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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
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第五十七話 軌跡を運ぶ風の音

麻白のことで話したいことがある。

そう言って、放課後、春斗達が、玄達と一緒に向かったのは屋上だった。

休み時間ごとに来るクラスメイト達の質問攻めと、ひっきりなしに届く玄達への調理実習のお菓子のおすそわけ。

放課後、ようやく、玄達を屋上に呼び寄せられた春斗は疲れていた。

放課後、屋上で話をするのもどうかと考えたが、幸い、今日はあいにくの雨模様で屋上は閉散としていて人気は少なく、春斗達の話に耳を傾ける者はいなかった。

「玄、大輝」

傘を差した春斗は軽く肩をすくめて目を瞬かせると、ドームの公式大会を終えてからずっと疑問に思っていたことを口にした。

「俺達は、この間のドームの公式大会で、『クライン・ラビリンス』の新メンバーである三崎カケルさんに会った」

「ーーっ」

「なっーー」

春斗のその言葉に、玄と大輝が驚愕にまみれた声でつぶやく。

春斗は真剣な表情のまま、さらに言い募った。

「そのことで、玄と大輝に相談したいことがあるんだ」

「相談したいことって、もしかして、麻白と三崎カケルに関連することか?」

「…‥…‥ああ」

あっさりと告げられた春斗の言葉に対して、大輝は不満そうにむっと眉をひそめる。

その様子を見て、優香は少し困ったように頬に手を当ててため息をつくと、朗らかにこう言った。

「大輝さん。麻白さんは、三崎カケルさんのことをご存じなのでしょうか?」

「知るわけないだろう!」

優香の疑問に即答した大輝は、そのまま不満そうに淡々と続ける。

「麻白には、今回のーー三崎カケルのことは話していないからな」

「…‥…‥そうなんだな」

「そうなんですね」

大輝の不服そうな言葉に、春斗と優香はほんの一瞬、戸惑うように息を呑んだ。

そんな春斗達の反応に、大輝は表情を緩めて軽く肩をすくめてみせる。

「その、春斗、優香、怒鳴ってごめん。でも、三崎カケルのことは、麻白には絶対に言わないでほしいんだよ」

「…‥…‥申し訳ありません」

そう断じた大輝に、優香は先程の失言を悔やむように哀しげに俯く。

「そうですね。麻白さんの体調が不明瞭だというのに、このようなぶしつけなお伺いをしてしまって申し訳ありませんでした」

「…‥…‥いや、優香。俺の方こそ、怒鳴ってしまってごめん」

優香の謝罪を受けて、大輝は少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。

そのタイミングで、玄はため息とともにこう切り出してきた。

「…‥…‥父さんから口止めされていることだが、おまえ達には本当のことを話しておこうと思う」

「本当のこと?」

春斗は顎に手を当てて、玄の言葉を反芻する。

あえて意味を図りかねて、春斗が玄を見ると、玄はなし崩し的に言葉を続けた。

「この間、父さんが、麻白の記憶を完全に取り戻させたんだ」

「なっ!」

「…‥…‥っ」

予想外な玄の言葉に、春斗と優香は思わず愕然とする。

「今の麻白は、あの事故のことを思い出している。三崎カケルが、あの事故を引き起こした運転手の息子だと知ればーー取り乱してしまうかもしれない」

「…‥…‥そうだったんですね」

玄が苦々しい顔で目を伏せると、優香はたじろぎながらも率直な感想を述べる。

「そんな事情があったんだな」

春斗はそこまで告げると、視線を床に落としながら謝罪する。

「玄、大輝、ごめん」

「玄さん、大輝さん、申し訳ありません」

春斗に相次いで、優香も粛々と頭を下げる。

その様子に、玄は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いをにじませた。

「春斗、優香、麻白のことを気遣ってくれたのにすまない。だが、少なくとも今は、麻白には、三崎カケルのことを伝えないつもりだ」

「ああ、そうだな」

冗談でも、虚言でもなく、ただの願望を口にした玄に、春斗は穏やかな表情で胸を撫で下ろすと口元に手を当てて考え始める。

それにしても、麻白の記憶が完全に戻ったと言っていたけれど、麻白は今、大丈夫なのだろうかーー。

確か、麻白は記憶を取り戻すことを怖がっていたはずだ。

もしかしたら、麻白は、あの事故のことを思い出してしまうのを恐れていたのかもしれない。

春斗が目を細め、更なる思考に耽ろうとした矢先、不意に、玄はぽつりとこうつぶやいた。

「春斗、優香。麻白に会ったら、今までと同じように接してあげてほしい」

「ああ、あかりにも伝えておくな」

「…‥…‥春斗、優香、麻白の心配をしてくれてありがとう」

内心の喜びを隠しつつ、玄は微かに笑みを浮かべると、今度こそ、踵を返して大輝とともにその場から立ち去っていった。






昇降口に辿り着いた春斗は、隣を歩いていた優香の方を振り返ると窮地に立たされた気分で息を詰めた。

視界に広がる雨の帳に、さらに春斗の心は憂鬱になる。

春斗は靴を履き替えると、屋上で言われた玄達の言葉を思い返し、不思議そうに尋ねた。

「優香。記憶が完全に戻ったということは、つまり、麻白は、俺達のことを思い出したっていうことだよな」

「恐らく、そうだと思います」

問いかけるような声でそう言った春斗に、同じく靴を履き替えた優香は軽く頷いてみせる。

「今度、麻白に会ったら、また、俺達を見て驚きそうだな」

「そうですね」

髪を撫でながらとりなすように言う優香に、春斗は穏やかな表情で胸を撫で下ろした。

春斗達は傘を差すと、正門に向けて歩き始める。

その時、不意に、あかりの声が聞こえた。

「あっ、お兄ちゃん、優香さん!」

「ーーっ!あ、あかり、どうして、ここにいるんだ?」

「あかりさん!」

いつからいたのか、正門前で待ち構えていたあかりが、下校してきた春斗と優香を視界に収めて歓喜の声を上げた。

その隣には、傘を差した春斗の母親が、車椅子を押しながら、穏やかな表情であかりを見つめている。

呆気に取られる二人をよそに、あかりは信じられないと言わんばかりに両手を広げて目を見開いた。

「あのね、二人に見てほしいものがあったから、お母さんにお願いして、お兄ちゃん達の学校まで連れていってもらったの」

「…‥…‥見てほしいもの?」

「ごめんなさい、春斗、優香。でも、雅山家では、初の快挙だったから」

春斗のその問いに、春斗の母親が少し困ったように笑みを浮かべた。

「う、うん」

あかりはテストの答案用紙をぎゅっと握りしめたまま、恥ずかしそうにそうつぶやくと顔を俯かせる。

しかし、このままでは話が先に進まないと思ったのだろう。

あかりは顔を上げると、意を決して話し始めた。

「宮迫さんがーーもう一人の私が、この間の小テストで百点を取ったの」

「宮迫さんが?」

意外な事実に、春斗は思わず唖然として首を傾げた。

あかりは嬉しそうに頷くと、さらに先を続ける。

「うん。他のクラスでも、同じ問題が書かれた小テストが出たみたいなんだけど、百点を取ったのは宮迫さんだけなんだよ」

あかりがぱあっと顔を輝かせるのを見て、春斗は思わず苦笑してしまう。

「嬉しそうだな」

「うん。嬉しんだもの」

春斗の何気ない言葉に、あかりは嬉しそうに笑ってみせた。

「いつか、私も、こんな風に百点を取ってみたいな」

「あかり、違うだろう」

「えっ?」

突然の春斗からの指摘に、あかりは呆気に取られたように首を傾げた。

春斗の代わりに、優香が優しげな笑みを浮かべて答える。

「宮迫さんと一緒に頑張ったら、きっと取れます」

「う、うん!」

優香の言葉に、あかりは顔を上げると明るく弾けるような笑顔を浮かべてみせた。

日だまりのようなその笑顔に、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見やる。

玄の父親が、どのようにして、麻白の記憶を取り戻したのかは分からない。

でも、記憶を取り戻したことによって、麻白が以前のように、家族や大輝以外の人とも自然に笑いあえることができたらいいな、と願ってしまう。

春斗はあかりと優香と春斗の母親を横目に見ながら、少し照れくさそうに頬を撫でる。

「あかり、優香。なら、宮迫さんが百点を取ったお祝いに、今度、みんなで一緒に、ゲームフェスタにでも行こうな」

「うん」

「はい、楽しみです」

あかりと優香の花咲くようなその笑みに、春斗は吹っ切れた表情を浮かべて一息に言い切ったのだった。

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