第七十九話 二人が繋がる音
「お兄ちゃん、優香さん、すごい人だね」
春斗に車椅子を押されて、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会の会場にたどり着いたあかりは、感慨深げに周りを見渡しながらつぶやいた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会当日、春斗達は新幹線とバスを乗り継いで、大会会場であるドームを訪れていた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会。
それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式の大会と同様に、『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で正式にランキング入りを果たした者だけが出場できる仕組みになっていた。
『チェイン・リンケージ』のプレイヤーはもとより、大ヒットゲームの最大の公式大会ということで、全国各地から集まった参加者も、そして観客の数も半端なかった。
「本当、すごい人だな」
あかりの言葉に、春斗は頷き、こともなげに言う。
そんな彼らのあちらこちらから、他の参加者達と観客達の声がひっきりなしに飛び込んでくる。
その時、不意に、りこの声が聞こえた。
「優香、春斗くん、あかりさん!」
「今生」
「りこさん、こんにちは」
「りこさん」
大会の受付前で、ゲーム関係の取材を受けながら、りこ達は春斗達を視界に収めて歓喜の声を上げた。マイクを持ちながら楽しげに軽く敬礼するような仕草を見せたりこと『ゼノグラシア』のメンバー達に、春斗とあかりと優香はひそかに口元を緩める。
春斗は『ゼノグラシア』のファン達で盛り上がっている周囲の様子を見渡すと、ずっと思考していた疑問をストレートに言葉に乗せた。
「今生は、チーム戦本戦から俺達のチームに加入するかたちになるんだよな」
「そうそう。春斗くん達のチーム、『ラ・ピュセル』に加入したりすることになるのはチーム戦本戦からだよ。もちろん、チーム戦本戦で春斗くん達のチームと対戦する時は、りこは『ゼノグラシア』に戻らないといけないんだけどね」
「そうなんだな」
おどけた仕草で肩をすくめてみせたりこに、春斗は困ったように眉をひそめてみせる。
すると、りこは決まり悪そうに意識して表情を険しくした。
「春斗くん。今度こそ、りこ達が勝つからね」
「いや、次も負けない」
「ううん、次こそは、りこ達が勝つ!」
春斗がそう言い切ると、りこは当然というばかりにきっぱりとこう答えた。
彼女らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべるとさらに言葉を続ける。
「ーーそれにしても」
横に流れかけた手綱をとって、優香は春斗達にだけ聞こえる声で静かに告げる。
「麻白さん達はあの後、大丈夫だったのでしょうか?」
優香の言葉に、春斗は玄達と一緒に訪れた遊園地での出来事を思い返し、深刻そうに答えた。
「分からない。ただ、大輝は麻白を誰にも渡したくない。だから、絶対に友樹達には負けないって告げていた」
「お兄ちゃん、優香さん。麻白に会ってーー」
「参加希望の方は、こちらにお並び下さい!」
麻白に会ってきてもいい?
そう告げようとしたあかりの言葉をかき消すように、突如、大会スタッフの声が春斗達の耳に響き渡る。
「春斗さん、あかりさん、りこさん、まずは受付に行って、参加登録をしましょう」
「ああ」
「うん」
「りこ達、『ゼノグラシア』の方は大会受付を済ませたから、あとは春斗くん達、『ラ・ピュセル』の方だね」
顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早に大会受付へと向かったのだった。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム登録を済ませた後ーー。
春斗達は大会の案内をおこなうりこ達と別れ、予選がおこなわれるステージにたどり着くと、すぐ近くの休憩スペースに赴いた。
大会参加者用の休憩スペースは、複数のモニター画面と、対面にソファー型の椅子が置かれただけの部屋だ。
休憩スペースのドアを開くと、春斗達が前もって呼びよせていた人物達は、すでにそこで待っていた。
「玄と大輝、そして…‥…‥」
「ううっ…‥…‥」
「麻白」
玄の後ろに隠れて、おろおろとしている麻白の姿を目の当たりにして、春斗は知らずそうつぶやいていた。
「おまえら、その、この間はありがとうな」
春斗の言葉に、大輝はそっぽを向くと、ぼそっとつぶやいた。
「あっ、大輝、照れている」
玄の後ろに隠れていた麻白に指摘されて、大輝は振り返ると不満そうに眉をひそめる。
「麻白、俺は照れてないぞ」
「大輝は相変わらず、順応性なさすぎだよ 」
「そんなことないだろう!」
麻白の嬉しそうな表情を受けて、大輝は不服そうに目を細めてから両拳をぎゅっと握りしめた。
「大輝らしいな」
笑ったような、驚いたような。
あらゆる感情の混ざった声が、玄の口からこぼれ落ちる。
「俺達も、玄達の隣の席に座るか」
「うん」
「はい」
きっぱりと告げられた春斗の言葉に、あかりと優香は嬉しそうに頷いてみせる。
玄達の隣の席のソファーに座った後、春斗は少し躊躇うようにため息を吐くと、ふと疑問に思ったことを口にした。
「そういえば、麻白のサポート役の人達はいないのか?」
「ああ。予選会場で待ってもらっている」
「そ、そうなんだな」
意外な事実に意表を突かれて、春斗は思わず言葉を詰まらせる。
少し間を置いた後、春斗は玄達に向き直ると、先程から思考していた疑問をストレートに言葉に乗せた。
「玄、大輝、麻白。遊園地に行った時、先に帰ってほしいって言われたけれど、あの後、大丈夫だったのか?」
「あいつらに宣戦布告してきた」
春斗の疑問に即答した大輝は、そのまま不満そうに淡々と続ける。
「たとえ、友樹が麻白と付き合っていても、俺は麻白が好きだからな」
「…‥…‥ううっ」
大輝の告白に、麻白が輪をかけて動揺する。
「この気持ちだけは、絶対に負けたくない!」
「…‥…‥そうか」
冗談でも、虚言でもなく、ただの願望を口にした大輝に、春斗は穏やかな表情で胸を撫で下ろすと口元に手を当てて考え始める。
それにしても、友樹さん達か。
遊園地で初めて会ったけれど、玄達と同じように、麻白のことを本当に大切に思ってくれている人達なのだと感じた。
だけど、大輝と麻白がうまくいくように協力する。
それは、麻白と麻白のサポート役の一人である友樹さんが別れることにも繋がる。
麻白と友樹さんは悲しみに暮れてしまうだろうし、だからといって、玄と大輝の願いを無下にするわけにもいかない。
春斗が目を細め、更なる思考に耽ろうとした矢先、不意に、あかりはぽつりとこうつぶやいた。
「ねえ、麻白」
「えっ?」
麻白のその問いかけに、あかりは車椅子の肘掛けをぎゅっと握りしめたまま、恥ずかしそうにそうつぶやくと顔を俯かせる。
しかし、このままでは話が先に進まないと思ったのだろう。
あかりは顔を上げると、意を決して口を開いた。
「私、また、麻白達と一緒に遊園地に行きたい」
「遊園地に?」
意外な言葉に、麻白は思わず唖然として首を傾げた。
あかりは嬉しそうに頷くと、さらに先を続ける。
「うん。すごく楽しかったから、また、麻白達と一緒に遊園地で遊びたいの」
あくまでも彼女らしいあかりの反応に、麻白はほっと安堵の息を吐くと、花咲くようにほんわかと笑ってみせる。
「うん。あたしもまた、あかり達と一緒に遊園地に行きたい」
「麻白、ありがとう」
麻白の言葉に、あかりがぱあっと顔を輝かせるのを見て、隣で傍観していた優香は思わず苦笑してしまう。
「あかりさん、嬉しそうですね」
「うん。嬉しんだもの」
優香の何気ない言葉に、あかりは嬉しそうに笑ってみせた。
「麻白も私と同じ気持ちだと分かって、すごく嬉しいの」
「そうですね」
周囲に光を撒き散らすような笑みを浮かべるあかりを、優香は眩しそうに見つめる。
玄は大輝とともに立ち上がると、いまだにあかりと楽しげに話している麻白の頭を、穏やかな表情で優しく撫でてやった。
「麻白、そろそろ行くか」
「うん」
麻白はほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、嬉しそうにはにかんだ。
「玄、大輝、麻白。今日はよろしくな」
春斗はそこまで告げると、立ち上がり、両手を握りしめて一息に言い切る。
「今度は、俺がーーいや、俺達、『ラ・ピュセル』が勝ってみせる!」
「出来るのならな」
内心の喜びを隠しつつ、玄は微かに笑みを浮かべた。
「私達も負けません」
「うん」
春斗に相次いで、優香とあかりもきっぱりと告げる。
「ああ」
玄が幾分、真剣な表情で頷くと、休憩スペースのソファーから立ち上がった麻白は嬉しそうに顔を輝かせて言った。
「玄、大輝、春斗くん達とのバトル、楽しみだね」
「…‥…‥ああ、そうだな」
「そんなの、返り討ちにするだけだ」
玄と大輝は二者二様でそう答えると、踵を返して麻白とともにその場から立ち去っていったのだった。




