第九十話 何となく頭から離れなくなっていた
「くっーー」
「春斗くん!」
大輝のキャラの繰り出した必殺の連携技が、硬直状態に入った春斗のキャラに放たれようとしてーー刹那、大輝はりこのキャラがこちらに接近していることに気づいた。
春斗のキャラに必殺の連携技を放とうとしていた大輝のキャラは、りこのキャラが接近したその瞬間、幾重もの突きによってそれを阻まれてしまう。
激しい攻防戦を前にして、体力ゲージぎりぎりだった大輝のキャラは、ゆっくりとりこのキャラの足元へと倒れ伏す。
「ーーっ」
同じ頃、一人で玄のキャラと対峙していた優香のキャラも体力ゲージを散らしてしまっていた。
りこの陽動作戦は、玄のキャラを足止めしているその間に大輝のキャラを倒すというものだった。
そうすれば、圧倒的な力を持つ玄に対して、麻白と対峙しているあかり以外のチーム全員で対処することができると考えたからだ。
宮迫さんvs麻白。
そして、俺と今生vs玄か。
優香が玄を誘導してくれたおかげで、二対一の状況に持ち込めた春斗は思わず、驚嘆のため息を吐く。
初めて玄とバトルしたーーあのオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ3』のオンライン対戦での時のことを思い出し、春斗は途方もなく心が沸き立つのを感じた。
いろいろと作戦を練ったおかげで、玄達、『ラグナロック』とここまで渡り合うことができた。
今度こそ、この最強だと称されているチームに勝ちたいーー。
やり場のない震えるような高揚感を少しでも発散させるために、春斗はコントローラーを強く強く握りしめるのだった。
「俺達が勝ってみせる!」
「あかり、負けないから!」
何度目かの激しい攻防戦。
一瞬の静寂後、あかりのキャラと麻白のキャラは同時に動いた。
どちらのチームが勝つのか。
答えを求めるように、二人のキャラは一瞬で間合いを詰めて互いの技を相殺し合う。
あかりのキャラが連携技を繰り出せば、麻白のキャラもまた連携技を繰り出す。
そして、あかりのキャラが距離を取れば、麻白のキャラも大きく後退した。
まるで合わせ鏡のように、あかりと麻白の操作方法は似ている。
「似てて当たり前だよな」
その理由を慎重に見定めて、あかりはあえて軽く言う。
「だけど、このバトルは勝たせてもらうからな!」
「ううん、勝つのはあたし達だよ!」
そう言い合うと、あかりと麻白は再度、ステージで渡り合った。
予想をはるかに越えて放たれるロッドの一撃を防ぎながら、あかりはふっと息を抜くような笑みを浮かべる。
このまま戦っても埒が明かないな。
俺のキャラの武器は剣、麻白のキャラはロッドか。
ならーー。
「試してみるか」
言葉とともに、あかりのキャラは剣を手に地面を蹴った。
「ふわわっ!」
やや慌てたように受けの姿勢を取り始めた麻白のキャラを見据え、互いの間合いに入る直前であかりのキャラは立ち止まる。
そして、牽制するように連携技を地面に放った。
「えっ?」
あかりのキャラの連携技が放たれると同時に、麻白の動揺がはっきりと感じ取れた。
連携技の空打ちーー。
それも地面に向かって放つという明らかなミス。
それが準決勝で起きるという不可解な事態に、麻白は驚愕した。
そして、それゆえに、そこに埋めようもない隙ができる。
『ーーアースブレイカー!!』
言葉とともに、あかりが間隙を穿つ。
瞬間の隙を突いたあかりのキャラの必殺の連携技に、ターゲットとなった麻白のキャラもまた、まっすぐに攻撃を繰り出した。
『スプリングコート!!』
あかりのキャラの必殺の連携技に合わせるように、星の光輪を纏う美しくも禍々しい天使の羽根がついたロッドが振る舞われる。
連携技の大技と連携技の大技。
あかりと麻白の起死回生の必殺の連携技が同時に放たれる。
剣とロッド。
刀身の長い剣を持つあかりのキャラが優位に傾くと思われたそれは、麻白のキャラが持っているロッドの光輪によって拮抗した。
「ーーっ」
「ううっ…‥…‥」
それぞれ、体力ゲージを散らしたあかりと麻白のキャラは、ゆっくりとその場に倒れ伏す。
「あかり!」
「麻白!」
その瞬間、対峙していた春斗と玄が同時に叫ぶ。
「春斗くん、ここが正念場だよ!」
そんな中、りこのキャラが地面を蹴って、玄のキャラに迫る。
絶妙な力加減で振り下ろされた玄のキャラの攻撃を食らいながらも、何度も立ち向かっていくりこのキャラに習うように、春斗のキャラはあえて下がらず、前に出た。
「ああ。あかりと優香のおかげで、二対一に持ち込めたんだ。何としても勝ってみせる!」
「出来るのならな」
内心の喜びを隠しつつ、玄は微かに笑みを浮かべる。
そして、春斗達のキャラに対抗するように、玄のキャラは小さな音を響かせて大剣を構えた。
「今生!」
「うん!」
春斗とりこのキャラが弾かれたように、玄のキャラへと向かう。
春斗とりこ。
それぞれがそれぞれの特性を生かした攻撃。
そして、フェイントを使った互いの連携技。
しかし、春斗とりこのキャラの緊密な連携を前にして、たった一人の玄のキャラは重厚な大剣で軽々と対応しきった。
「黒峯玄さん、やっぱり激強だよね」
「ああ」
りこが不満そうにむっと眉をひそめると、春斗は悔しそうに吐き捨てるように言った。
「黒峯玄」
かって最強の名をほしいままにしていた輝明は、玄のその凄まじい速度と機敏さを前にしても、特段気にも止めなかった。
それよりも今は、二度も『クライン・ラビリンス』に勝った『ラグナロック』を全力で叩き潰すことだけを考える。
だが、そこで輝明の脳裏に、春斗達、『ラ・ピュセル』と対戦した時のことがよぎった。
どれだけ一方的に負けようとも、決して諦めなかったチーム。
例え、実力は劣っても、立ち向かっていく不変の強さ。
「輝明、『ラ・ピュセル』のことが気になるのか?」
カケルの疑問は、輝明からすれば愚問だった。
「どうして気にならないと思った?」
「…‥…‥前に注目していないって言ったから」
「うるさい!」
苛立ちの混じった輝明の声にも、花菜は淡々と表情一つ変えずに続ける。
「雅山あかり、今生りこ、黒峯麻白」
「天羽優香、浅野大輝。そして、雅山春斗、黒峯玄。どちらも因縁のチームって感じだな。まあ、その前に、準決勝で『ゼノグラシア』と対戦することになるけれどな」
つぶやいた言葉とは裏腹に、当夜は嬉しそうに笑った。
「…‥…‥どちらが勝っても、全てを覆すだけだ」
いつもの言葉を残して、輝明は踵を返すと、チームメイト達とともにその場から立ち去っていったのだった。




