第八十八話 チャンスを待つ
「さあ、お待たせしました!ただいまから、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦準決勝を開始します!」
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会の会場で、実況がマイクを片手にそう口にすると、観客達はこれまでにないテンションでヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
「まずは、前回、前々回の大会の優勝チームである『ラグナロック』!そして対するのは、準決勝まで上がってきた『ラ・ピュセル』だ!」
「おおっ、『ラグナロック』、やっぱり、つええええ!」
「『ラ・ピュセル』、あの霜月ありさと元プロゲーマーがいる『囚われの錬金術士』に勝ったんだな!」
場を盛り上げる実況の声と紛糾する観客達の甲高い声を背景に、春斗はまっすぐ前を見据えた。
玄が率いるチーム、『ラグナロック』。
そして、あの『クライン・ラビリンス』に、二度も勝利したチーム。
初めて玄と対戦したーーあのオンライン対戦の時のことを思い出し、春斗は途方もなく心が沸き立つのを感じた。
ーー今度こそ、この最強だと称されているチーム、勝ちたいーー。
そして、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦で優勝してみせるーー。
やり場のない震えるような高揚感を少しでも発散させるために、春斗は拳を強く握りしめる。
「 みやーーいや、あかり、優香、今生。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦、絶対に優勝しような」
「ああ。絶対に、俺達が勝ってみせる」
「はい、勝ちましょう」
「りこ、頑張るね」
春斗の強い気概に、あかりと優香とりこが嬉しそうに笑ってみせた。
「出来るのならな」
準決勝のステージに立ち、コントローラーを手に取った玄は、春斗達の言葉を聞いて微かに笑みを浮かべる。
「私達も負けません」
「ああ」
「今度は、りこ達が勝つから」
春斗に相次いで、優香とあかりとりこもきっぱりと告げた。
「玄、大輝、春斗くん達とのバトル、楽しみだね」
「…‥…‥ああ、そうだな」
「そんなの、返り討ちにするだけだ」
麻白が嬉しそうに両手を広げると、玄と大輝は二者二様でそう答える。
そして、玄に続くかたちで、大輝達はステージ上のモニター画面に視線を戻して、コントローラーを手に取った。
遅れて、春斗達もコントローラーを手に取って正面を見据える。
「では、レギュレーションは一本先取。最後まで残っていたチームが決勝進出となります」
「いずれにしても、やるしかないか」
決意のこもった春斗の言葉が、場を仕切り直した実況の言葉と重なった。
「ああ」
「はい」
「うん」
春斗の言葉にあかりと優香とりこが頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
「…‥…‥くっ」
対戦開始とともに、玄のキャラに一気に距離を詰められた春斗は後退する間もなく無防備なまま、一撃を浴びせられる。
だが、春斗のキャラの短剣の矛先は、玄のキャラに向かっていなかった。
玄のキャラに反撃してくるとばかりに思われた春斗のキャラは、玄のキャラを一瞥もくれず、まっすぐ大輝のキャラに攻撃を繰り出してくる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「なっーー」
対戦開始早々の必殺の連携技という大技に、さすがの大輝も目を大きく見開く。
「ーーっ!」
反射的に、大輝はそれを避けようとして、背後に移動したあかりのキャラによって深く刻まれた。
少なくはないダメージエフェクトを撒き散らしながらも後方に下がり、何とか体勢を立て直すと、先程の違和感がある固定キャラの固有スキルであることに気がついた大輝は、咄嗟に優香のキャラがいる方向へと振り向く。
そこには、優香のキャラが自身の武器であるメイスを構えて立っていた。
優香の固有スキル、テレポーターー。
一瞬で自身、または仲間キャラを移動させる固有スキルだ。
しかし、一般のプレイヤーは移動させられる距離は短く、また、使用した際の隙も大きくなるため、滅多には使わない。
だが、優香は『ラ・ピュセル』に出てくるマスコットキャラ、ラビラビが使う瞬間移動のように、精密度をかなり上げたため、不可能とされた長距離の移動を可能にしていた。
何故、対戦開始早々に必殺の連携技だけではなく、固有スキルまで使って、大輝のキャラを追い詰めようといるんだ?
探りを入れてくるような春斗達の行動に、玄は訝しげに首を傾げる。
「大輝ーーっ!」
春斗達のキャラの動きを確認すると同時に、玄のキャラは大輝のキャラの下へ駆けつけようとして、こちらの行く手を阻むようにメイスを構えた優香のキャラに眉をひそめる。
「玄さん、申し訳ないのですが、ここから先へは行かせません!」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、優香のキャラは自身の武器であるメイスを、玄のキャラに振りかざしてきた。
優香のキャラと対峙していた玄のキャラは、手にした大剣でその一撃を受け止める。
「やけに、俺ばかり狙ってくるな」
春斗とあかりのキャラの連携攻撃に、防戦一方の大輝のキャラは次第に体力ゲージを減らしていく。
そこに、りこのキャラが割って入ってきた。
「りこ、浅野大輝さんにリベンジしたかったんだよね」
「大輝!」
一瞬前までは背後にいなかったはずの麻白のキャラの一撃を受けながら、りこのキャラはここぞとばかりに執拗に槍を突き上げた。
「くっーー」
予測に反した動きに、大輝のキャラは一撃を甘んじて受けてしまう。
油断したーー。
大輝がそう思った時には、春斗達のキャラは一斉に動いてりこのキャラの周りに集結する。
りこのキャラが手にした槍をくるくると回して、大輝のキャラへと向けた。
「みんな、行くよ!」
「ーーっ」
声と同時にりこが仕掛けた。
正面からの瞬接。
だが、それは受けるのも、避けるのも可能な正面突破と言わんばかりの力任せな直進。
奇をてらわない、真正直なりこの斬り下ろしを、大輝は受けることも避けることもできずに、そのまま袈裟に喰らった。
「なっーー」
「ーーっ」
「大輝!」
飛び散るダメージエフェクトと、驚愕に目を見開く玄と麻白。
そして、ただの斬り下ろしであるのにも関わらず、大輝のキャラは致命的な特大ダメージエフェクトに晒される。
体力ゲージを散らした大輝のキャラは、ゆっくりとりこのキャラの足元へと倒れ伏す。
「…‥…‥っ」
その一連の流れを見て、大輝は息をのんだ。
もちろん、手を抜いたわけでも、わざと当てたわけでもない。
ただの斬撃が来ると思い、大輝が迎撃しようと考えた瞬間、その時には、既にりこのキャラの斬撃が当たっていたのだ。
ただの斬撃であるというのに、驚異的な威力とその速度。
まるで、物理法則を超越した一撃。
りこの固有スキル、ヴァリアブルストライク。
それは、自身の近くにチームメンバーが三人以上いる時に発動される連携攻撃スキルである。
だが、自身の至近距離に必ず三人以上いる必要があり、そして、自身含めて四人がしばらくの間、硬直するという諸刃の剣だった。
「大輝、すぐに回復させるから!」
麻白はそう告げると、自身の固有スキルを発動させる。
『リィンカーネーション!』
ロッドを掲げた麻白のキャラから、大輝のキャラに対してまばゆい光が降り注がれた。
麻白の固有スキル、リィンカーネーション。
それは、一度だけ自身、またはチームメイトのキャラを蘇生させることができる固有スキルだった。
「あかり、今だ!」
チーム全員が硬直状態になってしまったことへの動揺を残らず吹き飛ばして、春斗は叫ぶ。
「ああ!」
春斗の声に応えるように、あかりはすかさず、自身の固有スキルを発動させる。
あかりの固有スキル、『オーバー・チャージ』。
自身、または仲間キャラの状態異常を解除する固有スキルだ。
「させない!」
「ーーっ。あかり!」
それにより、あかりは固有スキルを放った反動である硬直状態を解除すると、固有スキルを使用中で無防備な麻白のキャラに正面から一撃を浴びせた。
「…‥…‥麻白、下がっていろ」
「うん」
「ーーっ!」
唐突な玄の声と斬撃は、背後から襲いかかってきた。
大輝のキャラを回復し終えた麻白が応える中、あかりのキャラはあえて振り返らず、反射的にその場に屈みこむ。
玄のキャラの大剣は空を斬ったが、代わりに一瞬前までは後退していたはずの麻白のキャラに受け身を取った先を狙われ、二振りの連撃が入る。
「よし、上手くいったな!」
その隙に硬直が解除した春斗は、自身の作戦が成功したことに喜びを噛みしめた。
「上手くいった…‥…‥?」
春斗の言葉に、口に出しながら玄の思考は急速展開する。
そこで玄は何故、春斗達が、大輝のキャラに対して攻撃を集中させたのか事情を察知した。
「…‥…‥なるほどな」
思い至ると同時に、玄は春斗達に対して称賛の眼差しを送る。
玄達『ラグナロック』は、前回のオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の本選二回戦で、りこ達『ゼノグラシア』と対戦していた。
また、春斗達と同様に、公式サイトなどで他のチームの対戦を視聴して、りこの固有スキルを垣間見ている。
前回の公式トーナメント大会では、りこは麻白のキャラを狙ってきたため、玄達は今回も麻白を狙ってくるものだと踏んでいた。
しかし、実際は大輝が狙われ、対戦開始早々から麻白の固有スキルを使う状況に陥ってしまった。
そして、春斗達の思惑どおり、りこの固有スキルの反動で生じた硬直は、あかり以外、ダメージを負うことなく、解除に至っている。
「…‥…‥あの、『クライン・ラビリンス』と互角に渡り合っただけのことはあるな」
「ーーっ」
言葉とともに、玄のキャラが間隙を穿つ。
瞬間の隙を突いた玄のキャラの斬り上げに、ターゲットとなった春斗のキャラはダメージエフェクトを散らしながらも、自身の武器である短剣を振りかざしたのだった。




