第七十三話 自覚から始まる幼なじみの恋物語①
「麻白にラブレター?」
「はい。浅野先輩は、麻白さんと幼なじみだと聞きました。どうかよろしくお願いします」
「麻白さんが一生懸命、歌っている姿がいいなと思いました」
放課後、行く先々で麻白のファンだと名乗る少年達から思いもよらない言葉を告げられて、大輝はただただぽかんと口を開けるよりほかなかった。
すべてはその騒動から始まった。
「あの、浅野くん、カラオケはどうかな?」
「わ、私は遊園地の方がいいと思う」
「浅野、やっぱり、ゲームセンターにしようぜ!」
春斗が輝明と一緒に、玄達とオンライン対戦を終えてから一週間後ーー。
少し遅れて登校した春斗が玄達の机の方に視線を向けると、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦優勝チーム『ラグナロック』の二人は、相変わらずクラスメイト達から熱烈な歓待を受けていた。
あっという間にできた人だかりに応えるように、玄の前の席に座っていた大輝が動く。
だが、玄ではなく、大輝に集中してクラスメイト達が話しかけているという、いつもとは違う雰囲気に、春斗は怪訝そうに眉をひそめてみせる。
「みんな、今日はやけに大輝に話しかけているな」
「春斗さん、おはようございます」
「優香」
とその時、後ろにいた優香が殊更、深刻そうな表情で、春斗に声をかけてきた。
「放課後、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「優香はあの騒ぎについて、何か知ってーー」
「さあ、みんな、席につけ!ホームルームはとっくに始まっているぞ!」
「「はーい」」
春斗が何かを告げる前に、春斗のクラスの担任が来てクラス全体を見渡すようにしてそう告げると、クラスメイト達はしぶしぶ自分の席へと引き上げていった。
「それでは春斗さん、また、後で」
「ああ」
丁重に一礼すると、そのまま、迷いのない足取りで自分の席へと戻っていく優香に倣って、春斗も自分の席に座る。
始業のホームルームが始まると、春斗は先生によってホワイトボードに書き込まれる学校側からの知らせなどを眺めながら、先程の不自然な大輝とクラスメイト達との会話を思い出す。
いつもは対応に追われている玄の代わりに、大輝がクラスメイト達に話しかけているスタンスなのに、今日は大輝の方がクラスメイト達の対応に追われていたな。
春斗が一人、思い悩んでいると、不意に春斗の携帯が震えた。
春斗が携帯を確認すると、先程、会話をしたばかりの優香からのメールの着信があった。
『春斗さん、今朝、玄さんと大輝さんから、麻白さんのことでご相談を承りました。放課後、玄さん達に会って、麻白さんのことについて相談しましょう』
そのメールの内容に、春斗は思わず、目を丸くした。
「…‥…‥玄達と?」
春斗がたまらず、そうつぶやくと、再び、優香からのメールの着信が来る。
『詳しいことは、大輝さんがお話しされると思いますが、どうやら大輝さんが麻白さんに告白されるそうなんです』
「告白って…‥…‥」
春斗がたまらず、そうつぶやくと、再び、優香からのメールの着信が来る。
『麻白さんがテレビで、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌を歌ってから、他の方々にひっきりなしに麻白さんのサイン、そして、麻白さんとの交際を求められるようになってしまったそうなんです。でも、大輝さんは、それが辛かったんです』
「ーーっ。それって、大輝は麻白のことが好きっていうことなのか?」
そのメールの内容に、春斗は目を見開いた。
春斗は思わず、そのまま、立ち上がりそうになって、自分で自分の手を掴むことで抑え込む。
とその時、不意に感じた横からの視線ーー。
振り返った春斗は、そこで大輝と目が合ってしまう。
途端に大輝はすぐに視線をそらし、一度だけ携帯をちらりと見てから、まるで顔を覆い隠すかのように机に突っ伏した。ふと、携帯を見つめていた時に一瞬だけだが、ほのかに頬を赤く染めていたような気がする。
大輝の一連の行動に一瞬、呆気に取られた春斗だったが、そこで以前、見せてもらった大輝の携帯の待受画面に写っていた玄と大輝、そして、 麻白の写真を連想してしまう。
だからこそ、
「春斗、優香、すまない」
「その、ちょっといいか?」
放課後になると同時にかけられた、玄と大輝の声は無視することができなかった。
玄達に連れられて訪れた河川敷は、夕方だというのに人気のない場所だった。
大輝はそれでも人影がないか確認してから、おもむろに口を開く。
「春斗、優香、頼む!友樹ーーいや、麻白のサポート役のことで、相談に乗ってくれないか?」
「麻白のサポート役の人達のことで?」
「麻白さんのことではないのでしょうか?」
予想もしていなかった大輝からの突然の懇願に、春斗と優香は思わず唖然として首を傾げた。
だが、大輝はそれには返事を返さずに、さらに先を続ける。
「麻白の歌がテレビで生放送されたことで最近、俺と玄は麻白のファンを名乗る奴らから、麻白宛てのラブレターをよくもらうようになったんだ」
「そ、そうなんだな」
「そうなんですね」
そう言ってひらひらと手を振る大輝に、春斗と優香は呆然とした表情で言葉を返すことしかできなかった。
大輝は玄を見て、さらりと言う。
「まあ、そこまでは麻白のラブレターの量が多くなったというだけでいつものことなんだけど、問題はここからなんだよ」
「問題?」
「ああ」
春斗の問いに大輝がざっくりと答えると、玄は少し逡巡してから頷いた。
「春斗達とオンライン対戦をした後、父さんから、テレビで生放送された時の麻白と拓達ーー麻白のサポート役の様子を聞くことができたんだ」
「そしたら、麻白は、友樹ーー麻白のサポート役の一人と付き合っているっていうんだ!」
玄の言葉に付け加えるように、大輝が不服そうに鋭く声を飛ばした。
春斗は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いをにじませる。
「麻白と麻白のサポート役の人が付き合っている?」
「ああ。その事実を聞いた時、俺、いてもたってもいられなくなって、その場から逃げ出したんだ」
春斗の言葉に、大輝は視線を逸らすと暗くつぶやいた。
玄の父親からその事実を聞かされた時、大輝は一瞬、玄の父親が何を言っているのか分からなかった。
だが、大輝の中で麻白に彼氏がいるという残酷な事実が、徐々に現実を帯びてくる。
「ーーっ」
玄の家族の制止を振り切り、大輝は玄のマンションを出ると、そのまま逃げるようにして家に戻った。
自分の部屋に戻っても、麻白に伝えきれなかった言葉が喉で絡まり、出口を失った気持ちだけが心の中で暴れ回っていた。
麻白が、友樹と付き合っている?
なんの冗談だよ?
どうして、こんなことになっているんだ。
麻白が誰かと付き合っているなんて、嫌だ。
嘘だと言えよ!
頼むから、誰か言ってくれ!
そんな、あらゆる想いと悪態が、大輝の中でぐるぐるとめぐっていた。
しかし、膝に顔を埋めると、大輝は悲愴な表情で、ただ一つの言葉だけを吐き出した。
「俺は、麻白が好きだ」
だが、それはもう叶わぬ願いだ。
麻白は、友樹と付き合っている。
大輝の想いが、麻白に届くことはない。
このまま、大輝が何もしなければ、変わることはない現実だーー。
だからこそ、大輝は麻白に自分の想いを伝えようと思った。
麻白は、大輝から告白されて困るかもしれない。
麻白のサポート役である拓と友樹と、険悪なムードになるかもしれない。
だけど、麻白を誰にも渡したくなかった。
ただそれだけの想いが激しく大輝の心臓を打ち鳴らし、ひとかけらの冷静さをも奪い去ってしまった。
麻白の笑った顔も、泣いた顔も、恥ずかしがる顔も、ふて腐れた顔も、全てが愛おしいと感じる。
不意に、大輝は麻白がよく言っていた言葉を思い出す。
『大輝は相変わらず、たっくん達に対して、順応性なさすぎだよ』
聞こえるはずのない、どこまでも嬉しそうな麻白の笑い声がこだまする。
当たり前だ。
俺は、あいつらに嫉妬していたんだからな。
「春斗、優香」
大輝はそこまで告げると、視線を床に落としながら請う。
「頼む!俺と麻白がうまくいくように協力してくれないか?」
「麻白と?」
「麻白さんと?」
そうして口にされたのは、思いもよらない言葉だった。
これには春斗も、横で話を聞いていた優香も唖然とした。
「俺は、麻白を誰にも渡したくない!渡したくないんだ!」
「春斗、優香、迷惑をかけてしまってすまない。だが、妹の事情を知るためにも協力してほしい」
「ーーっ」
「…‥…‥玄さん、大輝さん」
悲しみのこもった涙が大輝の頬から流れる中、玄は躊躇うようにこう続けた。
目を丸くし、驚きの表情を浮かべた春斗と優香を見て、玄も粛々と頭を下げる。
夕闇色に染まる河川敷に、冷たい風が薙いでいた。




