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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
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第五十五話 望む未来と叶わぬ願い

ドームの公式大会の後、車椅子に乗ったあかりを連れて、自分の家に戻った春斗は思い詰めたような表情で深くため息をついた。

ーー二連敗か。

いろいろと対策を練ったのにも関わらず、『クライン・ラビリンス』に勝てなかったな。

「…‥…‥はあ~、ただいま」

「ただいま、お母さん」

春斗が玄関のドアを開けて何気ない口調でそう告げると、あかりは嬉しそうに膝元に置いている琴音との交換ノートをぎゅっと抱きしめる。

「おかえり、春斗、あかり」

母親の出迎えとともに、おぼつかない仕草で靴を脱ぎ、玄関に足を踏み出した春斗は真っ先に疑問に思っていたことを口にした。

「なあ、母さん。それって、もしかしてネットで頼んでいた、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』が届いたのか?」

「…‥…‥え、ええ」

小箱を持ちながら、ぎこちなくそう応じる春斗の母親の様子に目を瞬き、少しだけ首を傾げながら、春斗は先を続ける。

「発売日当日に届いたんだな」

「それがね、春斗。先程、電話があったんだけど、あかりが頼んでいた、黒峯麻白さんがエンディングを歌っている、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌CDの発送が遅れるみたいなの」

春斗があくまでも真剣な眼差しで聞くと、春斗の母親は少し言いづらそうに顎に手を当てると、とつとつとそう語る。

「えっ?遅くなるの?」

「ええ。何でも、今回のオープニングを歌っている人が、今、話題の有名な歌手の人らしくて、最新作のゲーム以上に注文が殺到しているみたいなの」

やや驚いたように声をかけたあかりに、母親は少し逡巡してから答える。

「…‥…‥そ、そうなんだ」

届くのを、すごく楽しみにしていたのだろうーー。

言葉に詰まったあかりは顔を真っ赤に染め、もういっそ泣き出しそうだった。

咄嗟に、春斗は焦ったように言った。

「あかり、その、大丈夫だからな」

「…‥…‥えっ?」

戸惑った顔で、あかりは春斗の顔を見た。

春斗は頷くと、あかりにこう告げる。

「オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』ーー、最新作のゲームは届いているだろう?」

「ゲーム?」

「ああ。ゲームをクリアしたら、エンディングの時に、麻白の歌が聞けるだろう?」

春斗が少し考え込むように頷くと、あかりは信じられないと言わんばかりに両手を広げて目を見開いた。

「うん!お兄ちゃん、私、ゲームがしたい!」

言いたかった言葉を見つけたらしいあかりは一気にそう言うと、表情を輝かせながら春斗を見つめた。

「はははっ。あかりが元気になって良かった」

両手を握りしめて言い募るあかりに熱い心意気を感じて、春斗は少し照れたように頬を撫でてみせる。

「そうね。でも、春斗、あかり。明日は学校なんだから、あまり、やり過ぎないようにね」

「ああ」

「うん」

口調こそ、重たかったものの、どこか晴れやかな表情を浮かべて言う春斗の母親の言葉に、春斗はあかりと顔を見合わせると、ほっとしたように安堵の表情を浮かべるのだった。






春斗の母親と他愛ない会話をした後、リビングで夕食を終えた春斗達は早速、最新作、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』をする準備をするために春斗の部屋に上がった。

いそいそとゲーム機に歩み寄り、最新作のゲームを起動させながら、あかりが嬉しそうに言う。

「この歌が、オープニングなんだね」

あかりは視線を落とすと、どこか懐かしむようにそうつぶやいた。

春斗があかりの視線を追うと、ゲーム機の近くに、琴音の大好きなペンギンのぬいぐるみと優香の大好きなラビラビのぬいぐるみが置かれていることに気づく。

テレビのスピーカーからは、ゲームのオープニングソングが鳴り響いていた。

いつものオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の曲とはテイストが違うけれど、しっとりとした心にしみていくような素敵な歌だった。

「いつも、テレビのCMで流れていた歌だな」

「うん」

コントローラーを握りしめて嬉しそうに頷くあかりに、春斗は少し照れくさそうに頬を撫でる。

歌が流れ終わった後、あかりは幾分、真剣な表情で、春斗に声をかけた。

「ねえ、お兄ちゃん」

「…‥…‥どうした、あかり」

「あ、あのね」

春斗のその問いに、あかりはコントローラーをぎゅっと握りしめたまま、言いにくそうにつぶやくと顔を俯かせる。

しかし、このままでは話が先に進まないと思ったのだろう。

あかりは顔を上げると、意を決して口を開いた。

「麻白のお父さんは、三崎カケルさんのお父さんを恨んでいるのかな?」

「恐らく、な」

口調だけはあくまでも柔らかく言った春斗に、あかりは苦々しい顔でぽつりぽつりとつぶやく。

「…‥…‥そう、だよね」

あくまでも強がりを言い続けるあかりを、春斗はなんとも言えない顔で見つめていた。

言葉が見つからない。

そんなことはない。

と、口で否定することは簡単だったが、あの光景をーーあかりの死を目の当たりにしてしまった今では、間違ってもそんな台詞は言えなかった。

フラッシュバックのように、春斗の脳裏にかっての映像が流れていく。


『私、このまま、死んじゃうのかな』


真っ白なベットに横たわるあかりが涙を潤ませて、小刻みに震えながらささやくような声で言う姿。


『…‥…‥麻白は、おまえの妹と同じように魔術で生き返った』


総合病院の休憩スペースで、玄が真剣な眼差しで率直に告げる姿。


『…‥…‥驚かせてごめんなさい。でも、あたし、本当に分からないの』


ゲームセンターのゲームスペース内で、麻白が申し訳なさそうに謝罪する姿。

今回の公式大会の時から、ずっと抱えていた春斗の疑問が頭をもたげた。


ーーもし、俺が玄の立場だったら、どうしたんだろう。


…‥…‥いや、きっと、三崎カケルさんに会っても、反発しか覚えない。

魔術で生き返させてもらったとはいえ、麻白に会えるのは、特定の日ーーしかも、少しの間だけだ。

そして、麻白は家族とチームメイト以外の記憶が欠落している上に、度々、頭痛が起こったりしている。

大切な妹がそんな状態なのだから、きっと、玄も、三崎カケルさんとは普通に接することはできないだろうな。

春斗が目を細め、更なる思考に耽ろうとした矢先、不意に、あかりの声が聞こえた。

「お兄ちゃん、麻白は三崎カケルさんのこと、知っているのかな?」

「多分、知らないと思う。麻白は家族とチームメイト以外の記憶が欠落しているから、玄のおじさんは、あえて会わせないようにしているんだろうな」

「…‥…‥麻白」

ベットの上に置いた手を握りしめていたあかりが、ゲームの説明書を手に取った春斗の言葉でさらに縮こまる。

ゲームの説明書を置き、立ち上がった春斗はため息を吐きながらも、いつものようにあかりの頭を優しく撫でた。

「あかり、三崎カケルさん達がこれ以上、苦しまないためにも、麻白をできる限り、支えてあげような」

「…‥…‥うん。ありがとう、お兄ちゃん」

あかりがぱあっと顔を輝かせるのを見て、春斗は思わず苦笑してしまう。

『チェイン・リンケージ4』。

その眼前のタイトル表記が消えると同時に、あかりからコントローラーを渡された春斗はメニュー画面を呼び出してストーリーモードの画面を表示させる。

「ーーさて、クリアを目指してやるか」

「うん」

あかりが嬉しそうに頷くと、春斗は真剣な表情でゲーム画面を見据えた。

ふと脳裏に、ツーサイドアップに結わえた銀色の髪の少女ーー宮迫琴音の姿がよぎる。

気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐにゲーム画面を見つめた春斗は思ったとおりの言葉を口にした。

「『チェイン・リンケージ』。ーーもう一度、玄達と三崎カケルさん達が繋がるために」

春斗がそうつぶやいたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。


ーーバトル開始。


ぴりっとした緊張感とともに、バトルが開始される。

「お兄ちゃん、頑張って!」

「ああ」

春斗のキャラのバトルを見て嬉しそうにはしゃぐあかりを眺めながら、春斗は意図的に笑顔を浮かべて言う。

あかりの笑った顔も、泣いた顔も、恥ずかしがる顔も、ふて腐れた顔も、声も仕草も全てが愛おしいと感じる。

不意に春斗は、あかりが退院した後に告げていた言葉を思い出す。


『あのね、お兄ちゃん、優香さん。私、魔術で生き返れてよかった。だって、お兄ちゃんと優香さん、お父さんとお母さん、それに宮迫さん、大好きな人達にまた、会うことができたもの』


「…‥…‥俺達も、あかりにまた、会うことができて良かった」

あの時のあかりの言葉に答えるように、春斗は目を伏せるとぽつりとつぶやいた。

そして、春斗達は自分だけの世界に埋没するように、ゲームにのめり込んでいったのだった。

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