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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
65/126

第六十五話 透き通る家族の夢を見ていた①

ありさとのオンライン対戦を終えた後ーー。

「う、う~ん」

病室のベットから起き上がると、立派な寝癖がついた髪をかき上げながら、海のように明るく輝く瞳をした少女ーーあかりが眠たそうに目をこする。

優香とりこが帰った後、琴音からあかりに戻ったのだが、あかりは今朝の高熱の影響で身体的に疲れていたらしく、そのまま眠ってしまっていたのだ。

「お兄ちゃん、おはよう」

「おはよう、あかり…‥…‥って、もう夜だけどな」

「…‥…‥えっ?もう、夜なの?」

春斗に指摘されたことにより、今の時刻がもう夜だと察したあかりは、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに顔を俯かせる。

いつもどおりの妹の反応に、春斗は特に気に止めた様子もなく、むしろまたか、と呆れたようにため息をつく。

あかりはきょろきょろと周囲を見渡し、自分の置かれている状況に気づくと、呆然とした表情で目を丸くした。

「お兄ちゃん、な、何で私、ここで寝ているの?オンライン対戦はどうなったの?」

狼狽する妹の様子に、春斗は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「はあ…‥…‥。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の本選決勝の動画の視聴と、霜月さんとのオンライン対戦をする際に、父さんから今日はこの病室でするように、と言われたんだ。いい加減、慣れろよな」

「…‥…‥慣れないもの」

曖昧に言葉を並べる春斗に、あかりは不満そうな眼差しを向ける。

不服そうな妹をよそに、春斗は病室の扉の方に振り向くと、少し言いにくそうに軽く肩をすくめてみせた。

「あと、その、あかり、ごめんな。今日はこの病室で安静にしないといけないから、一日入院することになると思う」

「ううん、お兄ちゃん、ありがとう」

春斗の謝罪を受けて、あかりは少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。

「あのな、あかり。今日はここで入院だけど、この病室なら、テレビとパソコンが使えるから、ゲームをしたり、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の本選決勝の動画を見たりすることができるはずだ」

「そうなんだ…‥…‥。お兄ちゃん、すごいね!」

「はははっ。前の病室だとテレビを見るだけで、ゲームをしたり、動画を見たりすることができなかったからな」

両手を握りしめて言い募るあかりに熱い心意気を感じて、春斗は少し照れたように頬を撫でてみせる。

「ねえ、お兄ちゃん。霜月さんとのオンライン対戦はどうだったの?」

ぽつりとつぶやかれたあかりの言葉は、確認するような響きを帯びていた。

春斗は眉を寄せてから言う。

「俺は霜月さん自身と対戦、宮迫さんは麻白に変わってもらってからの対戦、そして、優香と今生は高野花菜さんに変わってもらってからの対戦だったな。結果は、俺と今生だけが何とか勝つことができた」

「そうなんだ。麻白、高野花菜さん、すごいね」

率直に告げられた春斗の言葉に、ツインテールを揺らしたあかりは顔を俯かせて声を震わせる。

だが、あかりはすぐに顔を上げると、あえて真剣な口調でこう言った。

「お兄ちゃん。もしかして、宮迫さん、私の体調のせいで調子が悪かったの?」

「うーん。そんな風には見えなかったけどな」

あまりにも唐突な問いかけに理解が追いつかない春斗を尻目に、あかりが力なく、けれど淀みなく、言葉を紡ぎ始める。

「私が宮迫さんに変わる前ーー朝、熱が上がったせいで頭痛がすごかったの」

「そ、そうなのか?」

「だからきっと、すごく辛かったと思う」

泣き出しそうに歪んだあかりの顔には、はっきりと絶望の色が浮かんでいた。

「今は大丈夫だけど、宮迫さんがゲームをしていた時は起き上がるのも辛かったと思うの」

あかりが涙を潤ませて、小刻みに震えながらささやくような声で言う。

「宮迫さん、ごめんなさい」

「ーーっ」

その受け入れがたい事実を前に、春斗は両拳を強く握りしめて露骨に眉をひそめる。

体調を崩したせいで、苦しんでいる妹を助けたくて、咄嗟に春斗はこう言った。

「あかり、大丈夫だからな」

「ーーえっ?」

「宮迫さんは、もう一人のあかりだろう。それに宮迫さんは、オンライン対戦をしていた時、全力でプレイしていた。頭痛なんて、ものともせずにな」

「…‥…‥ありがとう、お兄ちゃん」

必死に言い繕う春斗を見て、あかりは嬉しそうにはにかむように微笑んでそっと俯いた。

春斗はあかりを横目に見ながら、少し照れくさそうに頬を撫でる。

「それに今生の固有スキルという、玄達、『ラグナロック』と阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』に対抗できるかもしれない方法も見つかったからな。頭痛に負けられないと思ったのかもしれない」

「えっ?お兄ちゃん、りこさんの固有スキルってどういうこと?」

「あ、ああ。実はーー」

ベットのシーツをぎゅっと握りしめて興奮気味にそう尋ねるあかりに、春斗は困ったように肩を落とすと、りこの固有スキルについて説明し始めた。

高熱が出たことで、急遽、一日入院することになったのだが、緊急入院をするはめになったとは思えないくらいの元気いっぱいなあかりの姿に、春斗は改めて魔術の効力のすごさを思い知らされてしまう。

真っ白なベットに身を乗り出したあかりは、朝の光のような微笑みを春斗に向けていた。

今朝、高熱で倒れたなんて、とても信じられなかった。

春斗が説明を終えて、笑みの隙間から感嘆の吐息を漏らしていると、あかりは静かにこう告げた。

「りこさんの固有スキルって、そんなにすごい固有スキルなんだね」

「ーーっ」

図星をさされたように黙った春斗を見て、あかりは嬉しそうに続ける。

「ねえ、お兄ちゃん。りこさんの固有スキルって、どんな感じだった?」

「い、いや、まだ、教えてもらっただけだから、どんな感じって言われても」

わくわくと誇らしげにそう告げられた意味深なあかりの言葉に、春斗の反応はワンテンポどころか、かなり遅れた。

得心したように頷きながら、あかりは言った。

「あはっ、今度のオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦は、りこさんがチームに入ってくれたおかげで、本当に優勝できるかもしれない」

優勝できるという単語を耳にした瞬間、春斗は戸惑っていた表情を収め、両拳を突き出すと激昂したように叫んだ。

「分かっているよ!」

「私、今度のオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦、今からすごく楽しみなの。お兄ちゃん、優香さん、宮迫さん、そして、りこさんは、どんなバトルを繰り広げるのかな」

そう告げるあかりの瞳はどこまでも澄んでおり、真剣な色を宿していた。

そのことが、春斗を安堵させる。

オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦まで、まだ時間は残されている。

俺達五人なら、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝という果てしなく困難な目標であっても、乗り越えられる気がした。

「ああ、楽しみだな」

内心の喜びを隠しつつ、春斗は微かに笑みを浮かべると、ゆっくりとあかりの病室を後にした。






「それにしても、今生の固有スキル、『ヴァリアブルストライク』か」

あかりの病室を出て、春斗は誰もいない病院の廊下をしばらく歩いていた。

面会時間がそろそろ終わる頃だ。

春斗の父親がこの総合病院の医師だとはいえ、急いで病院を出る必要がある。

だが、春斗は思い悩んでいた。

「『ゼノグラシア』とは違って、俺達、『ラ・ピュセル』の場合は、チーム全員が一時的に硬直状態になってしまう諸刃の剣だけど、上手く決まれば、勝利の一手に繋がるかもしれない」

春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったようにあかりの病室の方に視線を向けた。

「ただ、問題は使うタイミングだな」

淡々と述べながらも、春斗は両手を伸ばしてひたすら頭を悩ませる。

そして、りこの固有スキルをどのタイミングで使えばいいのか、春斗は顎に手を当てて真剣な表情で思案し始めた。

そんな中、あかりの病室へと向かう廊下の途中で、春斗の父親は妙に感情を込めて唸る春斗の姿を見かけた。

春斗の父親は声をかけようかかけまいか迷うように何度か長く息を吐いた後、ようやく重い口を開いた。

「春斗、まだ、いたのか?」

「父さん」

春斗の父親が呼びかけると、春斗は慌てて、春斗の父親のもとへと駆けていく。

「なあ、父さん。あかりの体調は大丈夫なのか?」

「ああ。今朝の高熱が嘘のように、症状が良くなってきている。魔術の影響かもしれないな」

春斗があくまでも真剣な眼差しで聞くと、春斗の父親は不思議そうに顎に手を当てると、とつとつとそう語る。

「明日には、退院できそうなのか?」

「ああ。このまま、問題なければ、明日には退院できるはずだ」

やや驚いたように声をかけた春斗に、春斗の父親は少し逡巡してから答えた。

「とりあえず、あかりのことは父さんに任せて、春斗、おまえは早く帰りなさい。母さんが心配しているぞ」

「ああ」

口調こそ、重たかったものの、どこか晴れやかな表情を浮かべて言う春斗の父親の言葉に、春斗はほっとしたように安堵の表情を浮かべるのだった。

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