第五十四話 心に残るあの言葉に④
「出たー!!『始祖・魔炎斬刃』!!」
「すげえー!!俺、今、何が起こったのか、分からなかった!!」
一拍遅れて爆発する観客のリアクションを尻目に、春斗は目を細める。
「すごい…‥…‥」
まさに、熱くなった身体に冷や水をかけられた気分だった。
モニター画面を睨みつけながら、春斗は不意に不思議な感慨に襲われているのを感じていた。
ーーやっぱり、阿南輝明さんは強い。
ーーだけど、その強さは、あの布施尚之さん、そして、玄とは違う強さだ。
玄達、『ラグナロック』に二度も負けていながら、『クライン・ラビリンス』がなお、『最強のチーム』だと言われている。
その答えがこれだ。
あの最強クラスの必殺の連携技を一度だけとはいえ、使用することが出来る上、一対一の戦いにも、複数のチームと同時に戦う乱戦状態の中でも、輝明は遺憾なくその強さを発揮した。
まさに、オールラウンドの強さに、春斗は驚愕の眼差しを送る。
不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、まじまじと輝明を見つめていた春斗をよそに、優香はモニター画面に映し出されている、決勝戦のステージの映像を的確に確認しながら言う。
「前回、ゲームセンターで対戦した『ラグナロック』は、玄さんと大輝さんの実力もさることながら、麻白さんが今まで以上の実力を発揮されて、あかりさんと互角に渡り合ったことが敗因に繋がったのだと思います」
「そうだな」
少し困ったようにそう答えたあかりに対して、あかりの隣で輝明を見つめていた春斗は胸のつかえが取れたようにとつとつと語る。
「逆に、『クライン・ラビリンス』は安定した強さを発揮していたな。阿南輝明さんのあの圧倒的な必殺の連携技の前では、いくら玄でも、モーションランキング内、そして、個人戦の一対一の対戦では、勝つのは厳しいかもしれない」
「そうですね。『クライン・ラビリンス』は、阿南輝明さんを筆頭に、可もなく、不可もなく、確実に勝利していくチームだと思います」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
そのタイミングで、後ろ手を組んだまま、傍観していたりこが、躊躇いがちに春斗達に声をかけてきた。
「優香、春斗くん、あかりさん。その、ごめんね」
「何がだ?」
りこの意外な言葉に、春斗は思わず、不思議そうに首を傾げる。
だが、あっさりと告げられた春斗の言葉に対して、りこは不満そうにむっと眉をひそめた。
「むうー。だから、りこ、高野花菜さんを倒せなくてごめんね」
「いえ、りこさんが高野花菜さんを食い止めてくれましたから、あかりさんは今回のバトルでは、自由に動くことができました」
その場で屈みこみ、唇を尖らせるという子供っぽいりこの仕草に、優香はくすりと笑みを浮かべた。
「ああ。それに今生が、あの高野花菜さんの体力ゲージをぎりぎりまで減らしてくれていたから、俺とあかりは、阿南輝明さんの方にも立ち回ることができたんだ」
「ありがとうな、今生」
「…‥…‥う、うん」
優香に続いて告げられた、春斗とあかりの言葉に、立ち上がったりこは面喰らったように目を見開いた後、徐々に赤くなる顔を誤魔化すかのように俯く。
「優香、春斗くん、あかりさん、ありがとう」
春斗達の賞賛の言葉に、りこはほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、幸せそうにはにかんだ。
その仲睦ましげな様子を、絶え間なく眺めていた当夜は神妙な表情のまま、カケルに振り返った。
「カケル。『ラ・ピュセル』っていうチーム、どう思う?」
「手強いチームだな」
カケルがふてぶてしい態度でそう答えると、当夜は意味ありげな表情で春斗達を見た。
「ああ。輝明や黒峯玄も、注目しているチームだからな」
「だけど、ただ、手強いだけじゃない。厄介なーー」
「当夜。僕は『ラ・ピュセル』に注目なんてしていないからな」
だけど、ただ、手強いだけじゃない。厄介なチームだ。
そう告げる前に先じんで言葉が飛んできて、カケルは口にしかけた言葉を呑み込む。
首を一度横に振ると、代わりにカケルは不思議そうに輝明に訊いた。
「輝明は、『ラ・ピュセル』のこと、気にならないのか?」
「でも、輝明、もう一つの必殺の連携技、今回、初めて『ラ・ピュセル』に披露した」
「うるさい!」
苛立ちの混じった輝明の声にも、花菜は淡々と表情一つ変えずに言う。
そこで、花菜は小首を傾げると、ふっとあかりに視線を向けた。
「雅山あかり、次は負けない」
「ああ」
不意に話を振られたあかりは、きっぱりとそう告げる。
そんなあかりのリアクションに、カケルの隣に立っていた当夜はため息をつくと、不服そうにこう言った。
「…‥…‥天羽優香。次に戦う時は、相討ちにはさせない。今度こそ、徹底的に叩き潰す」
「私達も負けません」
察しろと言わんばかりの眼差しを突き刺してきた当夜に、優香は真剣な表情でこくりと頷く。
春斗はそんな二人に苦笑すると、ため息とともにこう切り出した。
「今度は、俺達がーーいや、『ラ・ピュセル』が勝ってみせる!」
「…‥…‥なら、全てを覆すだけだ」
対戦中に告げた言葉を残して、輝明は踵を返すと、チームメイト達とともにその場から立ち去っていったのだった。
大会会場であるドームから出ると、春斗は先程の『クライン・ラビリンス』との対戦を思い返しながら言った。
「今回も、負けてしまったな」
「でも、今回は確かな手応えがあったと思います」
優香がぽつりとつぶやいた言葉は、確認するような響きを帯びていた。
春斗は眉を寄せて言う。
「…‥…‥そうかもな。だけど、負けたことには変わりないからな」
「でもでも、春斗くん。一歩前進だと、りこも思うよ」
ばつが悪そうな表情で、ドームに視線を向ける春斗に、ひょっこりと春斗の前に姿を現したりこは人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。
「阿南輝明さんに、もう一つの必殺技をーーあのチートな固有スキルを使わせることができたんだから」
「それって、そんなにすごいことなのか?」
春斗がかろうじてそう聞くと、りこは吹っ切れた言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。
「うん。だって、阿南輝明さん。もう一つの必殺技は、強豪チーム以外、めったに使わないんだよ。それってつまり、『ラ・ピュセル』が強豪チームだと認められてきたっていう証じゃん」
「そ、そうなんだな」
おどけた仕草で肩をすくめてみせたりこに、春斗は困ったように眉をひそめてみせる。
そんな春斗に、優香が居住まいを正して、真剣な表情で続けた。
「春斗さん、大丈夫です。『ラ・ピュセル』は、確実に強くなってきています」
「そうだな」
照れくさそうにそう答えた春斗に対して、優香は胸のつかえが取れたように柔らかな笑みを浮かべる。
ーーその時だった。
「う、う~ん」
起きたばかりなのか、立派な寝癖がついた髪をかき上げながら、海のように明るく輝く瞳をした少女ーーあかりが眠たそうに目をこする。
大会会場の受付を通りすぎた直後、琴音からあかりに戻ったのだが、あかりは大会で身体的に疲れていたらしく、そのまま眠ってしまっていたのだ。
「お兄ちゃん、優香さん、りこさん、おはよう」
「おはよう、あかり…‥…‥って、もう夕方だけどな」
「…‥…‥えっ?もう、夕方なの?」
春斗に指摘されたことにより、今の時刻がもう夕方だと察したあかりは、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに顔を俯かせる。
いつもどおりの妹の反応に、春斗は特に気に止めた様子もなく、むしろまたか、と呆れたようにため息をつく。
あかりはきょろきょろと周囲を見渡し、自分の置かれている状況に気づくと、呆然とした表情で目を丸くした。
「お兄ちゃん、な、何で私、ここにいるの?大会はどうなったの?」
狼狽する妹の様子に、春斗は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。
「はあ…‥…‥。大会が終わったから、今から家に帰るところだ。いい加減、慣れろよな」
「…‥…‥慣れないもの」
曖昧に言葉を並べる春斗に、あかりは不満そうな眼差しを向ける。
不服そうな妹をよそに、春斗は急いで、あかりの乗った車椅子を動かし始めると、少し言いにくそうに軽く肩をすくめてみせた。
「あと、その、あかり、ごめんな。俺達、今回の大会も敗退したんだ」
「あかりさん、すみません」
「あかりさん、ごめんね」
「ううん、お兄ちゃん、優香さん、りこさん、ありがとう」
春斗と優香とりこの謝罪を受けて、あかりは少しばつが悪そうにゆっくりと首を横に振る。
「あのな、あかり。俺達は決勝戦で敗退したんだけど、阿南輝明さんのーーあのすごい、もう一つの必殺技を初めて見ることができたんだ」
「そうなんだ…‥…‥。お兄ちゃん、優香さん、りこさん、もう一人の私、すごい!」
春斗の言葉に、あかりは持っていた交換ノートをぎゅっと握りしめると明るく弾けるような笑顔を浮かべてみせた。
日だまりのようなその笑顔に、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』ーー。
その、第四回公式トーナメント大会のチーム戦が、どんな厳しい戦いになるのかは予測できない。
だけど、第四回公式トーナメント大会のチーム戦では、今度こそ、絶対に俺達が優勝してみせる。
やり場のない震えるような高揚感を少しでも発散させるために、春斗は拳を強く握りしめる。
「そういえば、お兄ちゃん。『クライン・ラビリンス』の新メンバーの人って、どんな人だったの?」
「うーん、三崎カケルさんか。戦闘スタイルが、はっきりとした強い人だと思ったな。今回は何とか勝てたけど、次に闘う時は、さらに手強くなっているかもしれない」
「そうなんだね」
春斗の少し困ったようなその笑みに、あかりは思わず、吹っ切れたように笑ったのだった。
初めて、チーム同士でバトルした『ラグナロック』とのゲームセンターでの対戦。
互いに、新メンバー加入後の『クライン・ラビリンス』とのドームの公式大会での対戦。
後に、春斗は思う。
今日、この時、この瞬間。
俺達のチーム、『ラ・ピュセル』は、確かに強豪チームへの道を進み始めていたということをーー。




