第六十七話 静かな夜明けとともに
春斗達、『ラ・ピュセル』とりこ達、『ゼノグラシア』が対戦する日ーー。
春斗が一人、玄関の前であかりを待ち構えていると、家のドアがゆっくりと開いてあかりと春斗の母親が出てきた。
春斗の母親に車椅子を押されながら、あかりが意気揚々にこう言った。
「おはよう、春斗」
「おはよう、宮迫さん」
太陽の光に輝くツインテールの髪を揺らして柔らかな笑みを浮かべたーー翌朝、琴音に変わったばかりのあかりを目にして、春斗は思わず苦笑する。
「今生の固有スキル、どんな技なのか楽しみだな」
「ああ。今日の『ゼノグラシア』との対戦で、玄達、『ラグナロック』と阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』に対抗できる方法がつかめたらいいんだけどな」
髪を撫でながらとりなすように言うあかりに、春斗は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いをにじませた。
「俺は、今回の今生達との対戦で、何かつかめると思うな」
「…‥…‥そうだな。宮迫さん、ありがとう」
吹っ切れたような表情を浮かべるあかりに、春斗はふっと息を吐き出した。そして引き締めていた口元を少し緩めると、さもありなんといった表情で言った。
「俺達のチームに、宮迫さんが入ってくれて本当に良かった」
「うん?」
「何でもない」
困惑したように首を傾げてみせるあかりに、春斗はほのかに頬を赤くし、ごまかすように早口で言った。
「あっ、その。いつも、今生を待たせてしまっているから、今日は早めに行こうか」
「ああ、そうだな」
そう答えたあかりの笑顔は、陽の光にまばゆく照らされて一段と眩しく見えた。
途中で優香と合流した春斗達は、ゲームセンターにたどり着くと、すぐ近くのゲームスペースを貸し出す部屋に入った。
団体客用のゲームスペースは、巨大なモニター画面と、対面にソファー型の椅子が置かれた広い部屋だ。
部屋のドアを開くと、春斗達が前もって呼びよせていた人物達は、すでにそこで待っていた。
「優香、春斗くん、あかりさん、来てくれてありがとう!」
「今生」
「今生、今日はよろしくな」
「りこさん」
春斗達の姿を見るなり、楽しげに軽く敬礼するような仕草を見せたりこと『ゼノグラシア』のメンバー達に、春斗とあかり、そして優香は顔を見合わせると、ひそかに口元を緩めてみせる。
「さあ、みんな、お待たせ!対戦相手も揃ったことだし、今日のメインイベントを始めるね!」
「はい、リーダー!」
「待ってました!」
場をとりなすりこの声とざわめく『ゼノグラシア』のメンバー達の声を背景に、春斗はまっすぐモニターを見据えた。
今から戦うことになるプレイヤー。
そのうちの一人のプレイヤーのキャラを見た瞬間、春斗は息を呑んだ。
今生かーー。
最近、話題になっている『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で上位を占めるプレイヤーの一人。
そして、『ゼノグラシア』のチームリーダーで、俺達のチームメンバーの一人でもある。
今生の固有スキル、『ヴァリアブルストライク』がどんな技なのかは分からないけれど、優香と今生の話では、かなりの戦力になるらしい。
不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、まじまじとりこのキャラを見つめていた春斗に、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。
「ねえねえ、春斗くん。今日はりこの固有スキルのお披露目だけど、手加減はできないから覚悟してね」
「望むところだ」
春斗の言葉に、満足そうに頷いたりこはモニター画面に視線を戻して、テーブルに置いてあるコントローラーを手に取った。 遅れて、『ゼノグラシア』のメンバー達も、コントローラーを手に取って正面を見据える。
「優香、今日は固有スキルのお披露目の協力、お願いね!」
「はい」
片手を掲げて、りこがいつものように嬉々とした表情で興奮気味に話すのを見て、優香は思わず、苦笑した。
春斗達も軽くため息を吐き、右手を伸ばした。そして、テーブルに置いてあるコントローラーを手に取って、正面のゲーム画面を見据える。
「レギュレーションは、いつものように一本先取でいいのか?」
「うん」
春斗の言葉にりこが頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
ぴりっとした緊張感とともに、りこのキャラがまっすぐ、春斗のキャラを睨んでくる。
対する春斗のキャラは、伸ばした右手に短剣を翻らせて、この上ない闘志をみなぎらせた。
春斗のキャラから戦闘の気概を投げつけられたりこのキャラは、嬉々として槍を突き出してきた。
それらを短剣でさばきながら、春斗はりこのキャラの隙を見て、下段から斬り上げを入れようとする。
だが、りこのキャラはそれを正面から喰らい、金色のダメージエフェクトを撒き散らしながら、なおも執拗に槍を突き上げた。
「ーーっ」
予測に反した動きに、春斗のキャラは一撃を甘んじて受けてしまう。
油断したーー。
そう思った時には、既にりこは連携技を発動させていた。
その場で舞い踊るように繰り出される槍の七連突きにーーしかし、春斗はあえて下がらずに前に出た。
「ーーっ!」
春斗のキャラの突き入れた短剣が、りこのキャラが振る舞おうとした槍を押しとどめた。
短剣を振り払おうとするりこのキャラの槍の動きに合わせ、春斗は絶妙な力加減でさらにりこのキャラへ肉薄する。
短剣と槍のつばぜり合い。
いったん距離を取った後、あっという間に接戦した春斗のキャラとりこのキャラは、息もつかせぬ激しい攻防を展開する。
「春斗!」
「春斗さん!」
りこのキャラの動きを確認すると同時に、あかりと優香は春斗のキャラの下へ駆けつけようとして、こちらの行く手を阻むように、いっせいにそれぞれの武器を構えた『ゼノグラシア』のメンバー達のキャラに眉をひそめる。
「春斗くんー」
変わらぬ気楽さで声をかけてきたりこは、ふわふわしたストロベリーブロンドの髪をかきあげて言う。
「今日は、りこの固有スキル解禁の日だから、りこ達が勝たせてもらうからね!」
「いや、今日も俺達が勝ってみせる」
春斗達とりこ達は互いに向かい合うと、不敵な表情を浮かべながら、しばし睨み合った。
先に仕掛けたのは、春斗達の方だった。
春斗のキャラに一気に距離を詰められたりこのキャラは、槍を構えると素早く対応してみせた。
正面からの春斗のキャラの斬撃を、りこのキャラは槍で受け、受けたと同時に驚異的なタイミングで斬り上げを放ってきたあかりのキャラをうまく受け流す。
「やっぱり、今生は強いな」
「春斗くん達に負けないように、りこ達も頑張っているから!」
あかりの言葉に、直前の動揺を残らず吹き飛ばしてりこが叫ぶ。
「もう一人のあかりさんって、本当に激強だよね。でも、負けないから!」
「ーーあかり!」
嬉々とした声とともに、正面から突っ込んできた、りこのキャラに対して、春斗もまたあかりを守るため、地面を蹴ってあかりのキャラのもとへと向かう。
あっという間に接戦した春斗のキャラとりこのキャラは、息もつかせぬ激しい攻防を展開する。
りこのキャラが繰り出す目にも留まらぬ突きは硬軟織り交ぜた春斗のキャラの短剣さばきにほとんど防がれ、連携技を駆使した春斗のキャラの絶妙な攻撃はりこのキャラの軽妙なバックステップのもとになかなか決定打を生み出せない。
ーー今生達はかなり、強くなってきている。
これは、俺達も負けていられないな。
不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、まじまじとりこ達を見つめていた春斗に、りこは意味深な笑みを浮かべて言った。
「ねえねえ、春斗くん。そろそろ、りこの固有スキル解禁でもいい?」
「あ、ああ。俺達はどうすればいいんだ?」
不自然に声をはねあげた春斗に、りこは何のてらいもなくこう答える。
「りこの固有スキル、『ヴァリアブルストライク』は、りこの近くにチームメンバーが三人以上いる時に発動される連携攻撃スキルなの。とりあえず、今からりこ達が固有スキルを使うために接近するから、その間は春斗くん達は動かないでほしいかな」
「分かった」
春斗が了承の言葉を口にすると、りこ達のキャラは一斉に動いて一ヶ所に集結する。
りこのキャラが手にした槍をくるくると回して、春斗のキャラへと向けた。
「春斗くん、今から春斗くんに対して、りこの固有スキルを使うね。自由に動いてもいいけれど、手加減はできないから覚悟していてね!」
「ああ!」
りこから戦闘の気概を投げつけられた春斗は真剣な表情で答える。
「行くよ!」
「ーーっ」
声と同時にりこが仕掛けた。
正面からの瞬接。
だが、それは受けるのも、避けるのも可能な正面突破と言わんばかりの力任せな直進。
奇をてらわない、真正直なりこの斬り下ろしを、春斗は受けることも避けることもできずに、そのまま袈裟に喰らった。
「なっーー」
「ーーっ」
飛び散るダメージエフェクトと、驚愕に目を見開く春斗とあかり。
そして、ただの斬り下ろしであるのにも関わらず、春斗のキャラは致命的な特大ダメージエフェクトに晒される。
体力ゲージを散らした春斗のキャラは、ゆっくりとりこのキャラの足元へと倒れ伏す。
「…‥…‥っ」
その一連の流れを見て、春斗は息をのんだ。
もちろん、手を抜いたわけでも、わざと当てたわけでもない。
ただの斬撃が来ると思い、春斗が迎撃しようと考えた瞬間、その時には、既にりこのキャラの斬撃が当たっていたのだ。
ただの斬撃であるというのに、驚異的な威力とその速度。
まるで、物理法則を超越した一撃。
これが、今生の固有スキル、『ヴァリアブルストライク』かーー。
りこはこちらに近づいてくると、春斗にだけ聞こえる声で囁いた。
「春斗くん。りこの固有スキル、どうだった?」
「すごいな」
確信を込めたりこの言葉に応えるように、春斗は感嘆の吐息を漏らす。
だが、すぐに春斗は意外そうに話を切り出した。
「だけど、今生のことだから、もっと派手な技なのかなと思っていた」
あっさりと告げられた春斗の言葉に対して、りこは不満そうにむっと眉をひそめる。
「りこも、本当はもっと派手な技にしたかったんだよ。でも、意外性を採用して、すごくシンプルな仕様にしたの。固有スキルも派手な技にしたかったのに、納得いかないに決まっているじゃん」
「そ、そうなんだな」
おどけた仕草で肩をすくめてみせたりこに、春斗は困ったように眉をひそめてみせる。
すると、りこは決まり悪そうに意識して表情を険しくした。
「とにかく、今回はりこ達が勝たせてもらうからね!」
「いや、今日も俺達が勝ってみせる」
「ううん、次こそは、りこ達が勝つ!」
春斗がそう言い切ると、りこは当然というばかりにきっぱりとこう答えた。
彼女らしい反応に、春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべる。
そして、コントローラーを置くと、今もなお、『ゼノグラシア』のメンバー達とバトルを続けているあかりと優香を脳裏によぎらせた。
春斗達、『ラ・ピュセル』というチーム。
誰かと共にあるという意識は、負けてもなお、決して自分達のチームが負けることはないという不屈の確信をかきたてるものだと春斗は感じた。
今生の固有スキル、『ヴァリアブルストライク』。
『ラ・ピュセル』のチーム全員が一時的に硬直状態になってしまう諸刃の剣だが、上手く使いこなせば、玄達、『ラグナロック』と阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』に対抗できるかもしれない。
春斗はモニター画面に視線を向けると、次に『ラグナロック』と『クライン・ラビリンス』に対戦した時のことを想像し、途方もなく心が沸き立つのを感じていたのだった。




