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想いのリフレイン  作者: 留菜マナ
公式トーナメント大会編
53/126

第五十三話 心に残るあの言葉に③ ☆

輝明にメッセージを送ったその日の夜、カケルは夢を見た。

それはまだ、カケルの父親が事故を起こしたばかりの夢。

カケルが、母親と一緒に麻白が入院しているという総合病院に行った時のことだ。

その当時のカケルは、自分の父親が事故を起こしたことによって生じた自分の環境の変化に、嫌気が差して自暴自棄になっていた。

病院内の様子に恐縮しながらも、カケルは総合病院の受付で、麻白の病室が『面会謝絶』だという言葉を聞いて、進退極まっているカケルの母親をそっと窺い見る。

カケルの母親は、酷い顔色だった。

真っ白で、でも無機質ではない、残酷なほどに穏やかな空気が流れる病院には、まるでカケルとカケルの母親しかいないように感じられた。

自分の父親が事故を起こしたという、あまりにも唐突な現実に理解が追いつかないカケルを尻目に、カケルの母親が力なく、けれど淀みなく、言葉を紡ぎ始めた。

「お願い致します。どうか、黒峯麻白さんに会わせて下さい」

「申し訳ございません。黒峯麻白さんの病室は、面会謝罪になっていまして、私ども病院関係者さえも立ち入ることが許されておりません」

受付の確かな拒絶の意思に、泣き出しそうに歪んだカケルの母親の顔には、はっきりと絶望の色が浮かんでいた。

「そう、ですか」

受付から離れたカケルの母親が涙を潤ませて、小刻みに震えながらささやくような声で言う。

「カケル、ここまで、ついて来てもらったのにごめんなさいね。母さん、黒峯麻白さんに何とかして謝りたかったのだけど、無理だった」

「ーーっ」

その受け入れがたい事実を前に、カケルは両拳を強く握りしめて露骨に眉をひそめる。

どうしようもない現実に苦しんでいるカケルの母親を助けたくて、咄嗟にカケルはこう言ったのだ。

「無理なんてーー」

カケルはカッとした。

言葉を途切らせた後、 苛立つ心のまま、カケルは声の限りに叫んだ。

「無理なんて言うなよ!」

「カケル?」

カケルはつかつかとカケルの母親のもとに歩み寄ると、するりとカケルの母親の手を取った。

「会わせてもらえないなら、病室を探せばいいだろう?少なくとも、黒峯麻白さんは、この総合病院に入院しているんだから」

「…‥…‥そうかもね。ありがとう、カケル」

必死に言い繕うカケルを見て、カケルの母親は嬉しそうにはにかむように微笑んでそっと俯いた。


あの後、俺達は何とかして、黒峯麻白さんに謝りたかったのだけど、結局、黒峯麻白さんの病室は分からずじまいだった。

思い出す。

幼い頃の幸せな家族との記憶を。

もう二度と戻らないと思っていた、輝かしい記憶を。

幸せは永遠だと信じていたあの頃を。

でも、もう戻れない。

カケルはそう思っていた。

だけど、輝明と初めて出会った時、カケルのーーカケルの家族の運命は大きく変わったーー。

「はあ?おまえの父親はまだ、仕事が決まっていないのか?」

問いかけるような声でそう言った輝明に、カケルは軽く頷いてみせる。

「…‥…‥あ、ああ。あの事故の加害者である父さんのことは、いろいろと知れ渡っているみたいで、なかなか採用につながらないみたいなんだ」

その当たり前のように告げられた事実はただ、自分の父親が無職だということより、カケルにショックを与えた。

輝明はカケルの方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。

「だったら、僕の父さんが経営している会社に来ればいい。確か、個人外注ーー在宅勤務を募集していたから、人目も気にならないだろうしな」

「ーーっ」

カケルが『クライン・ラビリンス』に入った後ーー。

てらいもなくそう告げて、それを取り戻させてくれた輝明に、カケルは感謝してもしきれなかった。






あかりのキャラが地面を蹴って、輝明のキャラとの距離を詰める。

迷いなく突っ込んできたあかりのキャラに合わせ、輝明のキャラはあえて下がらず、自身の武器である刀を振る舞った。

「ーーっ!」

刀から放たれた一撃を、上体をそらすことでかわしたあかりのキャラは、視界を遮る風圧に剣による反撃の手を止めた。

「雅山あかり、あなたの相手は私」

「ーーっ」

決意の宣言と同時に、花菜のキャラは巨大な鎌を、あかりのキャラに振りかざしてきた。

輝明のキャラと対峙していたあかりのキャラは、翻した剣でその一撃を受け止めるも、予想以上の衝撃によろめく。

花菜のキャラの大鎌は凌いだが、代わりに対峙していた輝明のキャラに受け身を取った先を狙われ、二振りの斬撃が入る。

だが、再度、振るわれた輝明の一撃は、割って入ってきた春斗のキャラによってかろうじて防がれた。

すると、春斗のキャラがあかりのキャラの防戦に回るのを待っていたかのように、今度は、花菜のキャラが巨大な鎌を春斗のキャラに振りかざす。

「ーーっ」

「春斗!」

卓越された輝明と花菜のキャラの連携攻撃に、体力ゲージぎりぎりの春斗のキャラをかばって前衛に出たあかりのキャラは、次第に体力ゲージを減らしていく。

既に、春斗と花菜のキャラは体力ゲージぎりぎりで、あかりのキャラも体力ゲージが一割を切っているのにも関わらず、輝明のキャラはまだ、半分ほどしか減っていない。

しかし、春斗はあかりのサポートを得ながら、起死回生の気合を込めて、輝明のキャラに必殺の連携技を発動させる。

『ーー弧月斬・閃牙!!』

「ーーっ!?」

あかりのキャラの援護を得て、真正面から一人で挑んできた春斗のキャラに、輝明は一瞬、目の色を変えた。

『ラ・ピュセル』のチームリーダーである春斗が、ここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技。

それを、元最強チームであるチームリーダーはわずかにダメージを受けながらも正面から弾き、避け、そして相殺して凌ぎきった。

「なっーー」

春斗が驚きを口にしようとした瞬間、輝明は超反応で硬直状態に入った春斗のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。

「ーーっ!?」

音もなく放たれた一閃が、なすすべもなく春斗の操作するキャラを切り裂いた。

致命的な特大ダメージエフェクト。

体力ゲージを散らした春斗のキャラは、ゆっくりと輝明のキャラの足元へと倒れ伏す。

「‥…‥くっ」

ーー負けた。

ーーだけど、まだ、チームとしては負けてはいない。

連携技を使うまでもなく、輝明のキャラに再度、必殺の連携技を凌ぎきられて倒されながらもーー春斗は何かを見定めるために息を吐く。

元より、春斗のキャラの三度目の必殺の連携技は見せ技。

春斗のーー春斗達の本当の狙いは、別にある。

「あかり、今だ!」

直前の動揺を残らず吹き飛ばして、春斗は叫ぶ。

「ああ!」

春斗の声に応えるように、あかりはとっておきの技を花菜のキャラに合わせる。

『ーーアースブレイカー!!』

あかりのーーあかり達の起死回生の必殺の連携技が放たれる。

「ーー!」

音もなく放たれた一閃が、剣を押しとどめようとしていた大鎌ごと、花菜の操作するキャラを切り裂いた。

致命的な特大ダメージエフェクト。

体力ゲージを散らした花菜のキャラは、ゆっくりとあかりのキャラの足元へと倒れ伏す。

「雅山あかり」

自身のキャラが倒されたというのに、表情一つ変えずに振り返った花菜に、あかりは意図して笑みを浮かべてみせた。

「これで、おあいこだな」

「そうかもしれない」

あかりのつぶやきに、花菜は目を細め、うっすらと、本当にわずかに笑った。

「今回も、私の負け」

淡々と言葉を紡ぐ戦姫の名を冠した少女ーー花菜は、髪をかきあげて決定的な事実を口にした。

「…‥…‥だけど、輝明にはーー『クライン・ラビリンス』には勝てない」

花菜がそうつぶやくと同時に、輝明のキャラは刀を振りかざしてきた。

刀による嵐のごとき斬撃に、あかりのキャラはあえて下がらず、前に出る。

「だったら、俺はーーいや、俺達は『クライン・ラビリンス』に必ず、勝ってみせる!」

「…‥…‥なら、全てを覆すだけだ」

短い会話の直後、ステージの真ん中で再度、ぶつかりあった輝明とあかりのキャラは一合、二合と斬り結んだのち、いったん距離を取る。

「…‥…‥花菜、こちらも、とっておきをやる。下がっていろ」

瞬間的な輝明の言葉に、コントローラーを置いた花菜は一瞬、表情を緩ませたように見えた。

無表情に走った、わずかな揺らぎ。

そして、無言の時間をたゆたわせた後で、花菜はゆっくりと頷いた。

「…‥…‥分かった。後のことは、輝明に任せる」

それとなく、視線をそらした花菜は、まるで照れているかのようにうつむいた。

挿絵(By みてみん)

輝明は、あかりのキャラの連撃を回避すると、ため息とともにこう切り出してきた。

「『ラ・ピュセル』。僕達にここまでダメージを与えたこと、今すぐ後悔させてやる」

静かな言葉に込められた有無を言わせぬ強い意思。

輝明の凛とした声に、春斗は思わず、目を見開く。

「一体、何をするつもりなんだ?」

「わ、分かりません」

「うーん、これはやばいかも」

緊張した面持ちでモニター画面を見つめる春斗と優香をよそに、唯一、りこだけが複雑な表情をにじませる。

だが、それも、輝明のキャラの固有スキルーー『真なる力の解放』によって放された、もう一つの必殺の連携技を見るまでだった。


「ーー『始祖・魔炎斬刃』!!」


その声は、否応なく、春斗達の全身を総毛立たせる。

次の瞬間、何が起こったのか、そばで見ていた春斗にも分からなかった。

ほんの一瞬前まで、輝明のキャラと対峙していたあかりのキャラは、次の瞬間、見えない刃によって切り刻まれ、叩きつけられ、焼きつくされた後、そのまま、数メートル先まで吹き飛ばされていた。

その必殺の連携技ーーそれだけで、残っていたあかりのキャラの体力ゲージすべては根こそぎ刈り取られていた。

驚愕する暇もない、一瞬とも呼べない、ごくごく短い時間。

常識ではあり得ない現象。

不条理そのものの現象は、けれど、『最強のチーム』のリーダーである、目の前の少年には、これ以上なくふさわしい。

西洋の王宮になぞられたバトルフィールドに唯一、立っているのは、一人の剣豪のような風貌の男性。

白と青を基調にした軽装の鎧のような衣装を身に纏ったーー輝明のキャラが、伸ばした右手に刀を翻らせ、この上ない闘志をみなぎらせている。

輝明の固有スキル、真なる力の解放。

それは、固有スキルを使用することで一度だけ、別の必殺の連携技を使うことができる固有スキルだった。

「ーーなっ」

「言ったはずだ。全てを覆すと」

何かを告げようとしたあかりの言葉をかき消すように、輝明はこの上なく、不敵な笑みを浮かべた。


『YOU WIN』


システム音声がそう告げるとともに、巨大モニターに『クライン・ラビリンス』の勝利が表示される。

「つ、ついに決着だ!勝ったのは、『クライン・ラビリンス』!!」

興奮さめやらない実況がそう告げると、一瞬の静寂の後、認識に追いついた観客達の歓声が一気に爆発した。

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