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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
8/126

第八話 淡い記憶を追いかけて

「うーん」

翌日、あかりの病室の前で、妙に感情を込めて唸る春斗の姿があった。 病室のドアを開けようと恐る恐る手を伸ばすのだが、すぐに思い止まったように手を引っ込めてしまう。

「やっぱり、だめだよな」

それを何度か繰り返した後、春斗がぽつりとそう言った。

「ああっ…‥…‥何やってるんだよ、俺」

そう言うと、春斗は不服そうに唇を噛みしめる。

「宮迫さんバージョンのあかりに会うのにーー妹の病室に入るのに、何十分、かかっているんだよ」

「春斗さん、相変わらずですね」

そんな独り言じみた春斗の言葉にはっきりと答えたのは、聞き覚えのある声だった。

「優香」

「それと、あかりさんーーいえ、宮迫さんなら、今はリハビリテーション室に行かれています」

振り返った春斗が目にしたのは、いつもどおりの彼の様子を見て、くすりと笑みをこぼす優香の姿だった。

「そうなのか?」

「はい」

優香の言葉を聞くと同時に、ふっと息を抜いた春斗は、優香とともあかりがいるリハビリテーション室へと向かう。

その途中、優香は殊更、深刻そうな表情でこう言ってきた。

「あの、春斗さん。少し、よろしいでしょうか?」

「優香、どうかしたのか?」

春斗の問いかけにこくりと頷いた優香は、何のてらいもなく言った。

「その、単刀直入に言います。春斗さん、あかりさん、そして、宮迫さんの力を、私に貸して下さい」

「なっーー」

予想もしていなかった彼女の言葉に、春斗は虚を突かれたように呆然とする。

優香は春斗の方に振り返ると、一呼吸置いてから言い直した。

「病院の一階に、コンビニが新しくオープンしましたよね」

「そういえば、今月から別のコンビニに変わったな」

春斗が口元に手を当てて考えると、優香は厳かな口調で続けた。

「そのコンビニで今、『ラ・ピュセル』の一番クジをしているのですが、肝心の『ラ・ピュセル』のマスコットキャラ、ラビラビさんのラバーストラップがどうしても当たらないのです」

「…‥…‥ラビラビさん」

春斗の戸惑いとは裏腹に、優香は真剣な眼差しで視線を床に降ろしながら懇願してきた。

「お願いします。春斗さん達の力を、私に貸して下さい」

「…‥…‥優香は、本当に『ラ・ピュセル』のラビラビが好きだな」

「は、はい。ラビラビさんは可愛いです」

呆れた大胆さに嘆息する春斗に、優香は少し恥ずかしそうにもじもじと手をこすり合わせるようにして俯く。

春斗は優香を横目に見ながら、ため息をついて言う。

「優香、コンビニに行くのは、あかりのリハビリが終わってからでも大丈夫か?そろそろ、宮迫さんからあかりに戻る頃だと思うし」

「そうですね。急ぎましょう」

「ああ」

顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早にリハビリテーション室へと向かったのだった。






「う、う~ん」

立派な寝癖がついた髪をかき上げながら、車椅子を動かす訓練をしていたあかりが一つあくびをする。

「今日はここまでだな…‥…‥」

「そうか」

「…‥…‥ああ。天羽、『ラ・ピュセル』の一番クジにチャレンジできなくてごめんな」

隣に立っている春斗達にそう答えると、あかりはコンビニに移動するために車椅子を動かし、くるりと半回転してみせた。だがすぐに、うーん、と眠たそうに目をこすり始めてしまう。

眠気を振り払うようにふるふると首を振ったものの効果はなかったらしく、結局、あかりは車椅子にぽすんと寄りかかって目を閉じてしまった。

そのうち、先程より幼い顔をさらしたあかりがすやすやと寝息を立て始める。

その様子を見て、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。

「あかり…‥…‥」

「ーーっ」

横向きに寄りかかっているため、車椅子から落ちそうになっているあかりの華奢な体を、春斗はそっと元の姿勢に戻そうとした。

だが、春斗はあかりを元の姿勢に戻すことはできなかった。

その前に、不意に目を覚ましたあかりがあわてふためいたように両手を左右の肘かけに伸ばして、車椅子から落ちそうになるのを自ら、食い止めたからだ。

「あかり、大丈夫か?」

「…‥…‥あっ、お兄ちゃん」

春斗に声をかけられたことにより、先程の咄嗟の行動を見られていたことを察したあかりは、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに顔を俯かせる。

いつもどおりの妹の反応に、春斗は特に気に止めた様子もなく、むしろまたか、と呆れたようにため息をつく。

あかりはきょろきょろと周囲を見渡し、自分の置かれている状況に気づくと、呆然とした表情で目を丸くした。

「な、何で私、リハビリテーション室にいるの」

狼狽する妹の様子に、春斗は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「はあ…‥…‥。今まで、宮迫さんがここでリハビリをしていたんだ。いい加減、慣れろよな」

「…‥…‥慣れないもの」

曖昧に言葉を並べる春斗に、あかりは不満そうな眼差しを向ける。

不服そうな妹をよそに、春斗は軽く肩をすくめてみせた。

「それにしても、あかり、だいぶ、車椅子に乗るの、上達したよな」

「うん、宮迫さんがリハビリを手伝ってくれたから」

春斗の言葉に、あかりは花咲くようにほんわかと笑ってみせた。

「ねえ、お兄ちゃん。車椅子の練習をもっとして、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のランキング入りを果たしたら、私もーー私バージョンの宮迫さんも、お兄ちゃんと優香さんと一緒にいろいろな大会に出られるかな」

「あのな、あかり。車椅子の練習をしたり、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のランキング入りを果たしたとしても、体調はまだ万全じゃないだろう。それにあかりと宮迫さんが入れ替わる間隔もまだ、はっきりと分かっていないから、どの非公式の大会に出たらいいのか分からず、俺自身、悩んでいる」

「お願い、お兄ちゃん!私も、ゲームの大会に出てみたいの!」

春斗が呆れたような声で言うと、飛びつくような勢いであかりは両拳を突き上げて頼み込んできた。

渋い顔の春斗と幾分真剣な顔のあかりがしばらく視線を合わせる。

先に折れたのは春斗の方だった。

身じろぎもせず、じっと春斗を見つめ続けるあかりに、春斗は重く息をつくと肩を落とした。

「…‥…‥分かった。昨日、宮迫さんがランキング戦を始めたから、まずは今度、開催される非公式の大会に出てみようと思う。だけど、絶対に無理はするな。あかりの体調が無理だと判断した時点で、俺達は棄権するからな」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

苦虫を噛み潰したような顔でしぶしぶ応じる春斗に、あかりはきょとんとしてから弾けるように手を合わせて笑ってみせる。

そんな二人の様子を、しばらく見守っていた優香は穏やかな口調でこう言った。

「春斗さん、あかりさん、相変わらずですね」

「優香」

「優香さん」

呆気に取られる二人をよそに、優香は噛みしめるようにくすくすと笑うと、付け加えるようにとつとつと語る。

「春斗さん。あかりさんが宮迫さんに入れ替わるのを待ってから、大会に出場しようとしなくても大丈夫だと思います」

「優香、どういうことだ?」

「えっ?」

優香の言葉に、春斗とあかりが相次いで訊いた。

だけど、優香はそれに答える代わりに自信に満ちた声で宣言した。

「あかりさんが、宮迫さんに入れ替わる時間は四時間ほどと一定ですよね」

「ああ」

どこか確かめるような物言いに、春斗は戸惑いながらも頷いてみせる。

優香は居住まいを正して、真剣な表情で続けた。

「でしたら、あかりさんが宮迫さんに入れ替わる間隔を見通して、大会に出場しましょう」

「いや、それが分からないから、困ってーー」

「いえ、こちらも一定の間隔があります」

いや、それが分からないから、困っているんだ。

そう告げる前に先じんで言葉が飛んできて、春斗は口にしかけた言葉を呑み込む。

首を一度横に振ると、代わりに春斗は不思議そうに優香に訊いた。

「一定の間隔がある?」

「はい。一週間ごとに同じサイクルを巡っているみたいです」

目を見開く春斗に、優香は当然のことのように続ける。

「そうなのか?よく、気がついたな」

「春休みに入ってからは、春斗さんと一緒にあかりさんのお見舞いに行っていましたから。それに、春斗さんのお父様にも確認しました。恐らくは、間違いはないと思います」

「俺は全く、気がつかなかったけどな」

きっぱりと断言してみせた優香に、春斗は困ったようにそう告げて顎に手を当てると、今度は真剣な表情でこう言った。

「優香。あかりと宮迫さんが入れ替わるサイクルについて、俺達にも詳しく教えてくれないか」

「はい」

どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は穏やかに微笑んだ。

そして一呼吸置いて、優香は淡々と続ける。

「ですが、その前に」

「その前に?」

「コンビニに行って、『ラ・ピュセル』のマスコットキャラ、ラビラビさんのラバーストラップを手に入れましょう」

静かにーーそして、どこまでも決意を込めた優香の言葉に、春斗は思わず、ふっと息を抜くような笑みを浮かべる。

「…‥…‥優香は、本当に『ラ・ピュセル』のラビラビが好きだな」

「ラビラビさん、可愛いもの」

呆れた大胆さに嘆息する春斗に、あかりは優香の代わりにそう答えた。頬をふわりと上気させて嬉しそうに笑う。

その言葉を聞いた途端、優香は嬉しそうにぱあっと顔を輝かせて両手を打ち合わす。

「あかりさん、そうですよね。ラビラビさんは可愛いです」

「うん」

『ラ・ピュセル』のラビラビ談義に花を咲かせる二人を前にして、春斗はこれからコンビニに赴いた際に起こる出来事の一環をふと思い浮かべてしまい、今更ながらにため息を吐いたのだった。

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