第四十七話 語られた真実
『亜急性硬化性全脳炎』という難病で、死んでしまった少女。
雨の中、事故に巻き込まれて、死んでしまった少女。
それは、世界の端っこで起きた小さな悲劇。
この残酷な世界で、最愛の娘を奪われた世界で、少女達の家族は嘆き悲しんだ。
一つの家族は、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会の事実上準優勝者である宮迫琴音を度々、娘に憑依させることを条件に娘を蘇らせてもらい、もう一つの家族は別の方法で娘を蘇らせていた。
それは、止まっていた砂時計が再び、動き出すように、二人の少女の長い長い夢が再び、始まりを告げたことを意味していた。
ーー今回も、完全にやられた。
玄達、『ラグナロック』との対戦が終わった翌日、春斗は机に突っ伏していた。
学校の授業中も休み時間も、春斗を支配するのは、『ラグナロック』に完敗したという事実だけだった。
拭いようもない敗北感にまみれながら、春斗は携帯や雑誌などで、ひそかにオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回から第三回までの公式トーナメント大会の情報を集めていた。
そうしなければ、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦で優勝することはできない。
勝てないと断言できるだけの状況にある。
新たなチームメンバーが加入した、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームであり、また、第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦、準優勝チームである『クライン・ラビリンス』。
ーーそして、前回と今回の大会で『クライン・ラビリンス』を破り、第二回、第三回公式トーナメント大会のチーム戦を優勝した『ラグナロック』。
その二チームが参加する、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦で 、俺と優香と今生、そしてーー宮迫さんバージョンのあかりは、どこまで太刀打ちできるのだろうか。
「春斗さん、よろしければ、お昼を一緒に食べませんか?」
「あ、ああ」
頭を抱えて、一人で思い悩んでいた春斗に対して、お弁当を持った優香が殊更、深刻そうな表情で声をかけてきた。
いつのまにか、授業が終わって、昼休みに入っていたらしい。
優香がいつものように机を囲み、春斗の隣の席に座る。
「前に、『クライン・ラビリンス』に負けた時も同じように悩んでいましたね」
「そういえば、そうだったな」
顔を上げた春斗が少し照れくさそうに頬を撫でると、優香は厳かな口調で続けた。
「春斗さん、今度の休日に、『ラ・ピュセル』のチームメンバー全員で、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦のことについて、話し合いませんか?」
「…‥…‥『ラ・ピュセル』のみんなで?」
春斗の戸惑いとは裏腹に、優香は真剣な眼差しで視線を床に降ろしながら懇願してきた。
「はい。なかなか、答えが見つからない事柄でも、みんなで一緒に考えたら、きっと何かしらの方法が見つかると思います」
「ーーっ」
予想もしていなかった彼女の言葉に、春斗は虚を突かれたように呆然とする。
春斗は思わず、そのまま、立ち上がりそうになって、自分で自分の手を掴むことで抑え込む。
「…‥…‥確かにそうだな」
春斗は拳を握りしめると、胸に灯った炎を再び、大きく吹き上がらせた。
それでも、どうしても漏れてしまう笑みを我慢しながら、自嘲するでもなく、吹っ切るように春斗はがりがりと頭をかいて、
「例え、相手のチームがどんなに手強くなっても、俺達は俺達なりに強くなっていくしかないよな」
と、一息に言った。
熱意に燃える春斗の様子を見て、優香が嬉しそうに、そして噛みしめるようにくすくすと笑う。
「はい」
「優香、ありがとうな」
髪を撫でながらとりなすように言う優香に、春斗は開いた弁当箱の中身を見ると、穏やかな表情で胸を撫で下ろした。
そんな中、玄は大輝とともに、春斗の机の前まで行くと、ぽつりとこうつぶやいた。
「春斗、優香、少し、聞きたいことがあるんだが」
「玄?」
「玄さん?」
春斗と優香が声をかけても、玄は表情を変えない。
あくまでも無表情のまま、春斗達を見つめる玄に、大輝がざっくりと補足するように言う。
「実は、あかりのことで聞きたいことがあるんだよな」
「あかりのこと?」
大輝の気さくな声は、昼休みになったことで教室内を忙しなく行き交う人々の中で聞き取るのが難しかった。
引き寄せられるように立ち上がり、身を乗り出した春斗は、大輝からそんな不可解極まる言葉をぶつけられて色めき立った。
「それはーー」
そう言いかけた春斗の脳裏に、不意にあの時のあかりのーー琴音の言葉がよぎる。
ーーあかりとしても生きる。
気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐに玄達を見つめ直した春斗は思ったとおりの言葉を口にした。
「あかりと麻白が、あの少年の魔術で生き返ったことに関係していることなのか?」
「ーーっ」
「…‥…‥それは」
春斗のその言葉に、玄が驚愕にまみれた声でーー大輝は気まずそうにつぶやく。
それが答えだった。
春斗は真剣な表情のまま、さらに言い募った。
「よかったら、何があったか、話してくれないか?何か、力になれるかもしれない」
しばしの間、沈黙が続いた。
あくまでも真剣な表情でこちらを見つめてくる春斗に、玄は無言でその春斗の視線を受け止めていた。
そんな時間がどれほど続いたことだろうか。
玄がふっと息を吐き出した。そして引き締めていた口元を少し緩めると、さもありなんといった表情で言った。
「…‥…‥ここでは、さすがに人目がある。場所を変える」
「分かった」
「はい」
そう答えると、立ち上がった春斗と優香はそのまま、踵を返し、足早に校舎の奥へと向かう玄達の後を追って廊下を歩いていく。
誰もいない美術室にたどり着くと、玄は一度、警戒するように辺りを見渡した後、春斗達の方へと向き直る。そして、率直にこう告げた。
「…‥…‥父さんから、春斗達に会うことで、麻白達のことが分かると告げられた」
「俺達に会うことで、麻白達のことが分かる?」
春斗は顎に手を当てて、玄の言葉を反芻する。
あえて意味を図りかねて、春斗が玄を見ると、玄はなし崩し的に言葉を続けた。
「それがどういうことなのかは、俺達にも分からない。だが、恐らく、麻白と同じように、魔術で生き返ったあかりに関連していることなのだと思う」
「あかりに?」
意外な事実に意表を突かれて、春斗は思わず言葉を詰まらせる。
少し間を置いた後、春斗は玄達に向き直ると、ずっと思考していた疑問をストレートに言葉に乗せた。
「あかりは、父さんの話では『分魂の儀式』と呼ばれる魔術で生き返ったはずだ。麻白は、どんな魔術で生き返ったんだ?」
「さあな」
春斗の疑問に即答した大輝は、そのまま不満そうに淡々と続ける。
「あいつら、詳しいことは話せないとか言ってきたからな」
「あいつらって、麻白のサポート役の人達のことか?」
春斗が不思議そうに首を傾げると、大輝は腕を組んで考え込む仕草をした。
「…‥…‥ああ。それにしても、『分魂の儀式』か。玄のおじさんの書類に書かれていたことと同じだな」
「同じですか?」
優香が小首を傾げて核心に迫る疑問を口にすると、大輝は物憂げな表情で天井を見上げる。
大輝が告げた言葉の意味は、続く玄の説明で徐々に具体性を帯びてきた。
「魔術を使う少年が持っている大半の魔術書は、父さんの実家に保管されていたものだ。恐らく、父さんは、魔術を使う少年が、使う魔術について、ある程度、知り得ているのだと思う」
「「ーーっ」」
知り得ているというフレーズに、春斗と優香は明確に表情を波立たせた。
それはつまり、玄のおじさんは、『分魂の儀式』ーーあかりが魔術で生き返ったことによって、あかりの人格とは別に、宮迫さんの人格と一定置きに入れ替わってしまうということを知り得ていることになる。
玄と大輝はまだ、宮迫さんがあかりに度々、憑依していることを知らないみたいだけど、少なくとも、あかりを蘇らせたのが、『分魂の儀式』という魔術だということは知っているのだろう。
あかりと麻白が、あの少年の魔術で生き返ったということから、玄の父親があの少年の魔術について、ある程度、知り得ている、という極大まで広がった問題に、春斗は絶句してしまう。
「ーーそれにしても」
横に流れかけた手綱をとって、優香は春斗にだけ聞こえる声で静かに告げる。
「玄さんのお父様は、魔術を使う少年、そして、宮迫さんと同じように、複雑な事情がありそうですね」
「…‥…‥ああ。俺達に会うことで、麻白達のことが分かると告げたことといい、玄のおじさんは、俺達の知らない何かを知っているのかもしれない」
導き出された結論に、春斗は静かに眉をひそめたのだった。




