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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
7/126

第七話 空想の淵ではぐれても、いつか必ず見つけてみせる ☆

流れ出る血は止まらない。

その日、彼をかばって彼女は死んだ。

雨に打たれ、灰色に濡れた体はついに動くことを諦める。

『車に跳ねられそうになった兄をかばった少女の事故死』。

それは、世界の端っこで起きた小さな悲劇。

だけど、彼らにとっては何よりも堪えがたい事実だった。

妹を目の前で失った兄は、苦しそうに顔を歪める。

「麻白!麻白!」

彼は彼女の頬に手を触れると、もう二度と目覚めることのない彼女の意識に何度も呼びかけた。

挿絵(By みてみん)

「…‥…‥ま、麻白」

一転として混沌と化す現実に、彼らとともに歩いていた彼らの父親が呆然と立ち尽くす。

娘が帰らぬ人になったのは、つい先程のことだった。

「あああああああああああああああっ!!誰か、誰か、麻白を助けてくれ!!」

それを息子とともに、見届けることになってしまった彼女の父である彼がーー黒峯蓮馬が発した叫びにーー嘆きに、応えてくれる者は誰もいなかった。






「…‥…‥あ、あの、宮迫さん。俺達のチーム名は『ラ・ピュセル』にしようと思うんだ」

それは、春斗のそんな言葉から始まった。

家でゲーム機のコントローラーを動かすための指先のリハビリの練習をしている時に、あかりが琴音に代わったことに気づいた春斗は開口一番、そう告げた。

「ラ・ピュセル?」

憑依した途端にそう告げられて呆気にとられたようなあかりを見て、春斗もまた決まり悪そうに視線を落とす。

「昨日、あかりと優香と一緒に考えた、俺達のチームの名前だ」

「『ラ・ピュセル』って、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の前に発売されたゲームのタイトルだよな」

春斗の言葉に、あかりは昔を懐かしむように明るい笑顔で語る。

「いいんじゃないか」

「…‥…‥宮迫さん、ありがとう」

吹っ切れたような表情を浮かべるあかりに、春斗はふっと息を吐き出した。そして引き締めていた口元を少し緩めると、さもありなんといった表情で言った。

「あかりに憑依したのが、宮迫さんで本当に良かった」

「うん?」

「何でもない」

困惑したように首を傾げてみせるあかりに、春斗はほのかに頬を赤くし、ごまかすように早口で言った。

「あの、宮迫さん。良かったら、今から俺と対戦しないか?」

「対戦?」

あまりに唐突すぎる春斗からの誘いに驚いているのか、ツインテールを揺らしたあかりは明らかに戸惑った顔をしていた。

春斗はごまかすように頬を撫でると、さらに言葉を続ける。

「あっ、その、今まであかりと対戦していたんだけど、もし宮迫さんが良かったら、このまま、対戦を続けたいなと思って」

「そうなんだな」

宮迫さんと、もう一度、対戦してみたいーー。

あかりの率直な答えに、春斗は思わず、熱くなりかけた思いを押さえて長く息を吐く。

あかりはゲーム画面に表示されているキャラを見て、不思議そうに小首を傾げた。

「あかりが使用しているキャラは、この固定キャラなんだな」

「ああ、あかりは宮迫さんが使用しているキャラに似ている、この小柄な少女キャラがお気に入りなんだ」

春斗の答えに、あかりは目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。

戸惑うあかりをよそに、春斗は先を続ける。

「それに、この固定キャラの使用武器は、宮迫さんが使用しているキャラと同じ剣だから、宮迫さんにとっても使い勝手がいいんじゃないかなと思ったんだろうな」

「そうなんだな」

屈託のない笑顔でやる気を全身にみなぎらせたあかりを見て、春斗は胸に滲みるように安堵の表情を浮かべる。

その時、あかりが思いついたというようにぽろりとこう言った。

「春斗はどんなキャラを使っているんだ?」

「俺は、宮迫さんと同じくカスタマイズしたキャラを使っている」

あかりのその問いかけに、春斗は少し照れくさそうに答える。

「まあ、今のところは、俺の全勝だけどな」

「なら、次からは俺が勝ち越してみせる」

春斗が態度で勝ちを報告してくると、あかりは当然というばかりにきっぱりと告げた。

彼女らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべるとさらに言葉を続ける。

「次も負けない」

「いや、次は俺が勝ってみせる」

春斗とあかりは互いに向かい合うと、不敵な表情を浮かべながら、しばし睨み合った。

不意に、春斗はゲーム画面に視線を戻すと、コントローラーを構え直して『デュエルマッチ』を選択する。

あかりも軽くため息を吐き、右手を伸ばした。コントローラーを手に取って正面のゲーム画面を見据える。

「レギレーションは、一本先取でいいかな?」

「ああ」

春斗の言葉にあかりが頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。


ーーバトル開始。


ぴりっとした緊張感とともに、春斗のキャラがまっすぐ、あかりのキャラをまるで睨んでいるようにして短剣を構える。

対するあかりのキャラは軽く首を傾げると、春斗のキャラを静かに見つめた。

まさに、一触即発の状態ーー。

そんな中、先に動いたのは、あかりのキャラだった。

「ーーっ!?」

春斗のキャラは手にした短剣であかりのキャラの初撃を受け止めるも、先程までとは違い、予想外の衝撃によろめく。

続く彼女のキャラの追撃に対応が遅れるも、春斗はその斬撃を間一髪のところで回避してみせる。

しかし、あかりの追撃はそれで終わらなかった。

あかりのキャラはすかさず春斗のキャラの懐に入り込むと、二度目の斬撃を春斗のキャラに見舞わせた。

ガクンと体勢を崩した春斗のキャラにあかりのキャラがさらに追撃を入れようと踏み込んだところで、春斗は短剣で下段から斬り上げを入れようとするが、それは彼女に読み切られていた。

半身そらしただけで回避したあかりのキャラが、斬り下ろしの一撃を春斗のキャラに見舞わせる。

春斗はたまらず、バックステップを用いて彼女のキャラから大きく距離を取った。

「…‥…‥さすがに強いな」

少なくはないダメージエフェクトを放出しながらも、紙一重で致命傷を避けた春斗が、今度はこちらから仕掛けようとしたーーその時だった。

春斗達がゲーム画面を見据えていると、不意に春斗の部屋のドアが開いた。

「春斗、あかり。少し休憩しなさい」

部屋に入ってきた春斗の母親から言葉を投げかけられて、あかりはゲームを一旦、停止するとコントローラーを置き、春斗から春斗の母親へと視線を向ける。

持ってきた紅茶をテーブルに置くと、春斗の母親は不安そうにあかりに声をかけてきた。

「あかり。体調は大丈夫なの?」

「ああ」

あかりがてらいもなくそう答えると、春斗の母親はきゅっと目を細めて頬に手を当てた。

「あら、今は宮迫さんなのね」

「…‥…‥ごめん、驚かしてしまって…‥…‥」

「気にしないで。あなたはもう、私達の娘なんだから」

吹っ切れたような言葉とともに、春斗の母親はまっすぐにあかりを見つめる。

「…‥…‥ありがとうな」

そう言葉をこぼすと、あかりは滲んだ涙を必死に堪える。堪えた涙は限界を越えそうになっていた。

それでも、あかりは目元を拭い、前を見つめながら言葉を続けた。

「俺、春斗達に出会えてよかった」

「宮迫さん、俺も、いや、俺達も宮迫さんと会えてよかった」

「ーーっ」

目をぱちくりと瞬いたあかりをよそに、春斗はあかりを抱きかかえると、そのまま春斗の母親のもとへと歩いていった。

春斗の母親も頬をゆるめて、ゆっくりとあかりの方へと歩み寄り、お互いの距離を縮める。

春斗と琴音が憑依したあかりと春斗の母親の、心地よい会話のやり取りーー。

まるでそれは本当の家族のようでーー、一時帰宅を許された娘を母親と兄が抱擁し喜び合う、感動の光景のようでもあったーー。





「麻白」

玄は先程、訪れた病院を見遣り、ぽつりとつぶやいた。

あれからーー、妹が死んでから、数日が経とうとしていた。

妹とともに大会に出る約束をしてから、玄は妹と大輝と一緒にオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会のチーム戦を優勝した。

そして、さらに、これから第三回公式トーナメント大会が始まろうとしている。

だが、そこにはいくら願っても、妹の存在はどこにもいない。

「どうして、いなくなる」

玄の脳裏の中には今もずっと、麻白の顔と声がぐるぐると巡り続けていて、いつもいつの間にか、妹が救急車で運び込まれた総合病院に赴いてしまっている。

これからも、時が廻り、季節が廻っても、玄は妹のことを忘れることができないだろう。

妹が運び込まれた病院の近くで、いなくなった妹の幻影を見ながら、今日も戻ってくることのない彼女の帰りを待っている。


いつかーー。

いつかきっと、また前のような家族の日常が訪れることを願ったままーー。


「お兄ちゃん、また、ゲーム、教えてね」

「ああ。でも、あかり、あんまり無理はするなよ」

車から下ろされて、春斗に車椅子を押されながら病院の入口にたどり着いたあかりは、感慨深げに周りを見渡しながらつぶやいた。

聞き覚えのあるその声に、玄は思わず、病院の入口の方を振り返ってしまう。

「うん。お兄ちゃん、ありがとう」

不意に玄には、そう言って嬉しそうに笑うあかりの姿が、かっての麻白の姿と重なってみえた。


『玄と大輝が順応性なさすぎ』


聞こえるはずのない、どこまでも嬉しそうな妹の笑い声がこだまする。


それは、ただの気のせいだったのだろうかーー。

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