第六十九話 遠いパートナーに永遠を感じた①
ゲームセンターでりこ達、『ゼノグラシア』に勝利することができた春斗達は、ショッピングモールのイベントステージに出るりこ達と別れた後、バス停にたどり着くと、ベンチに座って一息ついていた。
「今生の固有スキル、『ヴァリアブルストライク』、すごかったな」
「はい。りこさんの固有スキルはすごかったです」
春斗が何気ない口調でそう告げると、優香は嬉しそうに鞄につけているラビラビのラバーストラップをぎゅっと抱きしめる。
「それにしても、今生の固有スキルはすごい技なのに、あまり使われていないんだな」
「そうですね。きっと、りこさんはあえて使っていなかったのだと思います」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
「前にりこさんが固有スキルを使用した後、対戦チームから集中攻撃を受けてしまったことがあるんです」
「…‥…‥はあ。確かに、チーム全員が至近距離にいて、しばらく硬直するのはかなり厳しいよな」
あっさりと告げられた優香の言葉に対して、春斗は呆れたようにむっと眉をひそめる。
その時、車椅子に乗ったあかりが思いついたというようにぽろりとこう言った。
「なあ、春斗、天羽。俺の固有スキルを使ったら、今生の固有スキルを使用した後に起こる硬直は解除できるんじゃないのか?」
「あかりのーー宮迫さんの固有スキル、『オーバー・チャージ』か!」
「その方法がありましたね」
あかりの提案に、春斗と優香は目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。
戸惑う春斗達をよそに、あかりは先を続ける。
「ああ。一人しか解除できないけれど、少なくとも対戦チームからの集中攻撃は防ぐことはできると思うんだ」
「そうだな」
「はい」
屈託のない笑顔でやる気を全身にみなぎらせたあかりを見て、春斗と優香は顔を見合わせると胸に滲みるように安堵の表情を浮かべた。
「とにかく、今生の固有スキルを軸に、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦に挑もうと思っている」
「ああ」
「はい」
きっぱりと告げられた春斗の言葉に、あかりと優香は嬉しそうに頷いてみせる。
すると、春斗はそんな二人の気持ちを汲み取ったのか、頬を撫でながら照れくさそうにぽつりとつぶやいた。
「まあ、今生はオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の名誉チームのリーダーだから、何かと忙しいだろうし、いろいろと時間を調整しながら特訓するしかないな」
「はい。そうですね」
照れくさそうにそう付け足した春斗に対して、優香は胸のつかえが取れたようにとつとつと語る。
そんな中、あかりは車椅子を動かして、反対方面のバス停に歩いてくる人物を見ると、不思議そうに小首を傾げた。
「うん?あれって、三崎カケルさんだよな?」
「なっ!?」
「三崎カケルさんも、これからバスに乗られるのでしょうか?」
あかりの言葉に、春斗と優香は動揺をあらわにしてつぶやいた。
だが、すぐに、あかりは少し名残惜しそうな表情を浮かべると空を見上げる。
「俺はもうすぐ、あかりに変わるから三崎カケルさんとは話したりすることはできないけど、あの様子だときっと、俺達とは逆方面のバスに乗るんだろうな」
「そうだな。もうすぐバスが来るけれど、三崎カケルさんとは一度、話してみたかったから、今から反対方面のバス停に行ってみるつもりだ」
あかりの言葉に、春斗は昔を懐かしむように明るい笑顔で語る。
「そうなんだな」
「…‥…‥ああ。宮迫さん、今日は一緒に対戦してくれてありがとう」
吹っ切れたような表情を浮かべるあかりに、春斗はふっと息を吐き出した。そして引き締めていた口元を少し緩めると、さもありなんといった表情で言った。
「おかげで、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦、本当に優勝できるかもしれない」
「春斗、ありがとうな」
春斗の言葉に、車椅子を動かしていたあかりが髪をかき上げる。
「春斗、天羽。そろそろ、あかりに変わるみたいだ…‥…‥」
「そうか」
「そうですか」
隣に立っている春斗達にそう答えると、あかりはバス停の端に移動するために車椅子を動かし、くるりと半回転してみせた。だがすぐに、うーん、と眠たそうに目をこすり始めてしまう。
眠気を振り払うようにふるふると首を振ったものの効果はなかったらしく、結局、あかりは車椅子にぽすんと寄りかかって目を閉じてしまった。
そのうち、先程より幼い顔をさらしたあかりが、すやすやと寝息を立て始める。
その様子を見て、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。
そして一呼吸置いて、春斗は淡々と続けた。
「優香。麻白が完全に記憶を取り戻したことは、この間、麻白がオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌を歌った特別番組ーーテレビで伝えられていたよな」
「はい。いまだにメディア、そして、ネット上などでは、麻白さんの話題で持ちきりです」
どこか確かめるような物言いに、優香は戸惑いながらも頷いてみせる。
すると、春斗は少し躊躇うようにため息を吐くと複雑な想いをにじませた。
「なら、三崎カケルさんには、今は麻白に会わせられないという玄達の事情を話しておいた方がいいかもしれないな」
「…‥…‥そうですね」
感慨深げに、優香は遠目に見えるカケルを見つめながら頷いたのだった。
「待ってくれ、三崎カケルさん!麻白のことで話したいことがあるんだ!」
「ーーっ」
麻白のことで話したいことがある。
そう言って、バスに乗り込もうとしていたカケルを呼び止めたのは春斗達だった。
「黒峯麻白さんのこと?」
春斗のその言葉に、バスから降りたカケルが驚愕にまみれた声でつぶやく。
春斗は真剣な表情のまま、さらに言い募った。
「ああ。そのことで、三崎カケルさんに伝えておきたいことがあるんだ」
「おまえらって確か、黒峯玄さん達と知り合いだったよな?」
「ああ。玄達とは同じクラスだ。そして、麻白とも何度か会ったことがある」
あっさりと告げられた春斗の言葉に対して、カケルは身を乗り出して前傾姿勢になる。
そして、両拳を突き上げて興奮気味に言葉を続けた。
「…‥…‥そ、そうなのか!俺、ずっと、黒峯玄さんと黒峯麻白さんに謝りたいと思っていたんだけど、会わせてもらえなくて困っていたんだ!黒峯麻白さんに何度か、オンライン対戦を申し込んだんだけど、返事をもらえなくてーー」
「あっ、その、三崎カケルさん。ここは人目があるから、少し場所を変えてもいいかな?」
「あ、ああ。取り乱してごめんな」
まとまらない思考をそのまま垂れ流したカケルに、春斗は小声でいさめる。
ーーその時だった。
「う、う~ん」
カケルの声で起きたのか、立派な寝癖がついた髪をかき上げながら、海のように明るく輝く瞳をした少女ーーあかりが眠たそうに目をこする。
カケルと会う間に、琴音からあかりに戻ったのだが、あかりはゲームセンターの対戦で身体的に疲れていたらしく、そのまま眠ってしまっていたのだ。
「お兄ちゃん、優香さん、おはよう」
「おはよう、あかり…‥…‥って、もうお昼だけどな」
「…‥…‥えっ?もう、お昼なの?」
春斗に指摘されたことにより、今の時刻がもう昼だと察したあかりは、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに顔を俯かせる。
いつもどおりの妹の反応に、春斗は特に気に止めた様子もなく、むしろまたか、と呆れたようにため息をつく。
あかりはきょろきょろと周囲を見渡し、自分の置かれている状況に気づくと、呆然とした表情で目を丸くした。
「お兄ちゃん、な、何で私、ここにいるの?どうして、三崎カケルさんがいるの?」
狼狽する妹の様子に、春斗は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。
「はあ…‥…‥。今生達、『ゼノグラシア』との対戦が終わった後、三崎カケルさんと会ったんだ。いい加減、慣れろよな」
「…‥…‥慣れないもの」
曖昧に言葉を並べる春斗に、あかりは不満そうな眼差しを向ける。
不服そうな妹をよそに、春斗は少し言いにくそうに軽く肩をすくめてみせた。
「あかり。今から、麻白のことを話すことになると思う」
「あかりさん、起きたばかりなのにすみません」
「ううん、お兄ちゃん、優香さん、ありがとう」
春斗と優香の謝罪を受けて、あかりは少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。
そこで、カケルは優香の台詞の不可思議な部分に気づき、あかりをまじまじと見た。
「うん?起きたばかりって、ゲームセンターの時から起きていたよな?」
「あかりには、下半身不随による歩行障害、小学生中学年並みの学力と文字が上手く書けないなどの学習障害、そして精神障害があるんだ。だから、病気の影響で時々、性格が変わったりする上に、その時の記憶は維持されない」
「ーーっ」
目を見開くカケルに、春斗は当然のことのように続ける。
「とにかく、あかりのことも含めて、別の場所で話してもいいかな?」
「わ、分かった。何だか重大な話みたいだから、俺の家に行こう」
春斗が幾分、真剣な表情で告げると、カケルはたじろぎながらも了承の言葉を口にしたのだった。




