…‥。『クライン・ラビリンス』の方は、問題が山積みだな」
自動販売機で購入したカフェラテを口に含むと、春斗は額に手を当てて困ったように肩をすくめてみせる。
その時、車椅子に乗ったあかりが思いついたというようにぽろりとこう言った。
「なあ、春斗、天羽、今生。なら、今回はあえて、今生の固有スキルを使用しない方がいいんじゃないのか?」
「…‥…‥あっ」
あかりの思惑に気づいた優香の瞳が見開かれる。
「『クライン・ラビリンス』は、今回も俺達が今生の固有スキルを軸に挑んでくると思っているはずだからな」
「…‥…‥そうか!相手の思い込みを逆手に取るのか!」
「なるほどねー」
あかりの提案に、遅れて春斗とりこは目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。
戸惑う春斗達をよそに、あかりは先を続ける。
「ああ。そうすれば、俺達が先手を取ることができると思うんだ」
「そうだな」
「はい」
「うん」
屈託のない笑顔でやる気を全身にみなぎらせたあかりを見て、春斗と優香とりこは顔を見合わせると胸に滲みるように安堵の表情を浮かべた。
「とにかく、ついに決勝戦だ。あかり、優香、今生、絶対に勝って優勝しような」
「ああ」
「はい」
「りこ、頑張るね」
きっぱりと告げられた春斗の言葉に、あかりと優香とりこは嬉しそうに頷いてみせる。
すると、春斗はそんな三人の気持ちを汲み取ったのか、頬を撫でながら照れくさそうにぽつりとつぶやいた。
「まあ、今生の固有スキルなしで、『クライン・ラビリンス』に勝つのは難しいかもしれないけれど、臨機応変に対応していくしかないな」
「はい。そうですね」
照れくさそうにそう付け足した春斗に対して、優香は胸のつかえが取れたようにとつとつと語る。
春斗はあかりと優香を横目に見ながら、ため息をつくときっぱりとこう告げた。
「あかり、優香、今生。そろそろ、決勝戦が始まるから、本選ステージの方に戻ろうか」
「そうですね。急ぎましょう」
「ああ」
「決勝戦のステージ、初めて立てるんだね」
顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早に本選ステージへと向かったのだった。
「さあ、お待たせしました!ただいまから、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦決勝を開始します!」
決勝戦のステージは、どこまでも広がる緑の草原だった。
曲がりくねった巨木が、フィールドの各地に点在している。
抜けるような青空の日差しが、対峙する二つのチームを照らしていた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会の会場で、実況がマイクを片手に叫ぶと、大勢の観客達は歓声を上げた。
「まずは、前々回、前回の大会の優勝チームである『ラグナロック』を破った『ラ・ピュセル』!そして対するのは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームであり、また、前々回、前回の大会の準優勝チームである『クライン・ラビリンス』だ!」
「『ラ・ピュセル』、すげえな!」
「おおっ、『クライン・ラビリンス』、やっぱり、つええええ!」
場を盛り上げる実況の声と紛糾する観客達の甲高い声を背景に、春斗はまっすぐに前を見据えた。
そのうちの一人の姿を見た瞬間、春斗は息を呑んだ。
阿南輝明さんかーー。
『クライン・ラビリンス』のチームリーダーであり、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で二位のプレイヤー。
初めて『クライン・ラビリンス』と対戦したーーあのドームの公式の大会の時のことを思い出し、春斗は途方もなく心が沸き立つのを感じた。
ーー今度こそ、この最強だと称されているチーム、勝ちたいーー。
そして、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦で優勝してみせるーー。
やり場のない震えるような高揚感を少しでも発散させるために、春斗は拳を強く握りしめる。
その様子を、絶え間なく眺めていた当夜は神妙な表情でつぶやいた。
「決勝戦の相手が春斗達とはな。だけど、負けるわけにはいかない。今度こそ、『クライン・ラビリンス』が優勝してみせる」
当夜は決意を固めるように拳を握りしめる。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会の個人戦。
だが、そこに個人戦にこだわっていた輝明の姿はなかった。
何故なら、輝明は当夜達の誘いを受けたことによって、チーム戦に出場していたからだ。
「『クライン・ラビリンス』が、最強のチームだと言われている所以か」
当夜は、初めて輝明と出会った時ーー『クライン・ラビリンス』を結成することになった出来事をふと頭の片隅に思い浮かべる。
そうーー『クライン・ラビリンス』が、最強のチームだと言われるようになったその所以をーー。




