第八十話 彼女の未完成な世界
「ねえ、お兄ちゃん、優香さん。チーム戦予選は、宮迫さんじゃなくて私が出るんだよね?」
休憩スペースから出た後、予選会場へと向かっていたあかりは思い詰めたような表情で言った。
「ああ。今回、あかりが宮迫さんに変わるのはチーム戦本戦からになるからな」
口調だけはあくまでも柔らかく言った春斗に、あかりは苦々しい顔でぽつりぽつりとつぶやく。
「…‥…‥そう、だよね」
あくまでも強がりを言い続けるあかりを、春斗はなんとも言えない顔で見つめていた。
言葉が見つからない。
大丈夫だ。
と、告げることは簡単だったが、前回、混戦状態だったチーム戦予選を目の当たりにしてしまった今では、間違ってもそんな台詞は言えなかった。
あかりは公式トーナメント大会に出場する以前に、非公式の大会にも出場したことがない。
初めてのことで、混乱してしまうかもしれないな。
その杞憂だけは、どうしても拭いきれなかった。
「あかりは強くなっている」
車椅子の肘掛けを握りしめていたあかりが、予選会場に視線を向けた春斗の言葉でさらに縮こまる。
春斗はため息を吐きながらも、いつものようにあかりの頭を優しく撫でた。
「いつも、俺達と真剣勝負しているだろう。あかりはどんどん、強くなってきているから、俺も優香も手加減なんてしている暇はない」
「はい。あかりさんは強くなっています」
「…‥…‥お兄ちゃん、優香さん、ありがとう」
春斗と優香の言葉に、あかりは顔を上げると明るく弾けるような笑顔を浮かべてみせた。
日だまりのようなその笑顔に、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦。
今度こそ、俺達が優勝してみせるーー。
やり場のない震えるような高揚感を少しでも発散させるために、春斗は拳を強く握りしめる。
「 あかり、優香。第四回公式トーナメント大会のチーム戦、絶対に優勝しような」
「うん」
「はい、勝ちましょう」
春斗の強い気概に、あかりと優香が嬉しそうに笑ってみせたのだった。
「俺達は、今回、予選Dブロックか」
「はい。私達はこのまま、勝ち進めば、恐らく本選の二回戦で霜月さん達、『囚われの錬金術士』と、そして、準決勝で玄さん達、『ラグナロック』と対戦することになります」
予選Dブロックのステージに立つと、問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
「今生達は確か、本選の二回戦で倉持さん達、『アライブファクター』と、そして、準決勝で輝明さん達、『クライン・ラビリンス』と対戦することになるんだよな。俺達も今生達も、本選の二回戦が最初の難関だな」
「…‥…‥う、うん」
春斗が態度で決意を固めていると、コントローラーを持ったあかりは少し緊張した表情で頷いた。
彼女らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべると、さらに言葉を続ける。
「あかり、俺達のサポートを頼むな。そして、第四回公式トーナメント大会、チーム戦、絶対に優勝しような」
「…‥…‥うん、優勝したい」
「はい、勝ちましょう」
気を取り直した春斗の強い気概に、あかりは優香と顔を見合わせると嬉しそうに笑ってみせた。
「今度こそ、俺達は『ラグナロック』、そして、『クライン・ラビリンス』に勝ってーー」
「さあ、お待たせしました!ただいまから、予選Dブロックを開始します!」
何かを告げようとした春斗の言葉をかき消すように、再度、実況の声が春斗達の耳に響き渡る。
実況の予選Dブロック開幕の言葉に、観客達はさらにヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式トーナメント大会は、毎年、参加するプレイヤー、チームが多いため、個人戦、チーム戦の予選では、複数のプレイヤー、またはチームが同時に戦って、勝利したプレイヤー、そして、チームが本選に進める流れになっていた。
「春斗さん、あかりさん、まずは予選Dブロックを勝ち越しましょう」
優香の決意のこもった言葉と同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
対戦開始とともに、先に動いたのは春斗達だった。
春斗のキャラが地面を蹴って、他のチームの対戦相手達との距離を詰める。
「ーーっ」
迷いなく突っ込んできた春斗のキャラに、対戦相手の一人は後退する間もなく無防備なまま、一撃を浴びせられた。
『ーーメイス・フレイム!!』
春斗のキャラに一撃を浴びせられたことにより一旦、その場を退こうとしたその対戦相手の出鼻をくじくような形で、『テレポーター』の固有スキルを使った優香のキャラが相手の背後を取ると、対戦相手が振り返る間も与えずに続けて必殺の連携技を放ってみせる。
致命的な特大ダメージエフェクト。
早々と体力ゲージを散らした対戦相手のキャラは、ゆっくりと優香のキャラの足元へと倒れ伏す。
「いきなり、必殺の連携技かよ?」
「いや、チャンスじゃんか!」
「ーーっ」
しかし、必殺の連携技を発動させた反動で、硬直状態に入ってしまった優香のキャラめがけて、ここぞとばかりに対戦相手達が一斉に連携技を放ってくる。
「優香さん!」
優香のキャラが硬直状態に入ったことで、バトルの終わりが予測された連携技の嵐は、しかし、後方に控えていたあかりのキャラの固有スキルにより、優香のキャラはぎりぎりのところで体力ゲージを残した。
あかりの固有スキル、『オーバー・チャージ』。
自身、または仲間キャラの状態異常を解除する固有スキルだ。
それにより、優香は必殺の連携技を放った反動である硬直状態を解除したことで、他の対戦相手達の連携技の嵐から、何とか逃れることができたのだった。
驚きとともに大振りの技を誘導された対戦相手達のキャラに、春斗はとっておきの技を合わせる。
「お兄ちゃん!」
「春斗さん!」
あかりと優香が続けざまにそう口にした瞬間、春斗は対戦相手達のキャラに、乾坤一擲のカウンター技を放つ。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らした対戦相手達のキャラは、ゆっくりと春斗のキャラの足元へと倒れ伏す。
「連続で必殺の連携技を放つなんてーー」
独りごちた対戦相手の一人は、バトル開始と同時に起こった決定的な変化に目を細める。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会。
それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式の大会と同様に、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で正式にランキング入りを果たした者だけが出場できる仕組みになっていた。
そのため、参加してくるチームは、想像以上に強者揃いのチームであることは予測された。
しかし、モニター画面に写るスタンダードな草原を背景に、彼は何も出来ず、いや、何もしていないというのに、数人のキャラをあっさりと倒した春斗達のキャラ達を見ながら、唇を噛みしめる。
「…‥…‥強い」
対戦開始から数十分後、他の対戦相手のキャラの体力ゲージをいともあっさりと削り、容赦なく彼らを追い詰めていく春斗達に、対戦相手は愕然とした表情でつぶやいた。
いつのまにか、彼のチームはーーそして、他のチームも、何人かのキャラの体力が危険水域に達している。体力の減ったキャラは、ローテーションで前線から後退ーーした瞬間に、春斗達の追撃を受けて瀕死状態に陥ったのだ。
チーム戦は個人戦と違い、複数のチームと同時に戦う可能性が非常に高い。
必然的に一対一の戦いは少なくなり、不慮の一撃というのも増えていく。
しかし、そんな乱戦状態の中でも、春斗達は的確かつ確実に対戦チームを倒していった。
「春斗くん達とは、本選の二回戦で対戦することになるみたいね」
予選Dブロックのバトルを観戦していたありさは、こともなげにこう続ける。
「春斗くん、今度は負けないから!」
ありさは、吹っ切れた言葉とともに不敵な笑みを浮かべたのだった。




