第八十三話 太陽のような彼女に後押しされて①
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦で本選の一回戦を勝利することができた春斗達は、 休憩スペースに赴くとソファーに座って一息ついていた。
「一回戦、何とか勝てたな」
「はい。ですが、私達の次の対戦チームはーー」
「霜月さん達、『囚われの錬金術士』と対戦することになるな」
春斗が何気ない口調でそう告げると、優香は身構えるように、お守りとして持ってきていた膝元に置いているラビラビのラバーストラップをぎゅっと抱きしめる。
「霜月さんのおじさんは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のプロゲーマーになるほどの実力者だけど、必ず勝ってみせる」
「はい、そうですね」
幾分、真剣な声でそう言った春斗に、優香は嬉しそうに軽く頷いてみせた。
「だけど、かなり手強そうだよな」
「あかり!」
車椅子に乗ったあかりが目を細め、更なる思考に耽ろうとした矢先、不意に優希の声が聞こえた。
顔を上げ、声がした方向に振り向くと、少しばかり離れたモニター画面の前で、車椅子に乗った優希があかりの姿を見とめて何気なく手を振っている。
春斗達の元へと車椅子を動かして駆けよってきた優希に、あかりは真剣な表情を収めて、穏やかな表情を浮かべる。
「優希、久しぶりだな」
「あかりは相変わらず、変な奴」
吹っ切れたような表情を浮かべるあかりに、優希は呆れたようにため息をついた。
その硬い声に微妙に拗ねたような色が混じっている気がして、あかりは思わず苦笑してしまう。
「優希、『クライン・ラビリンス』とは決勝戦で当たるみたいだな。絶対に、俺達が勝ってみせる」
「そうだね…‥…‥って、まさか、決勝戦まで勝てると思っているの」
あっさりと口にされた言葉に、優希は目を丸くして驚きの表情を浮かべた。
「あかりには悪いけれど、優勝するのは『クライン・ラビリンス』だから」
「いや、俺達が勝ってみせる」
優希が態度で勝ちを認めてくると、あかりは当然というばかりにきっぱりと告げた。
「次は負けない!」
「いや、今回は姉さんと兄さんのチーム、『クライン・ラビリンス』が優勝する!」
あかりと優希は互いに向かい合うと、不敵な表情を浮かべながら、しばし睨み合った。
「ねえねえ」
横に流れかけた手綱をとって、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。
「優希くんって、あの『クライン・ラビリンス』の関係者なの?」
「ああ」
間一髪入れずに即答したあかりは、真顔でりこを見つめてくる。
「優希さんは、花菜さんと当夜さんの弟なんです」
「そうなんだね」
優香の補足に、りこは意外そうな表情で優希を見た。
「…‥…‥あ、あの」
「ーー今生。優希くんが驚いているぞ」
片手で顔を押さえていた春斗は、りこにじっと見られて呆気に取られている優希の視線に気づくと朗らかにこう言った。
「優希くんは確か、今生とは初めて会ったんだよな」
「うん。大会でバトルやアナウンスをしているところを見たことはあるけれど、話したりするのは今日が初めてだよ」
春斗の言葉に、優希はきょとんとした顔で目を瞬かせる。
「優希くん、よろしくね~」
「う、うん」
わくわくと誇らしげにそう告げられたりこの言葉に、優希の反応はワンテンポどころか、かなり遅れた。
「…‥…‥今回、『クライン・ラビリンス』と対戦するためには、決勝戦まで勝たないといけないんだよな。ーーいや、必ず、決勝戦まで勝ってみせる!」
「春斗さん、嬉しそうですね」
うっすらと笑みを浮かべた春斗がそう口にするのを聞いて、優香は噛みしめるようにくすくすと笑う。
春斗はあかりと優香を横目に見ながら、ため息をつくときっぱりとこう告げた。
「あかり、優香、今生。そろそろ、二回戦が始まるから、本選ステージの方に戻ろうか」
「そうですね。急ぎましょう」
「ああ。優希、また後でな」
「りこ、頑張るね」
顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早に本選ステージへと向かったのだった。
「さあ、お待たせ致しました!ただいまから、本選二回戦、Aブロックを開始します!」
二回戦のステージは、西洋風の雰囲気を全面に醸し出した巨大な宮殿だった。
夜空を切り裂く月光が、対峙する二つのチームを照らしている。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会の会場で、実況がマイクを片手に叫ぶと、大勢の観客達は歓声を上げた。
「なお、この二回戦を勝ち上がったチームが、準決勝進出を果たすことになります!」
「この対戦に勝てば、準決勝なんだな」
実況の言葉に対してつぶやいた春斗は、改めて盛り上がる周囲を見渡す。
「はい。二回戦に進出したのは、本選二回戦からのシードである『ラグナロック』と『クライン・ラビリンス』を含めて八組のチームなので、次が準決勝になります」
「いよいよ、次が準決勝なんだな」
優香の言葉に、あかりは頷き、こともなげに言う。
そんな彼らのあちらこちらから、他の参加者達と観客達の声がひっきりなしに飛び込んでくる。
その様子をよそに、春斗はドームの巨大なモニター画面上に表示されているポップ文字を見遣り、改めて、『囚われの錬金術士』との対戦を実感する。
『姿を変えた人物の能力をコピーする魔術』を使うことができる霜月さんがチームリーダーで、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の元プロゲーマーの霜月さんのおじさんがいるチームか。
初めてありさと対戦したーーあのゲームフェスタの時のことを思い出し、春斗は途方もなく心が沸き立つのを感じた。
ーー前のオンライン対戦の時の勝敗は五分五分だったけれど、今回は霜月さんにーーいや、霜月さん達、『囚われの錬金術士』に勝ってみせる。
やり場のない震えるような高揚感を少しでも発散させるために、春斗は拳を強く握りしめた。
「 みやーーいや、あかり、優香、今生。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦、絶対に優勝しような」
「ああ。絶対に、俺達が勝ってみせる」
「はい、勝ちましょう」
「うん」
春斗の強い気概に、あかりと優香とりこが嬉しそうに笑ってみせた。
「春斗くん」
「霜月さん」
名前を呼ばれて、そちらに振り返った春斗は、先程、コントローラーを持ったばかりのありさを見た。
「絶対に負けないから!」
「俺達も負けない!」
春斗とありさは互いに向かい合うと、不敵な表情を浮かべながら、しばし睨み合った。
「対戦相手の雅山春斗くんとは、熱いライバル同士という関係だな」
「そうね」
そんな彼らの様子を見ていたありさの両親は、ため息をつきながらも真摯な瞳でそうつぶやいた。
「まあ、ありさは、これから超一流大手会社の黒峯社長の息子である黒峯玄さんとお付き合いすることになるからな!」
「いいえ、ありさは、阿南総務大臣の息子である阿南輝明さんとお付き合いすることになります!」
しかし、視線の攻防戦を繰り広げる春斗とありさの背後で、ありさの両親は再び、言い争いを始めてしまう。
「むうー。黒峯玄さんとの交際だけはダメだからね!」
不満そうに告げると、りこはステージ上のモニター画面に視線を戻してコントローラーを手に取った。
遅れて、春斗達もコントローラーを手に取って正面を見据える。
「では、レギュレーションは一本先取。最後まで残っていたチームが準決勝進出となります」
「いずれにしても、やるしかないか」
決意のこもった春斗の言葉が、場を仕切り直した実況の言葉と重なった。
「ああ」
「はい」
「うん」
春斗の言葉にあかりと優香とりこが頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
対戦開始とともに、先に動いたのは春斗だった。
春斗のキャラが地面を蹴って、ありさのキャラとの距離を詰める。
春斗のキャラに距離を詰められたありさのキャラは、嬉々として剣を突き出してきた。
それらを短剣でさばきながら、春斗はありさのキャラの隙を見て、下段から斬り上げを入れようとする。
「そろそろ、いいかな?」
緊密な春斗のキャラの斬り上げを浴びながらも避けようともせずに棒立ちのまま、ありさはぽつりとつぶやいた。
ーーその時だった。
ありさのキャラは、その場で大きく剣を振るう。
すると、地面から、まばゆい光が吹き上がり、ありさのキャラが暗転。
次の瞬間、ありさのキャラは、先程までの鎧兜の少女から、麻白のキャラであるアンティークグリーンのミニドレスを着た少女キャラへと変貌する。
「ーーところがびっくり。ここで、あたしに変わるんだよ」
不意に聞こえてきた声。
だけど、そこにはありさではなく、赤みがかかった髪の少女の姿があった。
赤みがかかった髪の少女ーー麻白の姿をしたありさは、興味津々の様子で春斗のキャラを見つめている。
「春斗くん、絶対に負けないから!」
「ーーくっ!」
「春斗!」
夜空を切り裂く月光の先で、春斗のキャラに対して美しくも禍々しい天使の羽根がついたロッドが振る舞われる。
しかし、ありさは、こちらの行く手を阻むように剣を構えたあかりのキャラに眉をひそめた。
「あかりーーっ」
「ありさ!」
思わず叫びかけた春斗は次の瞬間、息をのんだ。
淡々とした声とともに、ありさの父親のキャラが戦闘に加わってきたからだ。
「春斗くん、あかりさん。このバトル、勝たせてもらうから!」
「なら、俺達は『囚われの錬金術士』に必ず勝ってみせる!」
ありさが態度で勝ちを報告してくると、あかりは当然というばかりにきっぱりと告げた。
彼女らしい反応に、戸惑っていた春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべるとさらに言葉を続ける。
「ああ。俺達がーーいや、『ラ・ピュセル』が勝ってみせる!」
「…‥…‥絶対に負けないから!」
ありさの言葉に、ぐっとコントローラーを握りしめた春斗とあかりは、決意したようにゲームのモニター画面をまっすぐ見つめたのだった。




