第六十八話 彼女は優しく微笑んでいた
紅い月の光が差し込む船内のステージで、春斗達、『ラ・ピュセル』とりこ達、『ゼノグラシア』は対戦していた。
あかりのキャラが地面を蹴って、春斗のキャラを倒した、りこのキャラとの距離を詰める。
迷いなく突っ込んできたあかりのキャラに合わせ、りこ以外の『ゼノグラシア』のメンバーは、まるで申し合わせていたように優香のキャラのもとにいっせいに動いた。
「ーーっ!」
四方八方から放たれた『ゼノグラシア』のメンバー達の一撃を何とかいなした優香のキャラは、勢いもそのままに、メンバーの一人に自身の武器であるメイスを叩き込んだ。
しかし、優香のキャラの電光石火の一撃は、突如右側面から襲い来た、『ゼノグラシア』のメンバーのキャラの槍に弾かれ、大きく体勢を崩す。
軽く身体を浮き上がらせた優香のキャラに対して、さらに別の『ゼノグラシア』のメンバーのキャラの剣が左側面から突き入れられる。
「天羽!」
あかりはそう叫ぶと、優香の下へ駆けつけようとして、こちらの行く手を阻むように槍を構えたりこのキャラに眉をひそめる。
「りこ、あかりさんとバトルしたかったんだよね」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、りこのキャラは自身の武器である槍を、あかりのキャラに振りかざしてきた。
りこのキャラと対峙していたあかりのキャラは、手にした剣で一撃を受け止めるも、予想以上の衝撃によろめく。
続くりこのキャラの連撃をアクロバットな身体さばきでどうにかいなしたあかりは、『ゼノグラシア』のメンバー達と対戦している優香のキャラを見遣った。
「優香の固有スキル、『テレポーター』は厄介なんだよね」
「天羽の固有スキル?」
あかりの問いには答えず、りこはコントローラーを腰の後ろに回して囁くように言う。
「もちろん、あかりさんもね!」
言葉とともに加速。
正面から突っ込んできたりこのキャラに、あかりのキャラもまた、地面を蹴ってりこのキャラへと向かう。
何度目かの長い斬り合いは、あかりのキャラが繰り出した連携技によって、りこのキャラが大きく吹き飛ばされたことで中断した。
立ち上がったりこのキャラは、槍を再度、構え直す。
「今生も手強いな」
声と同時に振り下ろされるあかりのキャラの剣をぎりぎりのところで受け止めながら、りこのキャラはここぞとばかりに執拗に槍を突き上げた。
「くっーー」
予測に反した動きに、あかりのキャラは一撃を甘んじて受けてしまう。
油断したーー。
そう思った時には、りこは必殺の連携技を発動していた。
『無双雷神槍!!』
槍の最上位乱舞の必殺の連携技。
その場で舞い踊るように繰り出される槍の七連突き、そして締めとばかりに振るわれる横薙ぎ三連閃ーーしかし、あかりはあえて下がらずに前に出た。
「ーーっ!」
あかりのキャラはそれを正面から喰らい、ぎりぎりのところまで体力ゲージを減らしながらも、りこのキャラの必殺の連携技の終息に合わせて、あかりもまた、必殺の連携技を発動させる。
『ーーアースブレイカー!!』
「ここで、必殺の連携技!?」
予想外の必殺の連携技での一撃に、キャラが硬直状態になったりこは驚愕の表情を浮かべる。
音もなく放たれた一閃が、なすすべもなくりこの操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らしたりこのキャラは、ゆっくりとあかりのキャラの足元へと倒れ伏す。
あかりとりこが対戦していた頃、優香は一人、『ゼノグラシア』のメンバー達のキャラの対応に追われていた。
息をつく間もない近接武器使いのキャラ達の連携。
中距離武器の使い手はそのほとんどが牽制のために振り舞い、かと思えば完全に優香の意識の外から、致命的な不意打ちを放ってくる。
…‥…‥強い。
彼女達と一人で渡り合っていた宮迫さんは、やっぱりすごいです。
瞬間の隙を突いた『ゼノグラシア』のメンバーのキャラの一閃に、ターゲットとなった優香のキャラはダメージエフェクトを散らしながらも、ここぞとばかりにメイスを振りかざして、必殺の連携技を発動させる。
『ーーメイス・フレイム!!』
「ーーっ」
意表をついた優香のキャラによる、『ゼノグラシア』のメンバーのキャラへの必殺の連携技。
予想外な優香のキャラの攻撃に、体力ゲージを散らした『ゼノグラシア』のメンバーのキャラの一人が、ゆっくりと優香のキャラの足元へと倒れ伏す。
「ーーっ」
しかし、その瞬間、硬直状態に入ってしまった優香のキャラは、他の『ゼノグラシア』のメンバー達のキャラの連携攻撃によってあっさりと吹き飛ばされてしまう。
「天羽!」
りこのキャラを倒した後、あかりのキャラは優香を守るため、地面を蹴って優香のキャラのもとへと向かう。
あっという間に接戦したあかりのキャラと優香のキャラ、そして『ゼノグラシア』のメンバー達のキャラは、息もつかせぬ激しい攻防を展開する。
「ーーあっという間に優香のもとにたどり着くなんて、さすがだね、あかりさん」
不意に、りこが微笑んだ。
あかりに負けた後でも、その穏やかな笑顔は太陽のようにどこまでも眩しい。
「今生もさすがだな」
「春斗くんこそーー」
そこで、はたと止まったりこは空笑いを響かせる。
「そうやって、春斗くん達に誉められるのも悪くないね」
「今生、ありがとうな」
春斗の言葉に、りこはほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、幸せそうにはにかんだ。
だが、高度な駆け引きと絶えず入れ替わる攻守の中で、りこはあかりのキャラによって他の仲間達のキャラが次々に倒されていくのを視界に収めると頬を膨らませる。
「もうー、あかりさんのキャラは体力ゲージぎりぎりで、しかも、りこ達も強くなったはずなのに、あかりさんは相変わらず、激強じゃん!」
「確かにな」
その場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草に、春斗は思わず、苦笑した。
そんな中、あかりのキャラの連携技の一撃が、最後に残っていたキャラに決まる。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、春斗達の勝利が表示される。
「優香」
名前を呼ばれてそちらに振り返った優香は、コントローラーを置いたりこが必死の表情で優香達を見つめていることに気づいた。
「今度、戦う時は絶対に負けないからね!」
「はい。でも、私達も負けません」
片手を掲げて、りこがいつものように嬉々とした表情で興奮気味に話すのを見て、優香は思わず、苦笑する。
「今生、今日はありがとうな」
春斗はそこまで告げると、視線を床に落としながら感謝の意を伝えた。
「うん。春斗くん達もありがとう」
「今生、ありがとうな」
「りこさん、ありがとうございます」
先程までの緊迫した空気などどこ吹く風で、今か今かと賞賛の言葉を待っているりこに、あかりと優香も思わず顔をゆるめる。
「今回の『ゼノグラシア』との対戦で、何かつかめたーー」
「悪いけれど、次で決めさせてもらう!」
「それは、こっちの台詞!」
今回の『ゼノグラシア』との対戦で、何かつかめたかもしれない。
春斗がそう言いながら部屋のドアを開けて、あかり達とともにゲームセンターの入口に行こうとした矢先、ゲームセンターのイベントステージの方から二人の声が響き渡った。
その聞き覚えのある声に、春斗は不思議そうに首を傾げる。
「今の声って、三崎カケルさんと霜月さん、だよな」
「ああ」
「はい」
隣のゲームスペースから聞こえてきた喧騒に、春斗とあかり、そして、優香は目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。
戸惑う春斗達をよそに、りこはさらりと言う。
「確か、今日、ゲームセンターのイベントステージの方で、三崎くんと霜月さんが対戦していたはずだよ」
「そうなのか?」
切羽詰まったような春斗の声に、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべた。
春斗はあかり達を横目に見ながら、ため息をついて言う。
「今生の固有スキルも分かったことだし、イベントステージの方に行ってみるか」
「そうだな」
「はい」
きっぱりと告げられた春斗の言葉に、あかりと優香は嬉しそうに頷いてみせる。
「うーん。りこ達はどうしようかな」
しかし、りこは静かにそう告げて、顎に手を当てて真剣な表情で思案し始めた。
すると、春斗はそんなりこの気持ちを汲み取ったのか、頬を撫でながら照れくさそうにぽつりとつぶやいた。
「もしよかったら、今生達も一緒に観にいかないか?」
「うーん。みんなは今から大丈夫?」
春斗の問いかけに、りこはふわふわしたストロベリーブロンドの髪をかきあげて複雑な想いを滲ませる。
「リーダー、大丈夫です!」
「次のショッピングモールのイベントステージまでは時間があります!」
「みんな、ありがとう」
髪を撫でながらとりなすように言う『ゼノグラシア』のメンバー達に、りこは穏やかな表情で胸を撫で下ろした。
「なら、急ぐか」
「ああ、そうだな」
「はい」
「うん」
顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早にカケルとありさがいると思われるイベントステージへと向かったのだった。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、巨大モニターにカケルの勝利が表示される。
「つ、ついに決着だ!長いバトルを制し、勝ったのは、『クライン・ラビリンス』のチームメンバーである三崎カケルだ!!」
興奮さめやらない実況がそう告げると、一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
「三崎カケルさんが勝ったんだな」
噛みしめるようにつぶやくと、春斗の胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
だが、すぐに状況を思い出して、春斗は表情を引きしめる。
「バトルは結局、間に合わなかったな」
「春斗くん」
「霜月さん」
名前を呼ばれて、そちらに振り返った春斗は、先程、コントローラーを置いたばかりのありさを見た。
ありさは、先程まで姿を変えていた花菜の姿から元の姿に戻っていた。
「春斗くん達も来ていたんだね」
「今日は今生に頼んで『ゼノグラシア』と対戦していたんだ。霜月さんも、三崎カケルさんと対戦していたんだな」
「うん。でも、負けたけれどね」
静かにーーそして、どこか悲しそうにつぶやいたありさの言葉に、春斗はわずかに目を見開いた後、神妙な表情で言う。
「俺達の時もそうだったけれど、『姿を変えた人物の能力をコピーする魔術』を使っても負けることがあるんだな」
「三崎くんは、同じチームメンバーである高野花菜さんとは何度も対戦したことがあるから、上手く立ち回れたのかもしれない」
春斗の同意が得られて、ありさはほっとしたような、でもそのことが寂しいような、複雑な表情を浮かべる。
「とにかく、私はこの『姿を変えた人物の能力をコピーする魔術』を半年間、使うことで、もっと強くなってみせるから!」
「俺達も負けないからな!」
「何の話かよく分からないけど、りこ達も負けないから!」
「春斗くん、今生さん、ありがとう」
どこまでも熱く語る春斗とひょっこりとありさの前に姿を現したりこに、ありさはきょとんとしてから弾けるように手を合わせて笑ったのだった。




