第六十一話 月夜に浮かんでいる花達①
ゲームフェスタから戻った春斗は、自分の部屋のベットに横たわってテレビを見ていた。
雑多な情報が溢れる中、ある公開捜査番組で、麻白が退院後、誘拐されていたことが取り上げられていた。
そして、今もオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイト上で配信されている、玄と大輝との再会シーンが、テレビ画面に映し出されている。
自然公園での再会シーンの場面から切り替わると、公開捜査番組の解説者と警察関係者達が改めて、麻白を誘拐した人物について、熱心に議論し始めた。
それらの音声を背景に、春斗はベットから起き上がるとふっと表情を消した。
「麻白を誘拐した犯人か。それってーー」
そう言いかけた春斗の脳裏に、不意に玄のマンションの前で聞かされた、玄の言葉がよぎる。
『あの時、麻白は誘拐されていたんだ。おまえの妹、そして、麻白を生き返させた、あの魔術を使う少年によってな』
ーー麻白を誘拐した犯人。
それは、魔術を使う少年だ。
玄のおじさんが、魔術を使う少年に対して、何か気に障ることをしたらしいが、詳しいことは分からない。
魔術を使う少年の手によって、あかりと麻白は、魔術で生き返ることができた。
そして、霜月さんは、魔術を使う少年の魔術によって、半年間だけ、『姿を変えた人物の能力をコピーする魔術』を使えるようになった。
だけど、魔術を使う少年は、麻白を誘拐したり、霜月さんの家に居候をして、一時的に借金の肩代わりをしてもらったことがあるらしい。
しかも、魔術を使った後は、そのまま、姿をくらましてしまう。
どこまでも謎めいた、神出鬼没な少年だ。
でも、彼がいなかったら、あかりと麻白は生き返ることが出来ず、宮迫さんと一緒にチームを組んで、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦に出場することもなかった。
ーーオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦か。
気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐに画面を見つめ直した春斗は思ったとおりの言葉を口にした。
「魔術を使う少年が何を考えて、麻白を誘拐したのかは分からないけれど、今はとにかく、俺達に出来ることをしないとな!」
画面の中の公開捜査番組の解説者と警察関係者達を見つめる春斗は、導き出した一つの結論に目を細めた。
翌日、春斗が一人、玄関の前であかりを待ち構えていると、家のドアがゆっくりと開いてあかりと春斗の母親が出てきた。
春斗の母親に車椅子を押されながら、中学校のセーラー服を着たあかりが意気揚々にこう言った。
「春斗、遅くなってごめんな」
「あっ、その…‥…‥」
太陽の光に輝くツインテールの髪を揺らして柔らかな笑みを浮かべたーー翌朝、琴音に変わったばかりのあかりを目にして、春斗は思わず苦笑する。
そんなあかりの手を取ると、春斗は淡々としかし、はっきりと告げた。
「宮迫さん。今回の公式大会を見直すためにも、今週の休日に、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイト上に配信されている、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の本選決勝の動画を、もう一度、みんなで見てみようと思うんだ」
「そうなんだな」
「ああ。もしかしたら、俺達が強くなるための手がかりがあるかもしれない」
交換ノートをぎゅっと握りしめて楽しそうに話しかけるあかりに、春斗は少し照れくさそうに頬を撫でる。
一息置くと、春斗は吹っ切れたような表情を浮かべて言う。
「宮迫さん。第四回公式トーナメント大会のチーム戦では、絶対に優勝しような」
「ああ。今度は、俺達が勝ってみせる」
そう答えたあかりの笑顔は、陽の光にまばゆく照らされていつもより眩しく見えた。
あかり達と別れた後、高校の校門を通り向けて、自分の教室に行くために昇降口を歩きながら、春斗は思い悩んでいた。
「…‥…‥オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦に向けて、俺達がこれから出来ることか」
春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったように階段のある方向へと視線を向けた。
「病院に通院しているあかりの負担がかからずに、チームを強化する方法は、前と同じ特訓方法しか思いつかないよな」
淡々と述べながらも、春斗は両手を伸ばしてひたすら頭を悩ませる。
「だけど、同じことを繰り返しても、玄達、『ラグナロック』と阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』にはきっと勝てない」
「春斗さん、おはようございます」
そんな独り言じみた春斗のつぶやきに答えたのは、セミロングの黒髪の少女ーー優香だった。
「優香、おはよう」
「もしかして、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦について、悩んでいたのでしょうか?」
「…‥…‥それは」
毅然とした優香の物言いに、春斗は思わず、言葉を詰まらせてしまう。
すると、優香は迷いのない足取りで春斗の前まで歩いてくると、春斗の目の前で丁重に一礼した。
「私とて、春斗さんが、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦のことを案じているのは存じ上げております。そしてーー」
一礼したことによって、乱れてしまった黒髪をそっとかきあげると、優香は紺碧の瞳をまっすぐ春斗へと向けてくる。
「チームのことを、第一に考えているのも知っていますから」
一呼吸おいて、 優香はてらいもなく言った。
「ありがとう、優香」
率直に感謝の意を述べた春斗に、優香は厳かな口調で続けた。
「オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦までは、まだ、時間があります。きっと、大丈夫です」
「ああ、そうだな」
髪を撫でながらとりなすように言う優香に、春斗は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いをにじませる。
「その、優香。今週の休日に、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイト上に配信されている、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の本選決勝の動画を、もう一度、みんなで見てみようと思うんだ。そして、その後、霜月さんにオンライン対戦を申し込もうと思っている」
「霜月さんに?」
春斗の意外な提案に、優香は不思議そうに首を傾げる。
春斗は居住まいを正して、真剣な表情で続けた。
「ああ。霜月さんに『姿を変えた人物の能力をコピーする魔術』を使ってもらえれば、高野花菜さん、そして、麻白とバトルした時と同じ状況下に持っていけるはずだ」
「確かにそうですね」
きっぱりと告げられた春斗の言葉に、優香は嬉しそうに頷いてみせる。
「優香。第四回公式トーナメント大会のチーム戦、絶対に優勝しような」
「はい」
どこまでも熱く語る春斗をちらりと見て、優香は穏やかに微笑んだ。
「それにしても、あかりがあの少年の魔術で生き返ったことで、俺達が玄達、『ラグナロック』と阿南輝明さん達、『クライン・ラビリンス』と、こうして渡り合うことができるようになるなんてな」
春斗は階段を上がると、まっすぐ前を見ながら続ける。
「何だか、不思議な感じがするな」
「春斗さんらしいですね」
どこまでも春斗らしいまっすぐな答えに、優香はことさらもなく苦笑した。
あの時、確かに死んだはずの妹が、魔術によって、無事、生還を果たした。
あの日から、あかりは宮迫さんが度々、自分に憑依してしまうという状況へと陥ってしまった。
そして、それは、俺達と宮迫さんとの出会いをも意味していた。
俺は一度、宮迫さんとはオンライン対戦をしたことがあるのだが、そのとてつもない強さに完膚なきまでに敗北してーー心から感激した時のことをふと思い出す。
まさにペンギンのようなフードを被った小柄な少女を操作しながら、卓越された動きと神業に近いそのテクニック。
完敗してなお、尊敬の念を抱かせる超然とした佇まい。
ゲームの世界にしろ、何にしろ、常軌を逸した超越的存在というものが確かに存在するのだと、春斗は思った。
そんな彼女が、今や自分の妹なのだ。
その出来事がきっかけで、俺達のチーム、『ラ・ピュセル』は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式サイト上で強豪チームの一つとして取り上げられるようにまでなった。
そして、それが当たり前になりつつある日常が、どこか不思議な感じがする。
春斗がぼんやりとそんなことを考えていると、優香は複雑そうな表情を浮かべてぽつりとつぶやいた。
「そういえば、昨日の公開捜査番組で、玄さんのお父様が、麻白さんと魔術を使う少年の情報を求めていましたね」
「玄のおじさんが?初耳だな。確か、昨日の公開捜査番組内では、玄のおじさんは出てきていなかっただろう」
思いもよらない言葉は、春斗の隣を歩く優香から発せられた。
顔を上げて目を見開く春斗に、優香は立ち止まると淡々と言う。
「はい。公開捜査番組終了後に出演されていたんです。ただ少し、気になる内容でした」
「気になる内容?」
どこか確かめるような物言いに、春斗は戸惑いながらも首を傾げてみせる。
優香は居住まいを正して、真剣な表情で続けた。
「麻白さんが望む未来をーー玄さんのお父様達が望む未来を取り戻すために、麻白さんと魔術を使う少年の情報を知りたいと」
「麻白が望む未来のために?どういうことなんだろう」
冗談でも、虚言でもなく、ただの事実を口にした優香に、春斗は口元に手を当てて考え始める。
教室に行く間、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦に向けての特訓方法、そして、昨日の公開捜査番組について話し合っていた春斗達は気づかなかった。
春斗達の教室だけではなく、他のクラス、別の学年の生徒達が、麻白の話題を口にしていたことを。
そして、春斗達が教室のドアを開けた瞬間、それは爆発した。
「…‥…‥黒峯麻白さん。度々、誘拐されていたらしいぜ」
小さく聞こえた、聞き覚えのあるクラスメイトの声。
「なっーー!」
到底、聞き流せない言葉を耳にした春斗は、焦ったように慌てて、そのクラスメイトに詰め寄る。
「本当なのか?黒峯麻白さんが、度々、誘拐されていたって」
「ああ。ネット上でも書かれていたし、間違いないだろう」
「中学校に復学したくても、誘拐が怖くてできないみたい」
「酷い話だよな。身代金目当てにしては変だし、何が目的なんだろう」
そんな春斗達の疑心を尻目に、クラスメイト達は当然のように会話を続ける。
予想外の出来事に驚愕する春斗と優香に、クラスメイト達の熱烈な歓待を受けていた玄は無表情のまま、言葉を続けた。
「驚かせてすまない」
玄はそこまで告げると、視線を床に落としながら謝罪した。
「ーーっ」
やや驚いたように言葉を詰まらせた春斗に、顔を上げた玄はあくまでも真剣な表情でこう続ける。
「昨日、父さんがテレビで、麻白と魔術を使う少年の情報を求めたことで、メディア、そして、ネット上などで話題になってしまったんだ」
「まあ、麻白のことで、根も葉もない噂が流れてしまって困っているんだよな」
「…‥…‥そ、そうなんだな」
「そうだったんですね」
玄の言葉を補足するように、そう言ってひらひらと手を振る大輝に、春斗と優香は呆然とした表情で言葉を返すことしかできなかった。
「ーーなあ、玄」
そんな春斗達をよそに、早速、自分の席に着くと、横に流れかけた手綱をとって、大輝は後ろの席に座った玄にだけ聞こえる声で静かに告げる。
「玄のおじさんは何故、あんなに麻白とあいつらを引き離そうとするんだろうな」
「…‥…‥分からない。だが、父さんは麻白が戻ってくるために必要なことだと言っていた」
「玄のおじさんが何を考えているのかは分からないけれど、とにかく、俺達で麻白を守っていこう」
どこか辛辣そうな玄の言葉にも、大輝は嬉しそうに不適な笑みを浮かべたのだった。




