第九十二話 たった一つの想い
「嘘だろう!!ここで『ラグナロック』が敗退するなんて…‥…‥!!」
「すげえー!!『ラ・ピュセル』、すげえー!!」
一拍遅れて爆発する観客のリアクションを尻目に、春斗は目を細める。
「…‥…‥勝ったのか?」
まさに、熱くなった身体に冷や水をかけられた気分だった。
「よしっ!」
「やりましたね!」
呆然とする春斗の後ろで、あかりと優香の二人がそれぞれ同時に別の言葉を発する。
「…‥…‥勝ったんだな」
春斗は噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
同時にフル回転していた思考がゆるみ、強ばっていた全身から力がぬけていく。
前もって考えていた作戦が上手く働いたとはいえ、あの玄達、『ラグナロック』に勝利したことを実感して、春斗は満足げに笑みを浮かべてみせる。
「春斗」
「春斗さん」
名前を呼ばれて、そちらに振り返った春斗は、あかりと優香が穏やかな表情を浮かべていることに気がついた。
「やったな」
そう言うと、あかりは日だまりのような笑顔で笑ってみせる。
その不意打ちのような笑顔に、春斗は思わず、見入ってしまい、慌てて目をそらす。
「あ、ああ。みんなが頑張ってくれたからだよ」
「ついに勝ちましたね」
ごまかすように人差し指で頬を撫でる春斗に、優香も続けてそう言った。
「優香、玄を引きつけてくれてありがとうな」
「…‥…‥はい」
きっぱりと言い切った春斗に、優香は少し驚いた顔をして、すぐに何のことか察したように頷いてみせる。
「でも、私はあまり、お役に立てなくてすみません」
「あの時、優香が玄を引きつけてくれていたから、俺と今生は、大輝を倒すことができたんだ」
胸に手を当てて少し沈んだ表情を浮かべる優香を見ながら、春斗はあえて軽く言った。
「優香、ありがとうな」
「春斗さん、ありがとうございます」
どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は嬉しそうに穏やかに微笑んでみせた。
「ねえねえ、春斗くん、あかりさん、優香」
そんな中、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべると、両拳を前に出して話に飛びついた。
「りこ達、『ラグナロック』に勝ったんだよね」
先程までの緊迫した空気などどこ吹く風で、今か今かと賞賛の言葉を待っているりこに、春斗達も思わず顔をゆるめる。
「ああ。今生、あの時、助けてくれてありがとうな」
「今生、すごいな」
「はい。りこさん、すごかったです」
「春斗くん、あかりさん、優香、ありがとう」
春斗達の賞賛の言葉に、りこはほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、幸せそうにはにかんだ。
震えるような充足感と高揚感。
これ以上ない勝利の余韻に浸っていた春斗は、そこで次の準決勝の対戦のことを思い出す。
「そういえば、今生はこの後も続けてバトルすることになるんだな」
「…‥…‥うん」
春斗の問いかけに、りこは少し浮かない顔で答える。
「やっぱり、連戦はきついのか」
春斗がかろうじてそう聞くと、りこは躊躇うように言った。
「そうじゃなくてー、その、この準決勝に勝ったら、春斗くん達と決勝戦で対戦することになるんだなと思って…‥…‥」
「そ、そうなんだな」
戸惑った仕草で肩をすくめてみせたりこに、春斗もまた困ったように眉をひそめてみせる。
『クライン・ラビリンス』。
そして、『ゼノグラシア』。
チーム戦決勝戦ーー。
正直、今生達と対戦するのは気が引けるが、どちらのチームと戦うことになっても全力で戦うしかない。
やり場のない震えるような高揚感を少しでも発散させるために、春斗は拳を強く握りしめたのだった。
「麻白、大輝、すまない」
玄はそこまで告げると、視線を床に落としながら謝罪した。
「俺達こそ、負けてごめんな」
「玄。あたし、勝てなくてごめんね」
玄に相次いで、大輝と麻白も粛々と頭を下げる。
「そろそろ、俺達もチームメンバーを増やした方がいいかもな」
大輝はそう言って空笑いを響かせると、ほんの一瞬、複雑そうな表情を浮かべた。
「ねえ、大輝。だったら、あたしのサポート役のたっくん達はどうかな?」
「そ、それだけは、絶対にだめだからな!」
麻白の提案に、大輝は不服そうに目を細めてから両拳をぎゅっと握りしめる。
「大輝らしいな」
笑ったような、驚いたような。
あらゆる感情の混ざった声が、玄の口からこぼれ落ちる。
少し間を置いた後、玄は麻白に向き直ると、ずっと思考していた疑問をストレートに言葉に乗せた。
「麻白、大会が終わった後、寄りたいところがあるんだが大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
あくまでも彼らしい玄の反応に、麻白はほっと安堵の息を吐くと、花咲くようにほんわかと笑ってみせる。
そんな彼らの様子を、輝明達は複雑な表情で見つめていた。
「まさか、あの『ラグナロック』が負けるなんてな。姉さんが満面の笑顔で笑うくらい、あり得ないよな」
予想外の展開を前にして、当夜は戯れにつぶやいてみる。
しかし、すぐに自分の発言を後悔することになった。
「当夜」
「な、何でもない」
寒々しい笑みを浮かべた花菜に、低姿勢になった当夜がこの世の終わりを目の当たりにしたかのように顔面を蒼白にする。
「カケル。『クライン・ラビリンス』が、最強のチームだと言われている所以はなんだ?」
「ーーっ!」
核心を突く輝明の言葉に、当夜の隣に立っていたカケルは目を見開いた。
それは、輝明との二度目のオンライン対戦の後に告げられたメッセージだったからだ。
「輝明らしいな」
あまりにも率直な言葉に、当夜は額に手を当てて呆れたように肩をすくめる。
輝明が何を考えて、そう告げたのかは分からない。
けれど、カケルは明確に、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦、決勝の舞台のことを脳裏によぎらせていた。
『ラグナロック』に二度も負けていながら、『クライン・ラビリンス』がなお、『最強のチーム』だと言われている。
その理由を慎重に見定めて、カケルはあえて軽く言葉を返す。
「絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目」
断定する形で結んだカケルは、わずかに目を見開いた後、りこ達、『ゼノグラシア』と対戦することになる準決勝のステージへと視線を向ける。
「だよな」
当夜のつぶやきに、淡々と言葉を紡ぐ戦姫の名を冠した少女ーー花菜は髪をかきあげて決定的な事実を口にした。
「輝明。私はチームのためにーー輝明のために動く。だから、対戦チームの中で、もっとも手強い相手は私の相手」
「当夜、花菜、カケル。今回の大会では優勝して、プロゲーマー達に前回の『エキシビションマッチ戦』の借りを返すからな」
輝明がきっぱりとそう言い放つと、花菜は一瞬、表情を緩ませたように見えた。
無表情に走った、わずかな揺らぎ。
そして、無言の時間をたゆたわせた後で、花菜はゆっくりと頷いた。
「…‥…‥分かっている。今回の私の相手は、『ゼノグラシア』の中で一番厄介な固有スキルの使い手である『今生りこ』だから」
「やれやれ。なら、俺達はいつものように、二人のサポートをするか」
「ああ」
そんな花菜のリアクションに、当夜とカケルはため息をつくと微かに笑みを浮かべる。
「さあ、お待たせしました!ただいまから、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦準決勝、Bブロックを開始します!」
実況を甲高い声を背景に、ステージへとたどり着いた輝明達はまっすぐに前を見据えた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦。
その先にあるプロゲーマー達とのバトル、『エキシビションマッチ戦』に目を向けながらーー。




