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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
58/126

第五十八話 囚われの錬金術士

「また、負けたー!」

夏休みが始まって間もない頃ーー。

ファーストフードのカウンターのメニュー表の上にぺたっと附せて、長い銀髪の少女はふてくされたような顔でぼやいていた。

「はあ~。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』を始めたのはいいけれど、ずっと負け越しなんて最悪ー!」

「…‥…‥むっ?貴様、負け越しなのか?」

銀髪の少女はそう吐き捨てると、店員に注文を伝えて、カウンター席に行こうとした。

だが、そのタイミングで、後ろで待っていた黒コートに身を包んだ少年は面白くなさそうに顔をしかめると、つまらなそうに言ってのける。

カウンター席に座った銀髪の少女はきっと厳しい表情で、並んでいたにも関わらず、そそくさと隣の席に座った黒コートの少年を見遣るときっぱりと告げた。

「何よ!あなたには関係ないでしょう!」

「確かに、我には関係ない。しかし、だ。我は今、一銭もお金を持っていない」

慣れた小言を聞き流す体で、黒コートの少年は、カウンター席に置かれているメニュー表の一つに人差し指を突きつけると勝ち誇ったように言い切った。

「我に、この『ビックマックセット』というものをおごってくれたら、魔術を使って、貴様のゲームの腕前を強くしてやってもいい」

「はあ、魔術…‥…‥って、そもそも、お金、持っていないのに、あなた、何で並んでいたの?」

抗議の視線を送る銀髪の少女に、黒コートの少年は腰に手を当てると得意げに言う。

「食べたかったからに決まっている!」

「…‥…‥あっ、そう」

黒コートの少年がきっぱりとそう告げると、銀髪の少女は呆れたようにため息をついた。

「…‥…‥本当に、私、強くなれるの?」

「可能だ。ただし、半年間だけだがな」

間一髪入れずに即答した少年は、真顔で銀髪の少女を見つめると腕組みをしてみせる。

「どうやって?」

「言ったであろう。我は、魔術を使うことができるのだ。あかりちゃんの兄上にリベンジをするために、偶然、産み出した唯一無二の魔術道具だったのだが、仕方ない。背に腹は代えられぬ」

あっけらかんとした笑顔でそう答える黒コートの少年を、銀髪の少女はきつく睨み付けた。

「魔術なんて、使えるわけないじゃない」

「むっ?貴様、我の魔術を信じていないようだな」

銀髪の少女が口にした不満に対して、黒コートの少年は咎めるように言った。

「ならば、今、ここで魔術を使ってみせよう」

「えっ?本当に使えるの?」

銀髪の少女の声に応えるように、黒コートの少年は魔術を使うために片手を掲げる。

「むっ!」

「ええっ!」

ーーその瞬間、黒コートの少年は、銀髪の少女の目の前から姿を消した。

銀髪の少女が不安そうにきょろきょろと辺りを見回していると、やがて、ファーストフードの入口から、黒コートの少年が再び、入ってくる。

「今のが、魔術?」

「うむ。『対象の相手の元に移動できる』という魔術だ」

銀髪の少女の疑問に即答した黒コートの少年は、そのまま淡々と続ける。

「我の魔術を使えば、貴様の望みを叶えることなど、容易いことだ」

銀髪の少女は黒コートの少年を見上げると、苦しそうに顔を歪めた。

「だったら、おごってあげる。でも、絶対に強くなれるのよねーーって、ちょっと!」

黒コートの少年に視線を向けるや否や、銀髪の少女は思わず絶句してしまった。

いつのまにか、黒コートの少年がカウンターの前で、両拳を前に出して、ぱあっと顔を輝かせていたからだ。

「うむ。『ビックマックセット』に、『てりやきバーガーセット』にーー」

「ちょっと、『ビックマックセット』だけじゃなかったの?」

「もちろんだ」

状況説明を欲する銀髪の少女の言葉を受けて、黒コートの少年はついでのようにそう答えた。

それはーー救いと呼ぶには、あまりにも残酷で卑怯な方法だったかもしれない。

この時、差しのべられたのは、希望か、絶望か。

今でも、それは彼女には分からない。

だが、これが、彼女がランキング上位へと這い上がるためのーー

そして、彼女のチーム、『囚われの錬金術士』が話題になるきっかけへと繋がるのだった。






「お兄ちゃん、もうすぐ、最新作のオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の模擬戦がおこなわれるみたいだよ」

車椅子に乗ったあかりが意気揚々にそう言ったのは、ゲームフェスタ内にあるイベントステージにたどり着いた時だった。

「あかり、優香、慌てなくても、まだ模擬戦まで時間があるだろう」

「あかりさん、楽しみですね」

「うん。どんな人達と、模擬戦をすることができるのかな」

呆れた大胆さに嘆息する春斗をよそに、優香とあかりはイベントステージを見つめて歓声を上げる。

今回の模擬戦は、通常の模擬戦とは違い、今話題になっているプレイヤーから指命を受けることによって、そのプレイヤーと対戦できる仕組みになっていた。

「まあ、確かに、模擬戦は楽しみだけどな」

春斗は誇らしげに笑みを浮かべると、再び、盛り上がっている会場内を見渡し始める。

ゲームフェスタは、最新のゲームが一堂に会する最大級のゲームイベントだ。

有名なゲーム会社による出展ブースには、ゲームフェスタのみの限定商品、先行発売商品が盛りだくさんである。

オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』のイベントステージに行く前に、春斗達は早速、近くの物販で売っていた、ラビラビのキャンバストートとキーホルダーを購入していた。

「ゲームフェスタには、最新のゲームだけじゃなくて、『ラ・ピュセル』の限定商品もたくさんあるんだな」

「はい。春斗さん、あかりさん、ありがとうございます」

春斗が何気ない口調でそう告げると、優香は嬉しそうに、ラビラビのキャンバストートとキーホルダーが入った袋をぎゅっと抱きしめる。

「それにしても、ゲームフェスタの中央ステージで、今生達、『ゼノグラシア』が、ゲームフェスタ内の会場案内をしていたのは驚いたな」

「そうですね」

問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。

「でも、りこさん達は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の名誉チームです。きっと、ゲームフェスタの会場内の案内を、運営側から頼まれたのだと思います」

「そうかもな」

どこまでも春斗らしいまっすぐな答えに、優香はことさらもなく苦笑した。

「今生達は、他にも、いろいろなイベントステージに行ったりして、何かと忙しそうだな」

「さあ、お待たせしました!ただいまから、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の模擬戦を開始します!」

春斗が物思いに耽っていると、突如、イベントステージ内に立っている実況の声が春斗達の耳に響き渡る。

実況の模擬戦開幕の言葉に、観客達はヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。

「この模擬戦は、通常の模擬戦とは違い、今話題になっているプレイヤーから指命されることによって、そのプレイヤーと対戦することができます!」

「おおっ!」

「すげえ!」

盛り上がる客席に、実況がスタッフ達に、照明を二人のプレイヤーに対して照らすように指示する。

「まずは、この間のドームの公式大会で、『クライン・ラビリンス』の新メンバーに正式に加入した三崎カケル。そしてもう一人は、公式大会を連勝し続け、波に乗ってきている『囚われの錬金術士』のチームリーダー、霜月ありさだ!」

「三崎カケル。やっぱり、『クライン・ラビリンス』に加入したのか!」

「霜月ありさって強いけれど、何か不気味だよな」

場を盛り上げる実況の声と紛糾する観客達の甲高い声を背景に、春斗はまっすぐ前を見据えた。

イベントステージの舞台で、戦うことになるかもしれないプレイヤー。

そのうちの一人の姿を見た瞬間、春斗は息を呑んだ。

三崎カケルさんかーー。

この間のドームの公式大会で対戦した、『クライン・ラビリンス』の新メンバー。

だけど、三崎カケルさんの父親が、麻白を死なせてしまった張本人なのか。

不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、まじまじとカケル達を見つめていた春斗に、もう一人のプレイヤーであるありさは人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。

「初めまして、『囚われの錬金術士』のチームリーダーの霜月ありさです。もしよろしければ、対戦相手に指命してもいい?」

「…‥…‥ああ」

突然、指命されて、少し照れくさそうな春斗に、ありさは何のてらいもなくこう言った。

「よろしくね」

「ああ。よろしくな」

ありさが、春斗を指命するのを確認すると、実況はさらに言い募る。

「では、三崎カケルさん。対戦相手の指命をお願いします」

「俺はーー」

「はーいはーい。りこが、三崎カケルさんの対戦相手に立候補してもいい?」

自分の父親が、黒峯麻白さんを長期入院へと追いやってしまった。

こんな自分と対戦したいと思う人はいるのだろうか?

思い悩むカケルの言葉を遮って、唐突に、イベントステージへとやって来たりこが口を挟む。

りこが発した言葉に、カケルは意外そうにぴたりと動きを止めた。

「あ、ああ」

「よろしくね」

場をとりなすりこの言葉に、カケルはほっとしたように安堵の表情を浮かべる。

りこ達はステージ上のモニター画面に視線を移すと、コントローラーを手に取った。

遅れて、春斗達もコントローラーを手に取って正面を見据える。

「では、レギュレーションは一本先取。最後まで残っていたプレイヤーが勝利となります」

「いずれにしても、やるしかないか」

決意のこもった春斗の言葉が、場を仕切り直した実況の言葉と重なった。

「ええ」

春斗の言葉にありさが頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。


ーーバトル開始。


対戦開始とともに、先に動いたのは春斗だった。

春斗のキャラが地面を蹴って、ありさのキャラとの距離を詰める。

春斗のキャラに距離を詰められたありさのキャラは、嬉々として剣を突き出してきた。

それらを短剣でさばきながら、春斗はありさのキャラの隙を見て、下段から斬り上げを入れようとする。

「そろそろ、いいかな?」

緊密な春斗のキャラの斬り上げを浴びながら、何故か、避けようともせずに棒立ちのまま、ありさはぽつりとつぶやいた。


ーーその時だった。


ありさのキャラは、その場で大きく剣を振るう。

すると、地面から、まばゆい光が吹き上がり、ありさのキャラが暗転。

次の瞬間、ありさのキャラは、先程までの鎧兜の少女から、固定キャラである小柄な少女キャラへと変貌する。


「お兄ちゃん、絶対に負けないからね」


不意に隣からかけられた声。

「なっーー」

聞き覚えのある声に、春斗は目を見開く。

ーーあり得ない。

あり得ない。

あり得ない。

あり得るわけがない。

何故なら、あかりは、優香と一緒に客席で観戦しているはずだからだ。

春斗は、客席で優香と一緒に驚いているあかりを確認してから、隣のありさへと一息に振り返る。


そこには、あかりが笑って立っていた。


ーーなんだ?

何なんだ、これは?

今度こそ、混乱する春斗に、あかりに見える少女は得意げに人差し指を立てると、さらに言葉を続けた。

「お兄ちゃん。ううん、『ラ・ピュセル』のチームリーダーの雅山春斗くん。驚かせてごめんなさい。実は、魔術を使う少年が、私の願いを叶えてくれたの」

「魔術を使う少年が?」

「そう。あなた達が、魔術で雅山あかりさんを生き返させたようにね」

そう前置きして、あかりの姿をした少女ーーありさから語られたのは、春斗達の想像を絶する内容だった。


「これはね、『姿を変えた人物の能力をコピーする魔術』なの。ただ、唯一無二の魔術とかで、半年間しか、この魔術は使えない。そして、この魔術を使えるのはバトル中に一度だけ、私と同じ性別の人ーーつまり、ランキング入りしている女性プレイヤーだけだから、今の私は本来のあかりさんのゲームの腕前ーー能力だけで、宮迫さんの能力は引き継げていないんだけどね」


「ーーなっ!」

「「ーーっ」」

あかりの姿をしたありさから、あまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、春斗と観戦していたあかりと優香は二の句を告げなくなってしまっていた。

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