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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
56/126

第五十六話 彼らに伝えたい想い

「…‥…‥と、春斗」

「…‥…‥さん、春斗さん」

不意に、あかりと優香から名前を呼ばれて、春斗は寝転がっていたベットから勢いよく身体を起こした。

視界に映るのは、見慣れた自分の部屋だ。

あかりと一緒にゲームを始めたまではよかったのだが、なかなか先に進まなかったため、一度、ベットに横になって気分転換をしようとしたのだ。

だが、うっかり、そのまま、朝まで眠ってしまっていたらしい。

春斗はうつろな目をこすると、微睡みを邪魔してきたあかりと優香の方へとゆっくりと振り返った。

「おはよう、あかり…‥…‥じゃなくて、宮迫さん、優香」

「おはよう、春斗」

「春斗さん、おはようございます」

呆れた大胆さに嘆息する春斗をよそに、何故か、春斗の部屋にいた、琴音に変わったばかりのあかりと優香は、春斗を見つめて嬉しそうに笑ってみせた。

「春斗さん、起きたばかりで申し訳ないのですが、急がないと遅刻してしまいます」

「遅刻?‥…‥…あっ!」

優香の意外な言葉に、春斗が携帯で時間を確認すると、ちょうど通学しなくてはいけない時間の少し手前を示していた。

「うわっ!」

春斗はおもむろに、携帯の時間を見て動揺する。

「完全にやばい!」

「春斗さん、申し訳ありません。宮迫さんと春斗さんのお母様と一緒に、春斗さんを起こそうとしていたのですが、なかなか起きて頂けなかったので、この時間帯になってしまいました」

春斗が態度で不満を表明していると、優香は申し訳なさそうに事実を告げた。

「春斗さん、驚かせてしまって申し訳ありませんでした」

「…‥…‥いや、優香。俺の方こそ、思いっきり、寝坊してしまってごめん」

優香の謝罪を受けて、春斗は少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。

改めて、春斗はあかりに視線を向けると、先程から疑問に思っていたことを口にした。

「そういえば、あかりはあの後、自分の部屋に戻れたのか?」

「ああ。あかりとの交換ノートに、母さんにお願いして、自分の部屋まで連れていってもらったって、書かれていたからな」

「そうなんだな」

春斗の照れくさそうな言葉に、あかりは嬉しそうに笑ってみせる。

だがすぐに、遅刻しそうなことを思い出すと、春斗は幾分、真剣な表情でこう言った。

「宮迫さん、優香、すぐに準備するな」

「ああ」

「はい、お待ちしています」

必死に言い繕う春斗を見て、 あかりと優香ははにかむように微笑んでそっと俯いてみせる。

春斗達が他愛のない会話をしていると、不意に、春斗の部屋のドアが開いた。

「あら、春斗、起きたの?」

「ああ」

部屋に入ってきた春斗の母親から言葉を投げかけられて、春斗はあかり達から春斗の母親へと視線を向ける。

エプロンを締め直すと、春斗の母親は穏やかな表情であかりに声をかけてきた。

「あかり、そろそろ、学校に行きましょう」

「ああ」

あかりがてらいもなくそう答えると、春斗の母親はきゅっと目を細めて頬に手を当てた。

「今日はお昼まで、もう一人のあかりなのよね」

「確か、今日はお昼休みまで、俺だったと思う」

「そうだったわね」

吹っ切れたような言葉とともに、春斗の母親はまっすぐにあかりを見つめる。

「あかり、まずは、リビングまで行きましょう。春斗、優香、手伝ってくれる?」

「ああ」

「はい」

目をぱちくりと瞬いたあかりをよそに、春斗はあかりを抱きかかえると、そのまま春斗の母親のもとへと歩いていった。

春斗の母親も頬をゆるめて、ゆっくりとあかりの方へと歩み寄り、お互いの距離を縮める。

優香は足早にあかりの部屋に寄ると、机に置かれていたあかりの鞄とサイドバックを掴む。

そして、三人に支えられながら、あかりは学校に行くため、リビングへと向かったのだった。






「はあはあ…‥…‥。な、何とか、間に合った」

「は、はい…‥…‥。間に合いましたね」

始業のホームルームが始まる寸前の時間帯に慌てて教室に入ってきた春斗と優香を見て、玄達は目を瞬かせた。

「みんな、おはよう」

「「おはようございます」」

だが、春斗達がいつもの挨拶をする前に、すぐに先生が来て始業のホームルームが始まる。

春斗は先生によってホワイトボードに書き込まれる今日の授業の補足説明などをぼんやりと眺めながら、昨日のあかりの言葉を思い出していた。


『お兄ちゃん、麻白は三崎カケルさんのこと、知っているのかな?』


ーー知らないだろうな。

春斗は顔を曇らせて俯くと、ぽつりとそう思った。

恐らく、三崎カケルさんのことを知っても、家族である玄達とチームメンバーである大輝以外の記憶がない麻白はただただ、困惑するだけだ。

なら、麻白には知らせない方がいいと判断した玄のおじさんはきっと、正しいのだろう。

しかし、いずれ、『ラグナロック』と『クライン・ラビリンス』が対戦した時に、麻白と三崎カケルさんは対面してしまうことになるのではないだろうか。

対戦する前に、麻白に知らせた方がいいか。

それとも、知らせない方がいいのか。

思考は堂々巡りで、一向に一つの意見にまとまってくれなかった。

春斗が一人、思い悩んでいると、不意に春斗の携帯が震えた。

春斗が携帯を確認すると、先程、会話をしたばかりの優香からのメールの着信があった。


『春斗さん、昨日の夜、あかりさんから、麻白さんの話をお伺いしました。お昼休みに、玄さん達に会って、麻白さんのことについて相談しましょう』


そのメールの内容に、春斗は思わず、目を丸くした。

「…‥…‥玄達に?」

春斗がたまらず、そうつぶやくと、再び、優香からのメールの着信が来る。


『春斗さん。玄さんは、麻白さんのお兄様、そして、大輝さんは麻白さんの幼なじみです。きっと、私達よりも、麻白さんのことを案じているはずです』


「ーーっ」

そのメールの内容に、春斗は目を見開いた。

春斗は思わず、そのまま、立ち上がりそうになって、自分で自分の手を掴むことで抑え込む。

「…‥…‥確かにそうだな」

春斗は拳を握りしめると、胸に灯った炎を再び、大きく吹き上がらせた。

それでも、どうしても漏れてしまう笑みを我慢しながら、自嘲するでもなく、吹っ切るように春斗はがりがりと頭をかいて、

「なら、お昼休みに、玄達と相談してみるか」

と、一息に言った。

熱意に燃える春斗の様子を見て、優香は嬉しそうに、そして噛みしめるようにくすくすと笑うのだった。






「あの、黒峯玄さん。これ、四時間目の調理実習で作ったお菓子です。もしよかったら、受け取って下さい!」

「あ、私も、もらって下さい!」

「黒峯、浅野、今から、一緒にゲームしようぜ!」

お昼休み、優香と一緒に、売店でパンを購入してきた春斗が、玄達の机の方に視線を向けると、既にオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦優勝チーム『ラグナロック』の二人は、相変わらず、クラスメイト達ーーそして、別のクラス、他の学年の生徒達からも熱烈な歓待を受けていた。

あっという間にできた人だかりに応えるように、玄の前の席に座っていた大輝が動く。

売店に寄った後、玄達に麻白のことを尋ねようと思っていた春斗は、困ったように眉をひそめてみせる。

「これじゃ、玄達に、麻白のことを聞けそうにないな」

「はい」

呆れたようにつぶやいた春斗に、優香は頷いてみせると、いつものように机を囲み、春斗の隣の席に座った。

「とにかく、あの人だかりが落ち着くのを待つしかないな」

春斗は少し躊躇うようにため息を吐くと、売店で購入したパンを頬張る。

「そうですね。あの、春斗さん。四時間目の調理実習の時に作ったお菓子なのですが、もしよろしかったら、もらって頂けませんか?」

「あ、ああ。ありがとうな、優香」

恥ずかしそうに顔を赤らめて、持っていた紙袋を差し出してきた優香に、春斗は少し照れくさそうに、了承の言葉を口にしたのだった。

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