第五十九話 天真爛漫なその笑顔は
「『姿を変えた人物の能力をコピーする魔術』?」
「ええ」
春斗のつぶやきに、あかりの姿をしたありさはあくまでも明るい笑みを浮かべて答える。
「そ、そんな魔術を使ったりしたら、みんな、混乱するんじゃないのか?」
春斗はそう言って、改めて盛り上がる周囲の様子を見渡す。
不自然に声をはねあげた春斗に、ありさはこちらに近づいてくると、春斗だけ聞こえる声で囁いた。
「この魔術はね、姿を変えても、魔術に関する知識がない人達からは、何の問題がないように認識されるの。つまり、私が別の人物になっても、他の人達からは、ただの仮装としてしか見られない」
「なっーー」
予想もしていなかった彼女の言葉に、春斗は虚を突かれたように呆然とする。
ありさは再び、モニター画面の方に振り返ると、一呼吸置いてから付け加えた。
「もちろん、魔術の知識がある人ーー春斗くん達は例外だけどね」
「霜月さんは、俺達のことを知っているのか?」
「ええ。魔術を使う少年が、春斗くん達のことを教えてくれたの」
春斗がかろうじてそう聞くと、ありさは吹っ切れた言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。
「魔術を使う少年から、俺達のことを聞いたーー」
「まあ、詳しいことは、私に勝ってからね」
春斗の言葉を遮って、唐突にありさが口を挟む。
「じゃあ、バトルの続きをしましょう」
「くっ」
嬉々とした声とともに、正面から突っ込んできたありさのキャラに対して、コントローラーを持ち直した春斗もまた、地面を蹴ってありさのキャラのもとへと向かう。
あっという間に接戦した春斗のキャラとありさのキャラは再度、攻防を展開する。
そんな中、 りことカケルのバトルは今や、最高潮になっていた。そろそろ優越がはっきりする頃である。
迷いなく突っ込んできたカケルのキャラに合わせ、りこのキャラはここぞとばかりに執拗に槍を突き上げた。
「ーーっ」
予測に反した動きに、カケルのキャラは一撃を甘んじて受けてしまう。
油断したーー。
そう思った時には、既にりこは連携技を発動させていた。
その場で舞い踊るように繰り出される槍の七連突きにーーしかし、カケルはあえて下がらずに前に出た。
「ーーっ!」
カケルのキャラの突き入れた刀が、りこのキャラが振る舞おうとした槍を押しとどめた。
刀を振り払おうとするりこのキャラの槍の動きに合わせ、カケルは絶妙な力加減でさらにりこのキャラへ肉薄する。
「ーーさすがだね、三崎くん」
「今生も強いな」
りこが態度で褒めてくると、カケルは当然というばかりにきっぱりと告げた。
先程までとは打って変わった反応に、りこはふっと息を抜くような笑みを浮かべるとさらに言葉を続ける。
「三崎くん。調子、戻ってきたみたいじゃん」
「まあ、な」
言葉とともに加速。
正面から突っ込んできたカケルのキャラに、りこのキャラもまた、地面を蹴ってカケルのキャラへと向かう。
何度目かの長い斬り合いは、りこのキャラが再度、繰り出した連携技によって、カケルのキャラが大きく吹き飛ばされたことで中断した。
立ち上がったカケルのキャラは、刀を両手から右手一本に構え直す。
「悪いけれど、次で決めさせてもらう」
「うーん。結論以外は、りこも同感かも」
冗談でも、虚言でもなく、ただの事実を口にしたカケルに、りこは口元に手を当てて考えるような仕草をする。
「はあ?どういう理屈だよ?」
「りこが勝つっていう理屈!」
「ーーって、おい!」
何気ない口調で告げられたりこの言葉に、カケルは頭を抱えたくなった。
しかし、戦闘の気概を投げつけてきたりこのキャラが、そのまま、嬉々として槍を突き出してきたため、カケルは対応に追われることになった。
それらを刀でさばきながら、カケルはりこのキャラの隙を見て、下段から斬り上げを入れようとする。
だが、りこのキャラはそれを正面から喰らい、金色のダメージエフェクトを撒き散らしながら、なおも執拗に槍を突き上げた。
「ーーっ」
またしても、予測に反した動きに、カケルのキャラは再度、一撃を甘んじて受けてしまう。
それでも、乱れないカケルのキャラの斬撃に槍を合わせ、相殺しながら、りこはカケルのキャラに対して、必殺の連携技を発動した。
『無双雷神槍!!』
槍の最上位乱舞の必殺の連携技。
その場で舞い踊るように繰り出される槍の七連突き、そして締めとばかりに振るわれる横薙ぎ三連閃。
驚愕するカケルを穿つ連携技の大技は、しかし、ぎりぎりのところで体力ゲージを残した。
「ええっ!」
りこが驚きを口にしようとした瞬間、カケルは超反応で硬直状態に入ったりこのキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。
『フローライト・セイバー!!』
「ーーっ。そ、それならーー」
連携技の大技後の大技。
大技後の硬直の隙を狙ったにしては豪華すぎる技に、りこは思わず目の色を変えた。
誰が見ても完全なタイミングでのカウンターは、硬直解除後のりこの絶妙な槍さばきによって、体力ゲージぎりぎりのところまでで何とか凌ぎきられる。
驚きとともに大振りの技を誘導されたカケルに、りこは再度、とっておきの技を合わせる。
『無双雷神槍!!』
「ーーなっ!?」
華々しくも繊細な必殺の連携技が、カケルの操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らしたカケルのキャラは、ゆっくりとりこのキャラの足元へと倒れ伏す。
『YOU WIN』
システム音声がそう告げるとともに、イベントステージのモニター画面に、りこの勝利が表示される。
「やったぁ!りこの勝ち!」
「くっ!」
りことカケルの二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
ーー負けた。
そう確認するカケルを嘲笑うように、春斗とありさはいまだに交戦を続けていた。
「三崎くん」
名前を呼ばれてそちらに振り返ったカケルは、コントローラーを置いたりこが必死の表情でカケルを見つめていることに気づいた。
「今度、チーム戦で戦う時は、りこ達、『ラ・ピュセル』と『ゼノグラシア』が勝つからね!」
「いや、次も俺達、『クライン・ラビリンス』が勝ってみせる!」
片手を掲げて、りこがいつものように嬉々とした表情で興奮気味に話すのを見て、気が滅入っていたはずのカケルは思わず、苦笑してしまうのだった。




