第四十九話 彼らが勝つために出来ること②
「ラビラビさんのロールケーキ、可愛かったね」
「はい、ラビラビさんのロールケーキ、すごく可愛かったです」
喫茶店で、お目当てのラビラビのロールケーキを食べることができて、あかりと優香は顔を見合わせると幸せそうにはにかんだ。
「はあ…‥…‥。あと、問題は、新メンバーが加入した『クライン・ラビリンス』だな」
春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったようにあかり達に視線を向ける。
「恐らく、第四回公式トーナメント大会では、『クライン・ラビリンス』は固有スキルを使ってくるだろうし 、『ラグナロック』と同様、あかりは高野花菜さんとの対戦を強いられてしまうことになるかもしれない」
「そうですね。それに、阿南輝明さんの固有スキルの対策も立てなくてはいけませんね」
問いかけるような声でそう言った春斗に、優香は軽く頷いてみせる。
「はあ…‥…‥。『クライン・ラビリンス』の方は、問題が山積みだな」
頼んでいたカフェラテを口に含むと、春斗は額に手を当てて困ったように肩をすくめてみせる。
そんな春斗の言葉を聞き留めて、りこは同じく先程、頼んでいたラビラビのロールケーキを口に運ぶと朗らかに言った。
「ねえねえ、あかりさん。『クライン・ラビリンス』の方は、この人と対戦したいっていうのある?」
「ううん、特にないけれど」
どこか確かめるような、りこの物言いに、あかりは戸惑いながらも首を横に振る。
りこは居住まいを正して、真剣な表情で続けた。
「なら、りこが代わりに、高野花菜さんを食い止めてあげようか?そうすれば、あかりさんは、『クライン・ラビリンス』戦では自由に動けるようになるじゃん」
「…‥…‥なるほどな。確かに、今生が高野花菜さんを食い止めてくれたら助かるな」
「うん。りこさん、どうかよろしくお願いします」
「…‥…‥う、うん」
静かにーーそして、どこまでも決意を込めた春斗とあかりの返答に、りこは面喰らったように目を見開いた後、徐々に赤くなる顔を誤魔化すかのように俯く。
「りこ、頑張るね」
春斗達に任されたことが嬉しくてたまらないとばかりに、きゅっと目を細めて頬に手を当てるりこを見て、優香はくすりと笑みを浮かべる。
「はい。りこさんなら、あの高野花菜さんを食い止められると思います」
「優香、春斗くん、あかりさん、ありがとう!」
春斗達の了承の言葉に、りこはほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、幸せそうにはにかんだ。
「あと、問題は阿南輝明さんの固有スキルと新メンバーの人か。とにかく、新メンバーの人が、どんな人なのか分からないと対策の立てようがないな」
春斗はそう言うと、あかりと優香とりこを見てさらりと続ける。
「なら、俺達も、今度、『クライン・ラビリンス』が出場するはずのドームで開催される公式の大会に出場してみるか」
「うん」
「そうですね」
きっぱりと告げられた春斗の言葉に、あかりと優香は嬉しそうに頷いてみせる。
「うーん。春斗くん達、『ラ・ピュセル』がドームの公式の大会に出場するなら、りこ達、『ゼノグラシア』は別の公式の大会に出場しようかな」
しかし、りこは静かにそう告げて、顎に手を当てて真剣な表情で思案し始めた。
すると、春斗はそんなりこの気持ちを汲み取ったのか、頬を撫でながら照れくさそうにぽつりとつぶやいた。
「今生、その、俺が勝手に、次の大会のことを決めてしまってごめんな」
「ううん。りこ達も、まだ、どの大会に出場するのか、決めていなかったから大丈夫だよ」
照れくさそうにそう付け足した春斗に対して、りこは胸のつかえが取れたようにとつとつと語る。
「…‥…‥ありがとうな」
りこがざっくりと付け加えるように言うと、春斗は一度、目を閉じてから、ゆっくりと開いて言う。
「あかり、優香、今生。次の大会は、絶対に優勝しような」
「うん」
「はい、優勝しましょう」
「りこ、頑張るね」
あかりと優香とりこの花咲くようなその笑みに、春斗は吹っ切れた表情を浮かべて一息に言い切った。
そして、春斗はカフェラテを再び、口に含むと、次に『ラグナロック』と『クライン・ラビリンス』に対戦した時のことを想像し、途方もなく心が沸き立つのを感じていたのだった。
「う、う~ん」
立派な寝癖がついた髪をかき上げながら、車椅子を動かしていたあかりが一つあくびをする。
「お兄ちゃん、優香さん。そろそろ、宮迫さんに変わるみたい…‥…‥」
車椅子に乗ったあかりが少し困ったようにそう言ったのは、喫茶店でりこと別れた後、春斗達が家に帰るために歩道を歩いていた時のことだった。
「そうか。家まで、間に合わなかったな」
「そうですね」
「うん」
隣に立っている春斗達にそう答えると、あかりは人目のない場所に移動するために車椅子を動かし、くるりと半回転してみせた。だがすぐに、うーん、と眠たそうに目をこすり始めてしまう。
眠気を振り払うようにふるふると首を振ったものの効果はなかったらしく、結局、あかりは車椅子にぽすんと寄りかかって目を閉じてしまった。
そのうち、先程より少し大人びた表情をさらしたあかりが、すやすやと寝息を立て始める。
その様子を見て、春斗はほっと安心したように優しげに目を細めてあかりを見遣る。
「あかり…‥…‥」
「ーーっ」
横向きに寄りかかっているため、車椅子から落ちそうになっているあかりの華奢な体を、春斗はそっと元の姿勢に戻そうとした。
だが、春斗はあかりを元の姿勢に戻すことはできなかった。
その前に、不意に目を覚ましたあかりがあわてふためいたように両手を左右の肘かけに伸ばして、車椅子から落ちそうになるのを自ら、食い止めたからだ。
「あかり、大丈夫か?」
「…‥…‥春斗」
春斗に声をかけられたことにより、あかりはーー琴音は、あかりに憑依したことを察したようだった。
あかりはきょろきょろと周囲を見渡し、自分の置かれている状況に気づくと、呆然とした表情で目を丸くした。
「今日は、何処かに出かけていたんだな」
驚きの表情を浮かべるあかりの様子に、春斗は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。
「ああ。オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦に優勝するために、今日は『ラ・ピュセル』のチームメンバー全員…‥…‥って宮迫さん以外だけど、作戦会議をしていたんだ」
「そうなんだな」
春斗がざっくりと付け加えるように言うと、あかりはきょとんとした顔で目を瞬かせる。
「ああ。詳しくは帰ってから話すけれど、今度、『クライン・ラビリンス』が出場するーードームで開催される公式の大会に出場することになったんだ」
「第三回公式トーナメント大会後、初の公式の大会です」
幾分、真剣な声でそう言った春斗に、優香は嬉しそうに軽く頷いてみせた。
「そうなんだな。だけど、新メンバーが加入した『クライン・ラビリンス』は、かなり手強くなっていそうだな」
「あかり!」
あかりが目を細め、更なる思考に耽ろうとした矢先、不意に優希の声が聞こえた。
顔を上げ、声がした方向に振り向くと、少しばかり離れた歩道橋のエレベーターの前で、車椅子に乗った優希があかりの姿を見とめて何気なく手を振っている。
春斗達の元へと車椅子を動かして駆けよってきた優希に、あかりは真剣な表情を収めて、穏やかな表情を浮かべる。
「優希、交換ノートに書かれていたんだけど、昨日はいろいろと勉強とか教えてくれてありがとうな」
「うん…‥…‥って、それは昨日、いつものあかりからも言われたよ」
あっさり口にされた感謝の言葉に、優希は目を丸くして驚きの表情を浮かべた。
「そうなんだな」
「あかりは相変わらず、変な奴」
吹っ切れたような表情を浮かべるあかりに、優希は呆れたようにため息をついた。
その硬い声に微妙に拗ねたような色が混じっている気がして、あかりは思わず苦笑してしまう。
「優希、次に『クライン・ラビリンス』と戦う時は、絶対に俺達が勝ってみせる」
「そうだね…‥…‥って、まさか、姉さん達に勝てると思っているの」
あっさり口にされた言葉に、優希は目を丸くして驚きの表情を浮かべた。
「あかりには悪いけれど、今回も勝つのは、新しく新メンバーが加入した『クライン・ラビリンス』だから」
「いや、俺達が勝ってみせる」
優希が態度で勝ちを認めてくると、あかりは当然というばかりにきっぱりと告げた。
「次は負けない!」
「いや、次も姉さんと兄さんのチーム、『クライン・ラビリンス』が勝つ!」
あかりと優希は互いに向かい合うと、不敵な表情を浮かべながら、しばし睨み合った。
「ーーあの」
横に流れかけた手綱をとって、優香は静かに告げる。
「もしかして、優希さんは、『クライン・ラビリンス』の新メンバーの方とお会いしたことがあるのでしょうか?」
優香がぽつりとつぶやいた言葉は、確認するような響きを帯びていた。
優希は眉を寄せて言う。
「う、うん。一応、会ったことはあるんだけど、その人、いろいろとあって、姉さん達から、今度のドームの公式の大会の時までは誰にも言わないでほしいって、口止めされているから」
「ーー優香。優希くんが驚いているぞ」
片手で顔を押さえていた春斗は、呆気に取られている優希の視線に気づくと朗らかにこう言った。
「優希くん。俺達も、その、今度、ドームで開催される公式の大会に出場することにしたんだ」
「えっ?あかり達も、ドームの公式の大会に出場するんだ」
春斗の言葉に、優希はきょとんとした顔で目を瞬かせる。
「うーん。『クライン・ラビリンス』が出場するから、あかり達は優勝できないと思うけれど」
「…‥…‥くっ。俺達のチームもーー『ラ・ピュセル』も、新しいチームメンバーが加入して強くなったんだからな」
優希の意味深な言葉に、ほんの少しの焦燥感を抱えたまま、あかりは苦し紛れに悪態をつく。
「…‥…‥俺達のチームか」
「春斗さん、嬉しそうですね」
うっすらと笑みを浮かべた春斗がそう口にするのを聞いて、優香は噛みしめるようにくすくすと笑う。
春斗はあかりと優香を横目に見ながら、ため息をつくときっぱりとこう告げた。
「あかり、優香、今回の喫茶店で話したことを、もう一人のあかりにも伝えておきたいし、そろそろ帰ろうか」
「そうですね」
「ああ。優希、また学校でな」
顔を見合わせてそう言い合うと、春斗達は足早に春斗の家へと向かったのだった。




