第四十八話 彼らが勝つために出来ること①
『ラ・ピュセル』のチームメンバー全員で、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦のことについて話し合う日ーー。
待ち合わせの駅前の喫茶店に着いた春斗は、あかりの乗った車椅子を押しながら、足早に人込みの中を歩き、駅の電光板の時刻に目をやった。
見れば、りこと待ち合わせの約束をした時間より、一時間ほど、オーバーしてしまっている。
咄嗟に、あかりが焦ったように口を開いた。
「お兄ちゃん、待ち合わせの時間、かなり過ぎているよ!」
「仕方ないだろう。今朝、喫茶店に行こうとしたら、出勤前の父さんから、この間の玄達の話を詳しく聞かせてほしいと呼び止められたんだからな。まあ、優香が先に待ち合わせの喫茶店に行ってくれているから、大丈夫だとは思うけれど」
「春斗くん、あかりさん!」
春斗がそう言って、喫茶店に入ろうとした矢先、不意にりこの声が聞こえた。
声がした方向に振り向くと、少しばかり離れたコンビニで、りこが春斗達の姿を見とめて何気なく手を振っている。その隣には、優香が穏やかな表情で春斗達を見つめていた。
春斗達の元へと駆けよってきたりこが、少し不満そうに言った。
「春斗くん、あかりさん、遅いよ。りこ、待ちくたびれた」
「今生、ごめんな」
「りこさん、ごめんなさい」
春斗とあかりがそれぞれの言葉で謝罪すると、りこはどこか照れくさそうな笑みを浮かべる。
「まあ、春斗くん達の事情は、優香から聞いているし、お医者さんである春斗くん達のお父さんは何かと忙しいと思うから」
りこはそう言って空笑いを響かせると、ほんの一瞬、複雑そうな表情を浮かべた。
「ーーなあ、今生」
そう切り出して、春斗はりこに向き直ると、ずっと思考していた疑問をストレートに言葉に乗せた。
「そういえば、今日は他の『ゼノグラシア』 のメンバーはいないんだな?」
「そうそう。今日は『ラ・ピュセル』のチームメンバー全員での話し合いだから、りこ一人で来たの」
「ーーっ」
「そうなんだ」
思いもよらない言葉は、優香の隣を歩くりこから発せられた。
目を見開く春斗ときょとんとしたあかりに、りこは迷いのない足取りで、春斗達の前まで歩いてくると淡々と言う。
「りこは『ゼノグラシア』のチームリーダーであると同時に、『ラ・ピュセル』のチームメンバーでもあるでしょう。だから、今回の話し合いには、『ゼノグラシア』のみんなには席を外してもらったの」
「そうだったんだな。ありがとうな、今生」
ふわふわのストロベリーブロンドの髪を撫でながらとりなすように言うりこに、春斗は穏やかな表情で胸を撫で下ろした。
「春斗さん、あかりさん、りこさん、そろそろ喫茶店に行きましょうか?」
「ああ」
「うん」
「りこ、待ちくたびれたよ」
問いかけるような声でそう言った優香に、春斗とあかり、そしてりこは軽く頷いてみせる。
優香に連れられて入ったのは、駅前にあるやたらとおしゃれな喫茶店だった。
休日の昼過ぎともあって、かなり人が入っており、席は満席である。
順番待ちのリストに春斗が名前を書き込んで数分後、店員に呼ばれて春斗達は空いた席に腰をおろす。
四人がけのテーブル席で、春斗は隣でメニューを手に取り、何を注文しようか悩んでいるあかりと、正面の席に座るりこととりとめのない会話を交わしている優香をなんともなしに交互に見つめる。
「ねえ、お兄ちゃん」
そんな中、いろいろな料理の名前が並んでいるメニューを眺めながら、あかりがぽつりとつぶやいた。
「…‥…‥どうした、あかり」
「あ、あのね」
春斗のその問いに、あかりはメニューをぎゅっと握りしめたまま、恥ずかしそうにそうつぶやくと顔を俯かせる。
しかし、このままでは話が先に進まないと思ったのだろう。
あかりは顔を上げると、意を決して口を開いた。
「私、このラビラビさんのロールケーキが食べたい」
「ラビラビのロールケーキ?」
意外な言葉に、春斗は思わず、唖然としてまじまじとメニューを見つめた。
あかりは嬉しそうに頷くと、さらに先を続ける。
「うん。ラビラビさんの顔のロールケーキ、可愛いもの」
あかりがぱあっと顔を輝かせるのを見て、春斗は思わず苦笑してしまう。
しかし、その言葉を聞いた途端、優香は嬉しそうに両手を打ち合わす。
「あかりさん、そうですよね。ラビラビさんのロールケーキは可愛いです」
「ラビラビの顔のロールケーキか」
「はい、すごく可愛いです」
呆れた大胆さに嘆息する春斗に、優香は少し恥ずかしそうにもじもじと手をこすり合わせるようにして俯く。
ラビラビの顔のロールケーキって、さすがに食べるのが大変じゃないのか?
不合理と不調和に苛まれた混乱の極致の中で、まじまじとメニューを見つめていた春斗に、りこは人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。
「なら、りこも、このラビラビさんのロールケーキにしようかな」
「…‥…‥俺は、カフェラテにする」
春斗は、同じ注文をしたあかりと優香とりこを交互に見ながら、呆れたようにため息をついて言うのだった。
「ラビラビさんのロールケーキ、美味しいね」
目を輝かせて至福の表情で、ラビラビのロールケーキを頬張るあかりに、春斗は安堵の表情を浮かべて言った。
「嬉しそうだな」
「うん。嬉しんだもの」
春斗の何気ない言葉に、あかりは嬉しそうに笑ってみせた。
「病院にいた頃の食事は、いつもだいたい決まっていたから、今日はいろいろなデザートが食べられて嬉しいの」
「そうだったな」
てきぱきと手を動かしながら、周囲に光を撒き散らすような笑みを浮かべるあかりを、春斗は眩しそうに見つめる。
そんな春斗の目の前では、優香が目を輝かせて、お目当てのラビラビのロールケーキをせっせと切り分けていた。
「…‥…‥はあっ」
春斗はついつい、ラビラビのロールケーキに見入りしながらも、これからのことを思い悩み始める。
新たなチームメンバーが加入した、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームであり、また、第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦、準優勝チームである『クライン・ラビリンス』。
ーーそして、前回と今回の大会で『クライン・ラビリンス』を破り、第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦を優勝した『ラグナロック』。
その二チームが参加する、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦で 、俺と優香と今生、そしてーー宮迫さんバージョンのあかりは、どこまで太刀打ちすることができるのだろうか。
あかり達と同じように頼んでいたカフェラテを飲んで喉を湿すと、春斗は早速、口火を切った。
「あかり、優香、今生。今回、集まってもらったのは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦に優勝するためにーー『ラグナロック』と『クライン・ラビリンス』に今度こそ、勝つために、みんなの意見を聞きたいと思ったからだ」
「うーん、難しいかも」
だが、春斗の問いかけに、あっさりとりこはそう答える。
「やっぱり、厳しいのか」
春斗がかろうじてそう聞くと、りこは吹っ切れた言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。
「だって、それぞれのチームに、モーションランキングシステム内で、二位の実力者と三位の実力者がいるんだよ。しかも、どちらのチームも、阿南輝明さんと黒峯麻白さんというチートな固有スキル持ちがいるし、難しいに決まっているじゃん」
「そ、そうなんだな」
おどけた仕草で肩をすくめてみせたりこに、春斗は困ったように眉をひそめてみせる。
すると、りこは決まり悪そうに意識して表情を険しくした。
「それに『ラグナロック』は、チートな固有スキル持ちの黒峯麻白さんの実力が、かなりアップしていたから」
「麻白、すごかったんだね」
率直に告げられたりこの言葉に、ツインテールを揺らしたあかりは顔を俯かせて声を震わせる。
だが、あかりはすぐに顔を上げると、あえて真剣な口調でこう言った。
「あのね、お兄ちゃん、優香さん、りこさん。私、今度こそ、麻白に勝ちたい」
あかりから思いもよらない言葉を告げられて、春斗はただただぽかんと口を開けるよりほかなかった。
「…‥…‥ま、まさか、玄達、『ラグナロック』と対戦をする時は、麻白とバトルするつもりなのか?」
あかりからの突然の懇願に、春斗は思わず唖然として首を傾げた。
あかりは嬉しそうに頷くと、さらに先を続ける。
「うん。きっと、もう一人の私も同じことを言うと思うから」
「…‥…‥確かにそうかもしれないけれど、い、いや、でもーー」
「なら、私達で、玄さん達を何とかしないといけませんね」
言い淀む春斗の台詞を遮って、優香が先回りするようにさらりとした口調で言った。
その、まるで当たり前のように飛び出した意外な発言に、春斗は微かに目を見開き、ぐっと言葉に詰まらせた。
だが、次の思いもよらない優香の言葉によって、春斗とあかりーーそしてりこはさらに不意を打たれ、驚きで目を瞬くことになる。
あっけらかんとした表情を浮かべた春斗とあかりとりこに対して、優香は至って真面目にこう言ってのけたのだ。
「あかりさん。これからオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦までに、麻白さんに勝てるように特訓しましょう」
「…‥…‥うん」
「おい、優香!」
嬉しそうに頷くあかりをよそに、春斗は焦ったように言う。
何気ない口調で言う優香の言葉に、春斗は頭を抱えたくなった。
「いくらなんでも、俺達だけで、玄は止められないだろう」
「でも、お兄ちゃん。もう一人の私が玄さんと対戦しても、麻白の固有スキルがある限り、勝つのは厳しいんじゃないかな?」
不似合いに明るく、可愛らしささえ感じさせるようなあかりの声に、春斗は苦り切った顔をして額に手を当てた。
「それは、そうかもしれないけど」
春斗は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったようにあかりに視線を向ける。
「お願い、お兄ちゃん。私、もう一度、麻白と対戦したいの」
「はあっ…‥…‥」
あかりの懇願に、春斗はしばらく考えた後、俯いていた顔を上げて言った。
「…‥…‥分かった」
その言葉に、あかりは驚いたように目を見開いてこちらを見た。
春斗はあかりの手を取ると、淡々としかし、はっきりと言葉を続ける。
「玄と大輝は、俺達で何とかしてみせる。あかりは、麻白を食い止めてくれるか?」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
苦虫を噛み潰したような顔でしぶしぶ応じる春斗に、あかりはきょとんとしてから弾けるように手を合わせて笑ったのだった。




