第五十二話 心に残るあの言葉に②
『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で、二位のプレイヤーである阿南輝明。
カケルも、その名はモーションランキングシステム内、そして、公式の大会などで、何度も目にしたことがある。
あの個人戦の覇者である布施尚之さえも、一目置いている『クライン・ラビリンス』のチームリーダーだ。
そんな相手と、二度もオンライン対戦をしたなんて…‥…‥。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の後ーー。
輝明との二度目のオンライン対戦を終えたカケルはおもむろに、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームであり、第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦、準決勝チームである『クライン・ラビリンス』についてのことをネット上で検索してみる。そして、表示された『最強のチーム』という評価の高さを見ながら、こっそりとため息をつく。
「はあ…‥…‥」
矢継ぎ早の展開。それも唐突すぎる流れに、ベットに横たわっていたカケルは顔をしかめた。
父親の過失による事故、黒峯麻白さんの長期入院を終えてからのチーム復帰、そして、阿南輝明との二度目のオンライン対戦。
自分に一体、何が起こっているというのか。
「少なくとも、阿南輝明は、俺よりも、はるかに強いっていうことは分かった」
断定する形で結んだカケルは、わずかに目を見開いた後、テレビ画面に再度、視線を落とす。
そこには、輝明から受信されてきたメッセージが表示されていた。
『クライン・ラビリンス』が、最強のチームだと言われている所以はなんだ?』
「そんなの、俺の方が知りたいよ」
あまりにも率直なメッセージに、カケルは額に手を当てて呆れたように肩をすくめる。
輝明が何を考えて、カケルにこのメッセージを送ったのかは分からない。
けれど、カケルは明確に、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦、決勝の舞台のことを脳裏によぎらせていた。
『ラグナロック』に二度も負けていながら、『クライン・ラビリンス』がなお、『最強のチーム』だと言われている。
その理由を慎重に見定めて、カケルはあえて軽くメッセージを返す。
『絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目』
カケルのメッセージは現実を伴って、耳朶を震わせた。
「カケル!」
その輝明の声が合図だった。
「分かっている!」
そう口にした輝明のキャラの背中から現れたのは、刀を振り上げたカケルのキャラだった。
完全に虚を突いた二人の連携攻撃を前にして、春斗のキャラは一撃を甘んじて受けてしまう。
油断したーー。
そう思った時には、既に輝明は連携技を発動させていた。
『竜牙無双斬!!』
最短で繰り出された輝明のキャラの必殺の連携技にーーしかし、春斗はあえて下がらずに前に出た。
「ーーっ!」
春斗のキャラはそれを正面から喰らい、ぎりぎりのところまで体力ゲージを減らしながらも、輝明のキャラの必殺の連携技の終息に合わせて、春斗もまた、必殺の連携技を発動させる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ!」
『短剣』から持ち替えた『刀』という予想外の武器での一撃に、必殺の連携技を放った反動により、硬直状態に入った輝明は一瞬、目の色を変えた。
春斗の固有スキル、武器セレクト。
それは、自身の武器を一度だけ、自由に変えることができる。
『ラ・ピュセル』のチームリーダーである春斗が、ここぞという時に放った土壇場での必殺の連携技。
「悪いな」
「ーーっ」
輝明のキャラが硬直状態に入ったことで、バトルの終わりが予測された連携技の大技は、しかし、すかさず、割って入ってきたカケルのキャラの連携技によってそれを阻まれる。
「なっーー」
春斗が驚きを口にしようとした瞬間、硬直状態が解除された輝明は、超反応で硬直状態に入った春斗のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。
「ーーくっ!?」
「春斗!」
音もなく放たれた一閃が、なすすべもなく春斗の操作するキャラを切り裂く。
その前に、乱入してきたあかりのキャラの固有スキルにより、春斗のキャラはぎりぎりのところで避けて、体力ゲージを残した。
あかりの固有スキル、『オーバー・チャージ』。
自身、または仲間キャラの状態異常を解除する固有スキルだ。
それにより、春斗は必殺の連携技を放った反動である硬直状態を解除したことで、輝明のキャラの必殺の連携技の嵐から、何とか逃れることができたのだった。
「なっ!」
輝明は、自身の必殺の連携技を、二度にも渡って凌がれたことに驚愕する。
だが、春斗のキャラの短剣の矛先は、既に輝明のキャラに向かっていなかった。
輝明のキャラに反撃してくるとばかりに思われた春斗のキャラは、輝明のキャラを一瞥もくれず、まっすぐカケルのキャラに攻撃を繰り出してくる。
『ーー弧月斬・閃牙!!』
「ーーっ!」
音もなく放たれた一閃が、短剣を押しとどめようとしていた刀ごと、カケルの操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らしたカケルのキャラは、ゆっくりと春斗のキャラの足元へと倒れ伏す。
「…‥…‥雅山春斗、そして、雅山あかり、やってくれたな」
その静かな輝明の言葉とともに、輝明のキャラは小さな音を響かせて刀を下段に構えた。
「…‥…‥悪い、輝明。せっかく、くれたチャンスを無駄にしてしまって」
「この二人は、僕一人で倒す。カケル、おまえは花菜と当夜に、他のメンバーがバトルに参戦してこないように徹底的に叩き潰してこいと伝えろ」
「わ、分かった」
静かな言葉に込められた有無を言わせぬ強い意思。
輝明の凛とした声に、カケルはたじろぐように退く。
「当夜、花菜、後の二人は任せた。そして、あとはーー」
輝明の真剣な表情が、一瞬でみなぎる闘志に変わる。
「このバトルごと、全てを覆すだけだ」
「くっ!」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、輝明のキャラは自身の武器である刀を、春斗とあかりのキャラに振りかざした。
輝明のキャラと対峙していた春斗とあかりのキャラは、手にした武器で一撃を受け止めようとするが、予想以上の衝撃によって弾き飛ばされる。
「春斗さん、あかりさん…‥…‥っ」
「遅い」
咄嗟に、優香は、春斗達のもとに駆けつけようとして、一瞬前まではその場にいなかったはずの当夜のキャラの横切りを受けてしまう。
「天羽優香。大会での借りは返す!」
「ーーっ」
さらに当夜が繰り出した、美しい半月を描いた下段からの高速斬撃に、優香のキャラは大ダメージエフェクトを撒き散らす。
「優香!」
優香のキャラの体力ゲージが、春斗のキャラと同様に、危機的なレベルに達していることに気づいたのだろう。
焦ったりこのキャラが、優香のキャラがいる場所へと走り出しそうとして、こちらの行く手を阻むように大鎌を構えた花菜のキャラに眉をひそめる。
「今生りこ、あなたの相手は、私だったはず」
「ーーっ」
決意の宣言と同時に、花菜のキャラは巨大な鎌をりこのキャラに振りかざした。
肉斬骨断とばかりに波状攻撃を繰り出してくる花菜のキャラに、りこのキャラはここぞとばかりに執拗に槍を突き上げる。
「ーーっ」
予測に反した動きに、花菜のキャラは一撃を甘んじて受けてしまう。
油断したーー。
そう思った時には、りこは必殺の連携技を発動していた。
『無双雷神槍!!』
槍の最上位乱舞の必殺の連携技。
その場で舞い踊るように繰り出される槍の七連突き、そして締めとばかりに振るわれる横薙ぎ三連閃。
ーーしかし、花菜のキャラはあえて下がらずに前に出た。
「ーーっ!」
花菜のキャラはそれを正面から喰らい、ぎりぎりのところまで体力ゲージを減らしながらも、りこのキャラの必殺の連携技の終息に合わせて、花菜もまた、必殺の連携技を発動させる。
『ーー冥星のプレリュード!!』
「ーーっ!」
大鎌の最上位ランクの必殺の連携技。
半径を描くように上段から斬り下ろし、下段からの斬り上げを経て、花菜のキャラは踊るように、左右からりこのキャラを斬り刻む。
「ここで、必殺の連携技!?」
予想外の必殺の連携技の大技に、キャラが硬直状態になったりこは驚愕の表情を浮かべる。
音もなく放たれた必殺の連携技が、なすすべもなくりこの操作するキャラを切り裂いた。
致命的な特大ダメージエフェクト。
体力ゲージを散らしたりこのキャラは、ゆっくりと花菜のキャラの足元へと倒れ伏す。
「りこさん!」
言葉と同時に、優香のキャラは当夜のキャラに背を向け、花菜のキャラがいる場所へと走り出しそうとする。
「逃がすとでもーー」
「いえ、逃げるつもりはありません!」
「なっーー!」
それは、当夜にとって、予想外な優香の言葉だった。
優香のキャラを捉え、弾き飛ばそうとした当夜のキャラの出鼻をくじくように、優香のキャラは振り返らず、反射的にその場に屈みこむ。
当夜のキャラの一撃は空を切り、屈みこんでいた優香のキャラはここぞとばかりにメイスを振りかざして、必殺の連携技を発動させる。
『ーーメイス・フレイム!!』
「余計な真似はさせない。天羽優香、おまえは、ここで徹底的に叩き潰す」
「ーーっ」
意表をついた優香のキャラによる、当夜のキャラへの時間差攻撃。
だが、当夜は優香のキャラの必殺の連携技が自身のキャラに放たれる前に、優香のキャラに対して下段からの高速斬撃を繰り出した。
それぞれ、体力ゲージを散らした優香と当夜のキャラは、ゆっくりとその場に倒れ伏す。
「…‥…‥くっ!優香、今生ーーっ」
「…‥…‥輝明」
思わず叫びかけた春斗は次の瞬間、息をのんだ。
淡々とした声とともに、りこのキャラと対峙していた花菜のキャラが戦闘に加わってきたからだ。
「雅山春斗、雅山あかり。私はチームのためにーー輝明のために動く。輝明の邪魔はさせない」
「なら、俺はーーいや、俺達は『クライン・ラビリンス』に必ず、勝ってみせる!」
花菜が態度で勝ちを報告してくると、あかりは当然というばかりにきっぱりと告げた。
彼女らしい反応に、戸惑っていた春斗はふっと息を抜くような笑みを浮かべるとさらに言葉を続ける。
「ああ。今度は、俺達がーーいや、『ラ・ピュセル』が勝ってみせる!」
「…‥…‥なら、全てを覆すだけだ」
輝明の言葉に、ぐっとコントローラーを握りしめた春斗とあかりは、決意したようにゲームのモニター画面をまっすぐ見つめたのだった。




