第六十四話 誰よりも愛して、誰よりも想っていた
「『ヴァリアブルストライク』?」
「そうそう」
春斗のつぶやきに、りこはあくまでも明るい笑みを浮かべて答える。
「りこのとっておきの固有スキルなんだけど、ものすごく使い勝手が悪いの。そもそも、りこ含めて、四人もまとまっていて、しかもしばらく硬直していたら、逆に相手チームから集中攻撃されるじゃん」
「そ、そうなんだな」
おどけた仕草で肩をすくめてみせたりこに、春斗は困ったように眉をひそめてみせる。
すると、りこは決まり悪そうに意識して表情を険しくした。
「でも、上手くいけば、連撃を放った相手の体力ゲージを半分まで減らせるよ」
「そんなに減らせるのか!」
りこの答えに、春斗は目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。
春斗の必殺の連携技、『弧月斬・閃牙』は、相手の体力ゲージを五分の一まで減らすことができる。
だが、体力ゲージを半分まで減らせることができるということは、阿南輝明さんのあの圧倒的な必殺の連携技、『始祖・魔炎斬刃』ほどではないにしろ、固有スキル内では最強クラスの威力ではないだろうか。
『ラ・ピュセル』のチーム全員が一時的に硬直状態になってしまう諸刃の剣だが、上手く使いこなせば、玄達、『ラグナロック』と阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』に対抗できるかもしれない。
春斗はあかりと優香とりこを交互に見ながら、少し照れくさそうに頬を撫でる。
「とにかく、そろそろ時間だし、まずは霜月さんとオンライン対戦をしようか」
「ああ」
「はい」
「りこ、頑張るね」
あかりと優香とりこの花咲くようなその笑みに、春斗は吹っ切れた表情を浮かべて一息に言い切った。
そして、春斗はカフェラテを再び、口に含むと、次に『ラグナロック』と『クライン・ラビリンス』に対戦した時のことを想像し、途方もなく心が沸き立つのを感じていたのだった。
『挑戦者が現れました!』
「あっ…‥…‥」
「ーーっ」
「ねえねえ、優香。霜月さんからかな」
「きっと、そうだと思います」
ありさにオンライン対戦を申し込んだ後、テレビ画面に響き渡ったシステム音声に、コントローラーをじっと凝視していた春斗とあかり、そして、りこと話していた優香の声が震えた。
「霜月さんとのオンライン対戦順は、どうしようか?」
「うーん。やっぱり、ここはーー」
「はい、そうですね」
できるだけ適当さを感じさせない声で春斗が言うと、りこと優香は互いを見つめ合って笑みを浮かべる。
「一番は、春斗くん」
「春斗さんですね」
「ーーっ」
そして、りこと優香が同時に口にした言葉は、春斗の想定を越えたものだった。
「お、俺から?」
「いいんじゃないか」
驚愕する春斗をよそに、テレビのモニター画面を見ていたあかりは昔を懐かしむように明るい笑顔で語る。
「はーい。春斗くん以外、全員賛成というわけで、まずは『ラ・ピュセル』のチームリーダーである春斗くんからお願いします」
「はあっ…‥…‥」
りこの宣言に、春斗はしばらく考えた後、俯いていた顔を上げると、あかり達に言った。
「…‥…‥分かった」
春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったようにあかりに視線を向ける。
「だけど、あかり、絶対に無理はするな。あかりの体調が無理だと判断した時点で、俺達はオンライン対戦を中断するからな」
「ああ、ありがとうな、春斗」
苦虫を噛み潰したような顔でしぶしぶ応じる春斗に、あかりはきょとんとしてから弾けるように手を合わせて笑う。
その時、あかりが思い出したというようにぽろりとこう言った。
「だけど、春斗は誰に変わってもらうんだ?」
「俺はもちろん、霜月さん自身だ」
「ーーっ」
春斗の答えに、あかりは目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。
戸惑うあかりをよそに、春斗は先を続ける。
「前に、霜月さんと対戦して思ったことがあるんだ。いつか、霜月さん自身と対戦してみたいと」
「春斗さんらしいですね」
どこまでも春斗らしいまっすぐな答えに、優香はことさらもなく苦笑した。
春斗はテレビのモニター画面に視線を移すと、コントローラーを手に取った。
「よし、始めるか」
決意のこもった春斗の言葉が再び、場を仕切り直す。
「ああ」
「春斗さん、頑張って下さい」
「春斗くん、ファイト」
春斗の言葉にあかり達が頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。
ーーバトル開始。
対戦開始とともに、先に動いたのは春斗だった。
春斗のキャラが地面を蹴って、ありさのキャラとの距離を詰める。
春斗のキャラに距離を詰められたありさのキャラは、嬉々として剣を突き出してきた。
春斗も負けじと勢いもそのままに半回転し、自身のキャラの武器である短剣を叩き込む。
しかし、電光石火の一突きは、ありさのキャラにぎりぎりのところで避けられてしまう。
続く春斗のキャラの追撃に対応が遅れるも、ありさはその斬撃を間一髪のところで回避してみせる。
しかし、春斗の追撃はそれで終わらなかった。
春斗のキャラはすかさず、ありさのキャラの懐に入り込むと、二度目の斬撃をありさのキャラに見舞わせる。
だが、春斗のさらなる猛攻に、ターゲットとなったありさのキャラはダメージエフェクトを散らしながらも、ここぞとばかりに剣を振りかざした。
「ーーっ」
斬りつけられた春斗のキャラは、少なくないダメージエフェクトを放出していた。
「やっぱり、いろいろな人のバトルスタイルをコピーしてきただけのこともあって、霜月さん自身も強いな」
春斗がそう告げると同時に、あっという間に接戦した春斗のキャラとありさのキャラは、息もつかせぬ激しい攻防を再び、展開する。
そして、春斗とありさは自分だけの世界に埋没するように、ゲームへとのめり込んでいった。
モニター画面から流れる大好きなオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のテーマソングを聞きながら、優香は不意に昔のことを思い出す。
『優香。俺と一緒に、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のチーム戦に出場してくれないか?』
中学校時代のどこまでも熱く語る春斗の姿を思い出して、優香は懐かしそうにくすりと微笑んだ。
『ラ・ピュセル』ーー。
春斗と優香。
二人で始めたチームは、今では琴音を含めて五人になり、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイト上で強豪チームの一つとして取り上げられるようにまでなった。
「私は、春斗さんとあかりさんとりこさん、そして、もう一人のあかりさんと一緒なら、きっとどんな夢でも実現できると信じています」
春斗達のバトルを観戦しながらつぶやいた優香の笑顔は、野原に咲くリナリアの花のように眩しく輝いていた。




