第七十四話 自覚から始まる幼なじみの恋物語②
「大変な状況になってしまったな」
河川敷を歩きながら、春斗はしみじみとつぶやいた。
その言葉は、全てを物語っていた。
大輝と麻白がうまくいくように協力する。
それは、麻白と麻白のサポート役の一人である友樹さんが別れることにも繋がる。
麻白は悲しみに暮れてしまうだろうし、だからといって、玄と大輝の願いを無下にするわけにもいかない。
大輝から麻白とうまくいくように協力してほしいと頼まれたのだが、春斗の思考は堂々巡りで、一向に一つの意見にまとまってくれなかった。
感慨深く春斗が物思いに耽っていると、不意に優香が少し真剣な顔で声をかけた。
「春斗さん。宮迫さんに、麻白さんのサポート役の一人である友樹さんのことをお伺いしてみてはどうでしょうか?」
「宮迫さんに?」
目を見開く春斗に、優香は当然のことのように続ける。
「はい。宮迫さんは恐らく、麻白さんのサポート役である友樹さんのことを知っているはずです。きっと、私達よりも、友樹さんと麻白さんの交際のことを存じ上げているはずです」
「…‥…‥確かにそうだな」
春斗は拳を握りしめると、胸に灯った炎を大きく吹き上がらせた。
それでも、どうしても漏れてしまう笑みを我慢しながら、自嘲するでもなく、吹っ切るように春斗はがりがりと頭をかいて、
「なら、家に帰ったら、あかりにーー宮迫さんに相談してみるか」
と、一息に言った。
熱意に燃える春斗の様子を見て、優香は嬉しそうに、そして噛みしめるようにくすくすと笑う。
「優香、今日は確か、夕方から宮迫さんに変わるんだよな」
「はい」
気を取り直した春斗の強い気概に、優香が嬉しそうに頷いてみせたのだった。
河川敷から帰った後、春斗の母親から、帰宅後にあかりが琴音に変わったということを聞かされた春斗は、優香とともに慌ててあかりの部屋のドアを開けた。
「あかり!」
「あかりさん!」
「春斗、天羽」
あかりがそうつぶやくと同時に、優香は目を細めて何やら難しい顔をすると隣にいた春斗に一瞬、視線を向けてから、ようやく安堵の息をついた。
「春斗さん。どうやら、今は宮迫さんバージョンのあかりさんみたいですね」
「ーー優香。あかりがーーいや、宮迫さんが驚いているぞ」
片手で顔を押さえていた春斗は、呆気に取られているあかりの視線に気づくと朗らかにこう言った。
「あの、宮迫さん、聞いてもいいかな?」
「うん?」
春斗がざっくりと付け加えるように言うと、あかりはきょとんとした顔で目を瞬かせた。
「麻白のサポート役である友樹さんってどんな人なんだ?」
「ーーっ」
核心を突く春斗の言葉に、あかりは思わず目を見開く。
恐らくそれが、この場で最も重要なことだろう。
宮迫さんは、あの魔術を使う少年のことを知っている。
つまり、麻白のサポート役の人達とも知り合いのはずだ。
八方塞がりな状況に悩みに悩んだ春斗達が導き出した結論は、琴音に麻白のサポート役の一人である友樹のことを聞くという儚きものだった。
しかし、この結論さえも何の根拠もないものだと分かり得ている。
だが、それでも、玄と大輝の悩みを少しでも解消したいと春斗達は思ったのだ。
あかりは複雑そうな表情で視線を落とすと熟考するように口を閉じる。
だが、その問いに答えたのはあかりではなかった。
「宮迫さん。今日、玄さんと大輝さんから、麻白さんのことでご相談を承りました」
「麻白のことで?」
「はい」
あかりの問いかけにこくりと頷いた優香は、何のてらいもなく言った。
「何でも、玄さんのお父様から、麻白さんと麻白さんのサポート役の一人である友樹さんが付き合っているということをお伺いしたそうなんです」
「なっーー」
予想もしていなかった優香の言葉に、あかりは虚を突かれたように呆然とする。
春斗は優香の方に振り返ると、一呼吸置いてから付け加える。
「だから、その友樹っていう人がどんな人なのか、知りたかったんだ」
「…‥…‥そうなんだな」
詳しい事情を聞こうとした春斗に、あかりは言いにくそうに意図的に目をそらす。
その様子を見て、優香は少し困ったように頬に手を当ててため息をつくと、朗らかにこう言った。
「宮迫さん。友樹さんについて、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「悪い。…‥…‥やっぱり言えないんだ。俺の方で、いろいろと事情があって」
「分かりました。では、宮迫さん。せめて、お話できることだけをお聞かせ頂くことはできませんでしょうか?」
優香の重ねての問いかけに、あかりは観念したようにため息を吐いた。
「…‥…‥分かった」
吹っ切れたような言葉とともに、あかりはまっすぐに春斗と優香を見つめる。
「玄達が言ったとおり、友樹と麻白は付き合っている」
「ーーっ」
聞いた瞬間、思わず心臓が跳ねるのを春斗は感じた。知らず知らずのうちに、拳を強く握りしめてしまう。
「友樹は、俺達と同じようにゲームが得意で、俺も何度か負けたことがあるんだ」
「宮迫さんに勝つなんて、かなりの実力者なんだな」
「そうですね」
膝の上に置いた手を握りしめていたあかりが、隣に立っている春斗と優香の言葉でさらに縮こまる。
あかりは躊躇うように、顔を上げて言葉を続けた。
「友樹はーーそして、麻白のサポート役のみんなは、いつも俺と麻白のために全力で協力してくれる大切な存在なんだ」
「そうなんだな」
あかりの説明に、春斗は軽く頷いてみせる。
「俺と麻白は、麻白のサポート役であるみんなにすごく感謝している。いつも助けてもらっているんだ」
「宮迫さん。話してくれてありがとう」
「宮迫さん、ありがとうございます」
あかりの決意のこもった言葉に、春斗と優香が意を決したようにあかりの手をつかんで言った。
「宮迫さんと麻白が、そこまで信頼している人なんだな」
「素敵な方なんですね」
「ああ」
胸に滲みるように安堵の表情を浮かべる春斗と優香に、あかりは俯いていた顔を上げると物憂げな表情を収め、楽しそうに小さな笑い声を漏らした。
「ありがとうな、春斗、天羽」
「はい」
優香が嬉しそうに、くすりと笑ってそう答える。
しばらく視線をさまよわせた後、春斗はぽつりとつぶやいた。
「大輝の告白のことは、宮迫さんには話せそうもないな」
「うん?」
「何でもない」
困惑したように首を傾げてみせるあかりに、春斗はほのかに頬を赤くし、ごまかすように早口で言った。
「あかり、優香。そろそろ、夕食ができる頃だし、リビングに行くか」
「ああ」
「そうですね」
目をぱちくりと瞬いたあかりをよそに、春斗はあかりを抱きかかえると、そのまま優香のもとへと歩いていった。
優香も頬をゆるめて、ゆっくりと春斗達の方へと歩み寄り、お互いの距離を縮める。
そして、ニ人に支えられながら、あかりは夕食を食べるため、リビングへと向かったのだった。
「あれ…‥…‥?」
春斗は優香とともに、あかりをリビングのソファーに降ろすと、真っ先に疑問に思ったことを口にした。
「今日は、優香も家で一緒に夕食を食べるんだな」
エプロン姿で、優香の料理もいそいそと並べている春斗の母親の姿を目の当たりにして、春斗は知らずそうつぶやいていた。
「はい。今日も、お父さんとお母さんの帰りが遅いみたいなんです」
「そうなんだな」
静かにーーそして、どこか悲しそうにつぶやいた優香の言葉に、春斗はわずかに目を見開いた後、神妙な表情で言う。
優香の両親は共働きをしているため、仕事で両親の帰りが遅い時は、親戚の春斗の家で、優香は一緒に夕食をとるようにしていた。
「春斗さん、宮迫さん、見て下さい。ラビラビさん型のウインナーです」
優香はラビラビのウインナーが置かれている皿を掲げると、誇らしげに笑みを浮かべてみせた。
「今日は、ラビラビのウインナーがあるんだな」
「すごいな」
「宮迫さん、そうですよね。ラビラビさんのウインナーはすごいです」
呆れた大胆さに嘆息する春斗とあかりをよそに、優香はラビラビのウインナーを見つめて歓声を上げる。
テーブルには、所狭しと夕食の料理が置かれていた。
ラビラビのウインナーとポテトサラダ。麦茶が入ったポットとコップ。そして、メインディッシュとして、ステーキが置かれてある。
ラビラビのウインナーは、人気ゲームのキャラをモチーフに、食品会社が新たに開発したものらしい。
「あの、宮迫さん。少しよろしいでしょうか?」
「うん?」
優香はラビラビのウインナーを横目に、あかりにそっと耳打ちする。
あかりがそれに了承すると、二人は互いに見つめ合って笑みを浮かべた。
春斗が不思議そうにしていると、あかりと優香は少し照れくさそうにラビラビのウインナーを差し出してきた。
「ほら、春斗」
「あの、春斗さん、どうぞ」
「あっ、いや、自分で食べるから」
あかりと優香の懇願に、春斗は少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。
「春斗、また、昔みたいに、あかりと半分こで好きはだめですからね」
いつもどおりの春斗達の反応に、春斗の母親はほっと安心したように優しげに目を細めて、春斗達を見つめていたのだった。




