第六十三話 夢を叶える少女
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイト上に配信されている、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の本選決勝の動画を見る日ーー。
あかりの診察を終え、総合病院の待合室に戻った春斗は、優香と一緒にあかりの乗った車椅子を押しながら、足早に人込みの中を歩いていく。
やがて、病院の柱時計の時刻に目をやった。
思ったより、時間がかかったなーー。
春斗は困ったような表情を浮かべると、りことの待ち合わせ場所であるーー総合病院の休憩スペースに行った。
休憩スペースに行くと、春斗達が前もって呼びよせていた人物は、すでにそこで待っていた。
「優香、春斗くん、あかりさん!」
「今生」
「うーん。今生、待たせてごめんな」
「りこさん、お待たせしてしまってすみません」
春斗達の姿を見るなり、楽しげに軽く敬礼するような仕草を見せたりこに、春斗と琴音に変わったばかりのあかり、そして優香は顔を見合わせると、ひそかに口元を緩めてみせる。
春斗達が席に座ると、立ち上がっていたりこは春斗達にだけ聞こえる声で囁いた。
「ねえねえ、春斗くん。どうだった?」
「どうって?」
りこの意外な言葉に、春斗は思わず、不思議そうに首を傾げる。
だが、あっさりと告げられた春斗の言葉に対して、りこは不満そうにむっと眉をひそめた。
「むうー。だから、あかりさんの体調は大丈夫そうな感じ?」
「はい。熱も下がって、今は落ち着いています」
その場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草に、優香はくすりと笑みを浮かべた。
「ああ。ただ、今日は安静にしておかないといけないみたいだから、総合病院の個室のテレビとパソコンを使って、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の本選決勝の動画を見たり、オンライン対戦をしようと思っている」
春斗のつぶやきに、りこは何のてらいもなくこう言った。
「その様子だと、霜月さんとオンライン対戦できるみたいだね」
「ああ」
りこらしいまっすぐな言葉に、春斗はことさらもなく苦笑する。
春斗はあかりの方に振り向くと、一呼吸置いてから言った。
「だけど、今日は絶対に安静にしないといけないから、あかりはベットに寝た状態で動画を見たり、オンライン対戦をすることになると思う。あかり、ごめんな」
「あかりさん、すみません」
「そうなんだな」
春斗と優香の謝罪を受けて、あかりは少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。
「でも、寝た状態で、ゲームをプレイするのは難しそうだな」
難しい顔をして顎に手を当てて考え込む仕草をするあかりに、春斗は少し困ったように優香と顔を見合わせると、ふっと息を吐き出した。そして引き締めていた口元を少し緩めると、さもありなんといった表情で言った。
「大会までの間、あかりと優香と今生、そして、もう一人のあかりと一緒に、ゲームの特訓が出来るんだな」
「うん?」
「な、何でもない」
困惑したように首を傾げてみせるあかりに、春斗はほのかに頬を赤くし、ごまかすように早口で言葉を続けたのだった。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、巨大モニターに『ラグナロック』の勝利が表示される。
『つ、ついに決着だ!勝ったのは、『ラグナロック』!!』
興奮さめやらない実況がそう告げると、一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。
「玄が、あの阿南輝明さんに勝った」
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のサイトに配信されている動画を見ながら、噛みしめるようにつぶやくと、春斗の胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
だが、すぐに状況を思い出して、春斗は表情を引きしめる。
「だけど、これは、あの固有スキルが使える麻白しかーー『ラグナロック』しか対処できないよな」
「そうですね。私達では、阿南輝明さんに勝つのは厳しいと思います」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
そんな春斗達の言葉を聞き留めて、パソコンに表示されている動画に対するコメントを一つ一つ確認していたりこは朗らかに言う。
「う~ん。単純に正面から相対したら、阿南輝明さんに勝てるプレイヤーはいないかも」
ぽつりとつぶやいたりこが、そのプレイヤーの中に、玄も入れていることは明らかだった。
「個人戦の覇者である布施尚之さんは、阿南輝明さんに何度か勝っているけれど、やっぱり、正面から相対したら勝てないみたい」
「布施せんーーいや、布施尚之さんも、阿南輝明さんと対戦する時は固有スキルの力が大きいよな」
りこの吹っ切れたような言葉に、病室のベットに横たわっていたあかりは、まっすぐに春斗達を見つめる。
「…‥…‥正面から相対したら、勝てないか」
りこの言葉に思案するように視線を逸らした春斗は、横目でベットに横たわっているあかりの方を窺い見る。
その視線に気づき、起き上がったあかりは、きょとんとした表情で首を傾げてみせた。
「春斗、どうかしたのか?」
「あっ、いや、何でもない」
あかりの言葉に、ほのかに頬を赤らめた春斗はうつむくと、たまらずそのまま、視線をそらした。
布施尚之さんのキャラの固有スキルは、宮迫さんのキャラと同じように地形効果を変動させるスキルだ。
宮迫さんのキャラの固有スキル、『誘爆』は、地形の利を利用してあらかじめ地形トラップを仕掛けることができる。
宮迫さんのキャラなら、阿南輝明さんと対戦しても、あの必殺の連携技に対処できるかもしれない。
だが、俺達では、地形効果を変動させるような固有スキルは使えないため、その必勝法はできなかった。
「俺達のキャラの固有スキルでは、阿南輝明さんのあの必殺の連携技には対処できないな」
「そうですね」
率直に告げられた春斗の言葉に、さらさらとセミロングの黒髪を揺らした優香が顔を俯かせて声を震わせる。
「はあ…‥…‥。やっぱり、『クライン・ラビリンス』の方は、問題が山積みだな」
自動販売機で購入していたカフェラテを口に含むと、春斗は額に手を当てて困ったように肩をすくめてみせた。
頭を悩ませる春斗をよそに、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべて続ける。
「うーん。こればかりは、りこの固有スキルを使っても厳しいよ」
「うん?そういえば、今生の固有スキルって、まだ見たことがなかったな」
「りこの固有スキルは、条件があって使いづらいんだよね~」
春斗から指摘されると、りこはそれまでの明るい笑顔から一転して頬をむっと膨らませる。
その場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草に、優香はくすりと笑みを浮かべた。
「でも、りこさんの固有スキルは、上手く使えば、かなりの戦力になると思います」
「なっーー」
「ーーっ」
何の前触れもなく告げられた優香の言葉の意味に、春斗はーーそしてあかりは驚愕した。
「…‥…‥だけど、今生のキャラの固有スキルは、条件があって使いづらいスキルなんだろう?」
「そうそう」
春斗がかろうじてそう聞くと、立ち上がったりこは吹っ切れた言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。
どういうことだ?
もしかして、今生のキャラの固有スキルは、宮迫さんと同じように地形効果を変動させるスキルなのか?
混乱する春斗とは裏腹に、混乱と動揺を何とか収めたあかりは、流れるように不敵な笑みを浮かべているりこへと視線を向ける。
片手で顔を押さえていたりこは、あかりの視線に気づくと軽く肩をすくめてこう言った。
「実は、りこの固有スキル、『ヴァリアブルストライク』は、りこの近くにチームメンバーが三人以上いる時に発動される連携攻撃スキルなの。近くにいるチームメンバー、三人の力を借りて、りこが一転集中の連撃を放つスキルだよ。まあ、三人以上、至近距離にいないといけないし、そして、りこ含めて四人がしばらく硬直するから、使いどころが難しいんだけどね」
「ーーなっ」
「チームメンバーの力を合わせた連撃を放つ固有スキル?」
春斗とあかりは、りこから自分の知らない事実を聞かされて驚愕するのだった。




