第八十六話 彼らの目指す先には
「じゃあ、優香、春斗くん、あかりさん、また、後でね」
本選二回戦に勝利した後、次の対戦チームであるほのか達、『アライブファクター』戦に向けて、りこは一度、『ゼノグラシア』のチームメイトのもとに戻っていった。
春斗達もまた、次の対戦チームである『ラグナロック』のバトルを観戦することにしたのが、そこでオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームの決定的な実力を目の当たりにすることになった。
「決まった!」
実況の甲高い声を背景に、観戦していた春斗達はまっすぐ前を見据えた。
「本選二回戦Bブロック勝者は『ラグナロック』! 言わずと知れた、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第ニ回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームだ!」
「すごいな…‥…‥」
「…‥…‥準決勝はやっぱり、『ラグナロック』と戦うことになりましたね」
実況がそう告げると同時に、春斗と優香の二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
観戦していた観客達もその瞬間、ヒートアップし、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
『YOU WIN』
春斗はドームの巨大なモニター画面上に表示されているポップ文字を見遣り、改めて、『ラグナロック』の勝利を実感する。
「準決勝は玄達、『ラグナロック』と戦うことになるのか」
口調だけはあくまでも柔らかく言った春斗に、隣に座っていたあかりはBブロックのステージを見つめると、苦々しい顔でぽつりぽつりとつぶやく。
「麻白と戦うことになるんだな」
「あかり、大丈夫だ」
「春斗?」
思い詰めた表情をして言うあかりに、春斗が意を決したようにあかりの手をつかんで言った。
「麻白は、きっとあかりと対戦することができて嬉しいはずだ。あかりも、麻白と対戦することができて嬉しいだろう?」
「ああ」
いつもどおりの彼女のーー琴音の反応に、春斗はほっと安心したように、優しげに目を細めてあかりを見遣る。
「だから、思いっきりバトル、楽しもうな!」
「春斗、ありがとうな」
屈託のない笑顔でやる気を全身にみなぎらせたあかりを見て、春斗は胸に滲みるように安堵の表情を浮かべる。
そんな二人の様子を、しばらく見守っていた優香は穏やかな口調でこう言った。
「春斗さん、あかりさん、相変わらずですね」
「優香」
「天羽」
呆気に取られる二人をよそに、優香は噛みしめるようにくすくすと笑うと、付け加えるようにとつとつと語る。
「あかりさん、大丈夫です。麻白さん達と一緒に、この大会を楽しみましょう」
「ああ。一緒に楽しもうな」
「ありがとうな、春斗、天羽」
あかりに対してどこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は穏やかに微笑んだのだった。
「春斗、あかり、優香!」
「父さん、母さん!」
『ラグナロック』のバトルを観戦した後ーー。
春斗達がりこ達、『ゼノグラシア』がいるステージへと向かっていると、不意に春斗の母親の声が聞こえた。
声がした方向に振り向くと、観客席に座っている春斗の母親が春斗達の姿を見とめて何気なく手を振っている。
その隣には、春斗の父親が荷物をまとめながらも穏やかな表情で春斗達を見つめていた。
「春斗さんのお父様、来られるようになって良かったです」
「ああ。今朝、急に病院から電話があったから、来るのは無理かなと思っていたけれど、もう一人の脳神経外科の医師の先生が対応してくれることになったんだよな」
優香の言葉に、春斗は少し照れくさそうにこう答える。
「だけど、こうして、家族みんなでオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会に来ることになるなんて思わなかったな」
「そうだな」
「そうですね」
きっぱりと告げられた春斗の言葉に、あかりと優香は嬉しそうに頷いてみせた。
「少し気恥ずかしい感じもするけれど、絶対に優勝しような」
「ああ」
「はい、優勝しましょう」
あかりと優香の花咲くようなその笑みに、春斗は吹っ切れた表情を浮かべて一息に言い切った。
そして、春斗は両親がいる観客席に視線を向けると、次の対戦チームである『ラグナロック』とバトルした時のことを想像し、途方もなく心が沸き立つのを感じていたのだった。
春斗達はりこ達、『ゼノグラシア』とほのか達、『アライブファクター』戦を観戦した後、すぐ近くの休憩スペースに赴いた。
大会参加者用の休憩スペースは、複数のモニター画面と、対面にソファー型の椅子が置かれただけの部屋だ。
休憩スペースのドアを開くと、春斗達が前もって呼びよせていた人物は、すでにそこで待っていた。
「優香、春斗くん、あかりさん!」
「今生、急に休憩スペースに呼んでごめんな」
「今生」
「りこさん」
春斗達の姿を見るなり、楽しげに軽く敬礼するような仕草を見せたりこに、春斗とあかり、そして優香は顔を見合わせると、ひそかに口元を緩めてみせる。
「準決勝の対戦チーム、『ラグナロック』はかなりの強敵だ。前に一度、作戦会議はしたけれど、改めてもう一度、見直そうと思う」
「見直し?」
「ああ。前に考えた作戦をもとに、今生の固有スキル、『ヴァリアブルストライク』を生かせるようにするつもりだ」
呆気にとられたようなあかりを見て、春斗は真剣な表情で前を見据えた。
「まず、今生の固有スキル、『ヴァリアブルストライク』は大輝に使うつもりだ」
「大輝さんに?」
「黒峯玄さんや黒峯麻白さんじゃないの?」
優香とりこのその疑問めいた響きに、春斗は当然のように言い切った。
「確かに麻白の固有スキル、『リィンカーネーション』は厄介だ。本当なら、麻白を倒すことを優先した方がいいかもしれない」
そう口にする春斗は口調こそ重たかったものの、どこか晴れやかな表情を浮かべていた。
「だけど、麻白の固有スキル、『リィンカーネーション』は、チームメイトのキャラだけではなく、麻白のキャラ自身も蘇生させることができる固有スキルだ」
「…‥…‥あっ」
春斗の思惑に気づいた優香の瞳が見開かれる。
「それに玄達も、俺達が麻白を狙ってくることを読んでいるはずだからな」
「「ーーっ」」
春斗の強い言葉に、遅れてあかり達は虚を突かれたように瞬く。
「なら、相手の裏をかいて、大輝のキャラを狙おうと思う」
「なるほどねー」
りこはぱんと一度手を打って、切り替えるように笑顔を浮かべる。
「確かにりこ達も、黒峯麻白さんのキャラを先に倒そうとしたことがあるんだけど、黒峯玄さん達によって逆に返り討ちにされたことがあったんだよね。黒峯玄さんは憧れの人だけど、これはこれ、納得いかないに決まっているじゃん」
「そ、そうなんだな」
おどけた仕草で肩をすくめてみせたりこに、春斗は困ったように眉をひそめてみせる。
「でしたら、まずは大輝さんのキャラを倒せるように頑張りましょう」
優香は休憩スペースのモニターを起動させて、画面に映し出されている、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦決勝の映像を的確に確認しながら言う。
「大輝は強敵だ。だけど、相手は麻白を狙ってくると思っているからな」
「それを逆手に取って、大輝のキャラを狙うのか?」
「ああ。互いの必殺の連携技を駆使して大輝のキャラを追いつめた後に、今生に固有スキルを使ってもらうつもりだ」
春斗の答えに、あかりは目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。
「この作戦のポイントは、大輝のキャラのダメージゲージを半分以下にした上で、今生の固有スキルを上手く決められるかにかかっている」
「麻白は、大輝のキャラが倒されたら固有スキルを使いそうだな」
意外だが、どこまでも春斗らしいまっすぐな作戦に、あかりは困ったように苦笑する。
「はい。その間に、あかりさんの固有スキルを使って、あかりさんのキャラの硬直を解除してもらった後、そのまま麻白さんのキャラにバトルを挑んで頂ければ、きっとーー」
「玄は間違いなく、麻白のキャラをかばうはずだ」
優香の言葉を引き継いで、春斗はきっぱりと言った。
「春斗くんって、意外と策士なんだね」
「そうなのか?」
「意外な作戦だけど、りこ、期待に応えられるように頑張るね」
春斗がかろうじてそう聞くと、りこは吹っ切れた言葉とともに不敵な笑みを浮かべる。
今生の固有スキル、『ヴァリアブルストライク』。
『ラ・ピュセル』のチーム全員が一時的に硬直状態になってしまう諸刃の剣だが、上手く使いこなせば、玄達、『ラグナロック』に対抗できるかもしれない。
次のバトルに向けて、誰からともなく差し出されたその手に、春斗達、みんなの手が重なったのだった。




