第九十一話 今、歩き出す勇気
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の準決勝。
戦前の予想では、前回、前々回の大会の優勝チームである『ラグナロック』の方が有利に思われた。
しかし、実際は春斗達、『ラ・ピュセル』と玄達、『ラグナロック』は互角に渡り合っている。
春斗とりこ、そして玄。
まさかの二対一の戦いに、観戦していた観客達は驚愕した。
「二対一ってまさか、あの『ラグナロック』が追い込まれているのか!!」
「すげえー!!まじで『ラ・ピュセル』、すげえな!!」
爆発する観客のリアクションに、玄は苦々しく心の中だけで同意する。
今回、『ラ・ピュセル』が立ててきた作戦は、玄達の想像を越えて高度だった。
対戦開始早々に麻白ではなく、大輝を集中攻撃することで、玄達の判断を鈍らせ、麻白の固有スキルを使わせられる状況に陥ってしまった。
しかも、麻白を引き分けに持ち込んだだけではなく、不意を突いた攻撃だったとはいえ、大輝を倒すほどの実力。
前回、前々回の優勝チームである『ラグナロック』相手に正攻法で戦おうと考えるチームは、あまりいないだろう。
裏をかこうとする春斗達の動きに合わせて、玄達は裏の裏をかいた行動を取っていけばいい。
だが、春斗達の作戦によって、それは機能しないまま、二対一の戦いへと持ち込まれてしまった。
「玄、後は頼むな」
「玄。あたし、あかりと引き分けになってごめんね」
玄の思考を遮ったのは、チームメイトである大輝と麻白の言葉。
「大輝、麻白、心配するな」
かけられた二人の声援に応えると、玄のキャラは静かな闘志をまとって大剣を手に地を蹴った。
「今生!」
「春斗くん、行くよ!」
同時に春斗達も仕掛け、玄のキャラとバトルフィールドの中央でぶつかる。
春斗とりこのキャラが連携攻撃を放てば、玄のキャラは手にした大剣で軽々と全ての連撃を受け止める。
だが、春斗とりこは負けじと攻撃をさらに繋いでいく。
それぞれがそれぞれの特性を生かした攻撃。
そして、フェイントを使った互いの連携技。
しかし、春斗とりこのキャラの緊密な連携を前にしても、玄のキャラは重厚な大剣で軽々と対応しきった。
「すげえ…‥…‥」
「たった一人なのに、『ラ・ピュセル』の二人を翻弄している」
「りこは、黒峯玄さん達に負けたからリベンジしたかったんだよね!」
この場にいる観客者達を圧倒した玄のキャラに、りこのキャラはここぞとばかりに執拗に槍を突き上げた。
「出来るのならな」
「ああー、りこの一撃が!?」
「くっ!」
しかし、玄は最速の突きを繰り出そうとしたりこのキャラの一撃を避け、瞬間の隙を突いた春斗のキャラの連携技を難なく受け止める。
それでも、春斗とりこのキャラは地面を蹴って、玄のキャラに迫った。
絶妙な力加減で振り下ろされた玄のキャラの攻撃を食らいながらも、春斗達は何度も立ち向かっていく。
作戦も万策が尽きた。
いや、恐らく、玄に対しては、どの作戦も有効ではないだろう。
なら、玄のキャラの防御を突き崩すのみだ。
春斗はモニター画面を見据えながら、コントローラーを構える。
「今生、玄には恐らく、どんな作戦も通じないと思う。だからーー」
「だから、『ラグナロック』というチームの牙城を崩すしかないよね」
春斗の思考を読み取ったように、りこは静かに続けた。
「ああ!」
「りこ、頑張るね!」
一足早く駆け出した春斗のキャラに続いて、りこのキャラによる最速の一突きが飛来する。
しかし、その全ての攻撃を、玄のキャラは弾き、避け、そして相殺して凌ぎきった。
だが、反撃とばかりにりこのキャラに振るわれた玄の一撃は、割って入ってきた春斗のキャラによってかろうじて防がれる。
すると、春斗のキャラがりこのキャラの防戦に回るのを待っていたかのように、今度は、玄のキャラは大剣を春斗のキャラに振りかざす。
「ーーっ」
「春斗くん!」
完膚なきまで叩き潰すために迎撃態勢に入った玄のキャラに、春斗とりこのキャラは次第に体力ゲージを減らしていく。
「…‥…‥くっ、強い」
独りごちた春斗は、決定的変化に瞳を細める。
二対一の戦いに持ち込めたはずなのに、玄は徐々に、春斗達を押し始めてきていた。
…‥…‥どうする。
どう動けば、圧倒的な実力の持ち主である玄から体力を削りとることができるんだーー?
ぴりっと張り詰めた緊張感が溢れる中、不意に優香の声が聞こえた。
「玄さんの実力もさることながら、大輝さんと麻白さんのために負けられないという玄さんの信念が、この不利な状況を導き出しているのだと思います」
「…‥…‥確かにな」
どこか確かめるような物言いに、春斗は戸惑いながらも頷いてみせる。
優香はモニター画面を見つめながら、居住まいを正して真剣な表情で続けた。
「春斗さん、りこさん、頑張って下さい」
「負けられないのは、春斗達も同じだろう!」
祈るように両手を胸元で握りしめた優香の言葉を引き継いで、あかりは屈託なく笑った。
「俺、春斗達なら、絶対にこの状況を打破できると信じているからな」
「春斗さんとりこさんの連携なら、玄さんを打ち破れるはずです」
「あかり、優香、ありがとう」
「うん」
ツインテールの髪を揺らして満面の笑顔を浮かべたあかりと柔らかな笑みをこぼした優香を目にして、春斗とりこは思わず苦笑する。
「このまま戦い続けるか。一か八か、攻めるか」
「そんなの決まっているじゃん!」
問いにもならないような春斗のつぶやきに、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。
「このまま続けていたら、りこ達が負けるのは確定だよ。なら、一か八か、攻めるしかないよね」
「そうだな」
予測できていたりこの答えに、春斗は笑みの隙間から感嘆の吐息を漏らす。
「俺達が勝つためには、この状況を打破するしかないな」
「うん」
春斗の決意の宣言に、りこは意図して笑みを浮かべてみせた。
春斗達、『ラ・ピュセル』というチーム。
誰かと共にあるという意識は、押されていてもなお、決して自分達のチームが負けることはないという不屈の確信をかきたてるものだと春斗は感じた。
何十回目かの長い斬り合いは、玄が繰り出した斬撃によって春斗達のキャラが大きく吹き飛ばされたことで中断される。
既に、春斗とりこのキャラが体力ゲージぎりぎりにも関わらず、玄のキャラはまだ、半分ほどしか減っていない。
しかし、春斗はりこのサポートを得ながら、起死回生の気合を込めて、玄のキャラに必殺の連携技を発動させる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ!?」
りこのキャラの援護を得て、真正面から一人で挑んできた春斗のキャラに、玄は一瞬、目の色を変えた。
『ラ・ピュセル』のチームリーダーである春斗が、ここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技。
それを、元最強チームであるチームリーダーはわずかにダメージを受けながらも正面から弾き、避け、そして相殺して凌ぎきった。
「なっーー」
春斗が驚きを口にしようとした瞬間、玄は超反応で硬直状態に入った春斗のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。
『ーー焔華・鳳凰翔!!』
現最強のチームのリーダーである玄がなりふり構わず放った土壇場での必殺の連携技。
春斗のキャラが硬直したことで、誰もがバトルの終わりを予測したその必殺の連携技を前にして、りこのキャラはその場に割って入った。
『無双雷神槍!!』
「ーーっ」
玄の驚愕とともに、りこの必殺の連携技が発動する。
槍の最上位乱舞の必殺の連携技。
その場で舞い踊るように繰り出される槍の七連突き、そして締めとばかりに振るわれる横薙ぎ三連閃。
互いの必殺の連携技が相殺し合い、打ち消しあう。
「なっ!」
玄は、自身の必殺の連携技が相殺して凌がれたことに驚愕する。
驚きとともに大振りの技を誘導された玄に、硬直状態が解除された春斗は再度、とっておきの技を合わせる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ!?」
春斗達、『ラ・ピュセル』による起死回生の必殺の連携技。
しかし、玄を穿つ春斗のキャラの必殺の連携技は、ぎりぎりのところで体力ゲージを残した。
「『ラ・ピュセル』が仕損ねた!!」
「あの三連続の必殺の連携技まで防ぐなんて、黒峯玄、すげえー!!」
観客達がそう叫んだ瞬間、硬直状態が解除された玄は『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で、三位のプレイヤーとして培ってきた超反応で、硬直状態に入った春斗のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。
「なっ…‥…‥」
誰が見ても完全なタイミングでのカウンター技は、春斗のキャラを貫かんとしてーー刹那、玄は春斗が目を見開いたまま、頬を緩めたことに気づいた。
そこにいるのは、負けることを目前にしたプレイヤーではない。
どんな状況からでも諦めない『ラ・ピュセル』のチームリーダーだった。
だが、春斗の想いとは裏腹に、音もなく放たれた斬撃が、なすすべもなく春斗の操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らした春斗のキャラは、ゆっくりと玄のキャラの足元へと倒れ伏す。
「よーし、ここが、りこの見せ場なんだよね!」
声は、思わぬところから聞こえてきた。
りこがすかさず、必殺の連携技を発動させると、玄もまた、必殺の連携技を発動させる。
『無双雷神槍!!』
『ーー焔華・鳳凰翔!!』
しかし、互いの必殺の連携技の余波を受けて、体力ゲージぎりぎりだったりこと玄のキャラはその場から吹き飛ばされた。
「ああー、りこのキャラが!?」
「くっ…‥…‥」
体力ゲージを散らしたりこと玄のキャラは、ゆっくりとその場に倒れ伏す。
『YOU DRAW』
システム音声がそう告げるとともに、引き分けによる判定結果待ちが表示される。
「ーーっ」
想定外の展開に、観客達は残らず静まりかえる。
次いでリザルト画面に移行し、りこと玄のキャラ、双方の体力ゲージのどちらが早く削り取られたのかをシステムが調べ始めた。
そして、判定の結果、春斗達、『ラ・ピュセル』の勝利が宣告させる。
「つ、ついに決着だ!勝ったのは、『ラ・ピュセル』!!」
興奮さめやらない実況がそう告げると、一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
春斗達、『ラ・ピュセル』と玄達、『ラグナロック』。
激戦による激戦。
その戦いに勝利したのは、春斗達、『ラ・ピュセル』だった。




